第1話 文化圏の違い、距離を楽しむ | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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春。新入学&就職など、新たな出会いが生まれる季節……にコジつけるわけではありませんが、今回の対談は“異文化コミュニケーション”編。登場するのは、タイの作家/アーティストのプラープダー・ユン氏と、日本のグラフィック・デザイナー=遠藤一成氏。二人の邂逅を通して、一冊の本が作られていく過程を追っていきます。文化、言語の違いを超えて「デザイン」はいかに出会い、距離を埋めていくか? お楽しみください。


第1話 文化圏の違い、距離を楽しむ



プラープダー・ユンさん(左)と、遠藤一成氏(右)


 

底辺に流れる、ポエティックな浮遊感



──二人が初めて会ったのは?

遠藤●きちんと会ったのは、実は先週、いま準備している短編集の打ち合わせが初めてでした。装幀の依頼は1年前からあったのですが、今回、彼が脚本を手がけた新作映画のために来日するまで待ちの状態だったんです。

──では、これからお互いのことを知っていくという段階で。

遠藤●そうですね。いまのところ、共通点は同い年ということだけしかわからない(笑)。

──プラープダーさんの遠藤さんへの印象は?

プラープダー(以下PY)●まず、第一印象で感動したのは、この恵比寿のオフィスです(笑)。最初、連れられて来たときは「廃墟ビルかな?」と思ったのですが、中に入ったら全面ホワイトのモダンな部屋でびっくりしました。

遠藤●古いんですよ。建ってから50年くらい。昔の東京の雰囲気を残してますね。下にスーパーや市場があるのですが、戦後のバラックから始まったそうです。そこにビルを建てたものだから、かなり混沌とした作りで、みんな怖がって入ってこない。で、暗いところを抜けてくると、いきなり真っ白で陽が差し込む事務所が登場するから、初めて来る人はみなさん驚きます。

──作品的にはどのような印象を?

遠藤●先日、僕のブックをちょっと見せましたが……そんなに知らないのでは?

PY●実は以前、いくつかの作品は見たことがありました。空景だけを集めたものです。そのときは遠藤さんの作品とは知らなくて、紹介されたときに初めてわかった。あれは印象に残っていて大好きです。

遠藤●ああ、僕の「BLUE」というエキシビション作品ですね。冬の六本木の空を何日も撮り続けたものです。空だけで建物も何も映ってないし、六本木のド真ん中で撮っているわりには、すごくきれいな色合いが出せました。


BLUE







2004年2月、ART BIRD BOOKSで行われた、
遠藤さんのエキシビション「BLUE」ポスター


──遠藤さんは、プラープダーさんのことをどれくらい知っていました?

遠藤●彼が原作・脚本を手がけた前の映画『地球で最後のふたり』は、劇場公開のタイミングで観てました。恵比寿ガーデンシネマが近所だから、単館のアート系映画情報は耳に入ってくるんです。そのときから彼の名前は認識してました。その後、普段からよく仕事を一緒にしている編集者の吉田広二さんが、彼の日本マネジメントをしているという偶然があって。

──で、現在準備中の短編集ですが、どういうイメージから作業を?

PY●最初は、まったくノーアイデアでした。やっぱり日本とタイの読者事情、出版事情が違うので、そこから話し合わなければならないな……と。

──本国で出版されているものなのですか?

PY●いいえ。過去に発表した3冊の作品集から内容を編纂した日本オリジナルです。以前から宇戸清治さん(東京外国語大学教授)が何作か翻訳を進めていて、そのあとにいくつか選んでもらって12篇を収めることになりました。

遠藤●僕はいま読んでるところなのですが、僕らが思っている紋切り型なタイのイメージよりも、ずいぶん都会的なイメージですね。高度資本主義が蔓延してからの若者の悩み、内省的な部分が書かれている。タイの旧世代とは、全然違う切り口で問題提議をしているのだろう……という気がしました。かつ、詩的で実験的な印象が強い。映画『地球で最後のふたり』もそうでしたが、今回の短編集も共通して、底辺に流れるポエティックな浮遊感を感じます。それは、すごく共感できるんです。


距離を感じながら、自分の作品を見直す



──そうしたイメージを、カバーにどう落とし込もうとしているのですか?

遠藤●内省的という部分、詩的な表現をあらわすのに、いくつかの方向による考え方があるので、現在は3タイプに分けてディスカッションをしています。ひとつはイラストレーション、ひとつは写真、ひとつはタイポグラフィを活かした図案ですね。タイトルが『鏡の中を数える』なので、鏡を連想させるように銀箔などの案も出しましたが、それは予算的に却下されました(笑)。

──タイトルは、短編集の中の一作の題名なのですか?

PY●いいえ。短編集としての単独のタイトルです。収録するストーリーを総合して、表現できるものになっています。今回は、特に「個」に関する短編を選んでいるし、主人公が自分自身に問いかけているテーマが多い。あるいは、自分自身を反映しているノンフィクションもいくつかありますから。

遠藤●こうやって著者自身の話を直に聞くと、デザインの方向性が見えてくるからありがたい(笑)。

──イラスト、写真、タイポグラフィ……現時点ではどのタイプが有力ですか?

遠藤●うーん、イラストのほうですかね。写真はセレクトしてもらっている最中で、この対談の後に続けて打ち合わせです(笑)。

PY●遠藤さんのラフがどれもいいので、迷っていますよ。

遠藤●最初に話をもらったときは、きちんと小説の内容を読ませたいというオーダーだったので、わりとクラシカルなものをイメージしていたんです。いま、小説の世界が軽くなってきているという状況があるじゃないですか。だから、本文の文字組とかもキツめに組んで、古典的な文学書のようなスタイルを提示したい、と。ただ、その間にマーケティング的な考えも反映されて、もう少し手に取りやすいものを……というオーダーにシフトしてきた。本文用紙もペーパーバックみたいな軽いものにして、読めば文学の質が高いんだけど、間口を広くポップにしようという方向ですね。

──タイで出す本は、基本的にプラープダーさん自身でデザインしてるんですよね?

PY●大体そうですね。今回のように海外の文化圏が違うデザイナーと仕事をするのは初めてです。タイでも他のデザイナーも起用したいと思っているのでが、なかなか好きなタイプのデザイナーがいなくて、ならば「自分でやってしまおう」という事情がある。

遠藤●できれば、そのほうが一番ベストなんですよ。

PY●でも、日本で出版するものに関しては、他のデザイナーが手がけてくれるのがベストな作業だと思っています。日本は大好きで何度も訪れていますが、だからと言って日本の文化を深く理解しているわけではないし、日本語もわからない。自分がわからないものを他の人にまかせて、その距離を感じながら自分の作品を見直すことができるのが面白いんです。


映画『インビジブル・ウェーブ』より プラープダーさん脚本の新作映画『インビジブル・ウェーブ』より
(c)2006, INVISIBLE WAVES B.V.
5月26日(土)よりシネマート新宿、シネマート六本木ほか、
全国順次ロードショー
http://www.cinemart.co.jp/iw/









次週、第2話は「僕らを育てたグラフィックス」を掲載します。

(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)



プラープダー・ユンさん

[プロフィール]
ぷらーぷだー・ゆん●1973年バンコク生まれ。中学卒業後、渡米してニューヨークの「Cooper Union for the Advancement of Science and Arts」で美術を学ぶ。終了後はグラフィック・デザイナーとして働き、98年にタイへ帰国。2000年に2冊の短編小説集を発表し、ベストセラーを記録。以降、作家、評論家、編集者、イラストレーター、写真家、脚本家、そして作詞家など、幅広く活躍中。http://www.wildwitness.com/



遠藤一成さん

えんどう・かずなり●1973年生まれ。水谷事務所勤務を経て、2005年4月より独立。アートディレクター/グラフィックデザイナーとして、広告、ファッション、パッケージなどのジャンルで活動の一方、エキシビション・シリーズ「MERRY」に関与。自身も「96」「BLUE」などの展覧会を開催。

http://endokazunari.com/


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