このアートディレクターに聞く
常に新しい表現を追い求める
第38回 東泉一郎
旬のアートディレクターをお迎えして、デザインする際の思考のプロセスと創作のスタンスに迫るコーナー。第38回目は、数々のプロジェクトで常に新しい表現を追い求めてきたアートディレクター、東泉一郎さん。第1話では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のWebサイトで展開されている、月面の地形データを利用した「moonbell」にフォーカスする。
第1話 JAXA/SELENE「moonbell」
学術とデザインの融合プロジェクト
●周回再生モード
周回探査衛星「かぐや」が収集した月の地形情報を、音程およびグラフィックに変換して音とヴィジュアルで再生。このモードでは衛星が飛行する軌道に沿って地形が音に変換されていく
●「フリースクラッチ」モード
あたかもDJがレコード盤をスクラッチ(擦る)するように、ユーザが月の表面情報を自由に再生できる
●「グラフィック」モード
音がランダムなモーション・カラーグラフィックスに変換されるモード。プロジェクターなどで映写すれば音と光による空間づくりなどにも活用できる
●設定画面
音色、使用する音階、音程の変化の度合いなどを、ユーザが自由にカスタマイズできる
「moonbell」(http://wms.selene.jaxa.jp/selene_sok/)は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が2007年9月に打ち上げた月周回探査機「かぐや」が観測したデータを使用したWeb上のプログラム。かぐやが搭載していたレーザー高度計(LALT)によって収集された月表面の地形データを、音やグラフィックとして体感できるものです。もともとJAXAと関わるようになる前から、「日本も宇宙開発のイメージをもっと格好良くできないかな、NASAに負けないくらいに」って、勝手に「宇宙会議」と称して、仲間達と夜な夜な集っていたのです(笑)。そうこうしているうちにJAXAの人たちとも知り合うようになって、なにかプロジェクトがあるごとにアイデアを求められるようになっていったのですが、そうしたプロセスを経て実現したもののひとつが、このmoonbellです。
月面のデータといっても、無味乾燥な数字の羅列では、一般向けに興味を惹くアウトプットにはならないでしょうし、最終的には人類の財産になるとはいっても、いきなりグローバルに公開できるデータでもない。そんな条件下で考え出したのが今回の仕組み。一見するとメディアアートのようにも映るでしょうけど、これはれっきとしたリアルサイエンスプロジェクト。好き勝手に作曲した音楽が再生されるわけではありませんし、映し出されるグラフィックも、すべては観測データに基づいています。科学的に真っ当であることは大前提として、恣意的な演出を加えずに、なおかつ実用に耐える心地良い表現として成立させなければなりませんでした。完成したものだけを見ると当たり前のように見えるでしょうけど、当たり前に見えるものにする過程がなかなか大変でした。
月面のデータといっても、無味乾燥な数字の羅列では、一般向けに興味を惹くアウトプットにはならないでしょうし、最終的には人類の財産になるとはいっても、いきなりグローバルに公開できるデータでもない。そんな条件下で考え出したのが今回の仕組み。一見するとメディアアートのようにも映るでしょうけど、これはれっきとしたリアルサイエンスプロジェクト。好き勝手に作曲した音楽が再生されるわけではありませんし、映し出されるグラフィックも、すべては観測データに基づいています。科学的に真っ当であることは大前提として、恣意的な演出を加えずに、なおかつ実用に耐える心地良い表現として成立させなければなりませんでした。完成したものだけを見ると当たり前のように見えるでしょうけど、当たり前に見えるものにする過程がなかなか大変でした。
当初はライブ・プログラムだったmoonbellだが、かぐやがミッションを終えた現在もアーカイブ・データのプレイヤーとして、あるいは、月からのデータを反映したミュージック・ジェネレーターとして使用できる。流しっぱなしにすれば環境BGMとしても使えます。月球上で軌跡を描いてプレイできる「フリースクラッチ」モードもあって、これはイベントなどでDJやVJの人にも使ってもらったりもしています。また「グラフィックモード」にした状態が、日本科学未来館やホテルクラスカなどの空間で、環境映像として投影されたこともあります。
「日本の宇宙プロジェクトも捨てたもんじゃない」と思ってもらえたら嬉しいですね、アポロ&サンダーバード世代の僕としてはね(笑)。
(取材・文:立古和智 人物写真:谷本夏)
「日本の宇宙プロジェクトも捨てたもんじゃない」と思ってもらえたら嬉しいですね、アポロ&サンダーバード世代の僕としてはね(笑)。
(取材・文:立古和智 人物写真:谷本夏)
(C)JAXA/SELENE
KAGUYA LALT DATA observed by JAXA/SELENE and proceed by NAOJ
Moonbell production team: Ichiro Higashiizumi, Takuya Shimada, Takashi Yamaguchi, Satoru Higa, Tom Vincent, Junya Hirokawa, Eriko Kobayashi, Hikaru Koike, with Shin-ici Sobue(JAXA/SELENE)
●東泉一郎 東京生まれ。理工学を学んだ後、現場労働者などを経てグラフィックデザイナーに。「センソリウム」のディレクターとして世界各地で実験的インスタレーションを行ってきたほか、日本科学未来館のための展示コンセプトデザイン、2002 FIFA World Cupのための演出コンセプトワークなどで、グラフィックのみならず、映像、プロダクト、Web、空間などを舞台に常に新しいものをデザインし続けている。 |