AppleがF1を買収?再び革命を起こすため市場に描いた未来と現実
AppleがF1を買収?再び革命を起こすため市場に描いた未来と現実
2016年7月28日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
・”畑違い”は成功のセオリーか
少し前に、アップルがカーレースの最高峰ともいえるF1ことフォーミュラ1の権利や株式を買収・取得するのではないかという噂が流れた。
元ネタはイギリスのF1ジャーナリストが自身のブログに書いた分析であり、フォローしたメディアも、荒唐無稽として切り捨てるところがあるかと思えば、一流ビジネス誌のフォーチュンなどは、筋は通っているのでありえない話ではないと肯定的な見方をしている。
筆者はすぐに、アップルの重役には、ワールドワイドマーケティング担当上級副社長のフィル・シラーをはじめとしたカーマニアが多いことを思い出した。以前に所用で同社R&Dキャンパスにあるシラーの個室を訪れたとき、その棚にはいくつもの高級スポーツカーのミニカーが並んでいた(そしてそのうちの何台かを彼は実際に所有している)。幹部の趣味で買収戦略を進めるようなアップルではないとしても、「F1効果」を正しく評価できる人材が揃っていることは間違いない。
確かに、カーレースの世界選手権の興行権や放映権を含めた運営組織を買い取るというアイデアは、過去に数多くの買収を行い、必要な技術を確保してきたアップルにとっても畑違いに思える。
しかし、そんなことをいうならば、かつてはアップルが音楽プレーヤーを開発・販売したり、音楽配信サービスを始めたり、モバイルフォンの分野に進出することも、畑違いと思われていたのだ。逆に考えれば、iPodもiTunes Music Store(現iTunes Store)もiPhoneも、すべて世間の意表を突いたからこそ、成功できた面がある。
もっとも、F1はすでに定番化している存在であり、まったく新たな市場を作り出すわけではないという点では異なっている。しかし、本当にそうだろうか? この点については、現在のF1の運営母体であるCVCが、なぜ(今は)成功している事業を手放そうとしているのかということを考えてみる必要がありそうだ。
・F1市場は有望?
たとえば、もう40年も前のことになるが、高校時代の筆者はF1に興味を持っていた。しかし、今では、そのEV(電気自動車)版ともいえるフォーミュラEのほうが、パワーやスピードが劣っていても、見ていて面白く、爆音とも排気ガスとも無縁のレースに未来を感じている。
かつてF1は走る実験室とも呼ばれ、自動車メーカーの中にも、ここで培った技術を市販車に応用するという触れ込みで参戦した企業があった。現在もその傾向がないわけではなく、2014年のレギュレーション変更によって制約付きながらF1カーのエンジンをハイブリッド化できるようになったことで、ホンダがレース復帰を決めている。
だが、市販車の世界でもハイブリッドは過渡的な技術との見方があり、将来を考えれば、フォーミュラEのほうが、タイヤなども市販車を意識した仕様で、実験室的な目的にマッチしている(ただし、現時点でのフォーミュラEは、シーズン2以降、マシン構成の自由度が多少上がったものの、メカ的にはなるべくイコール・コンディションにして、ドライバーの技術や力量を際立たせる方向にあるため、自動車メーカーが参戦しても差が生まれにくい状況にある)。
そんな中で、内燃機関による究極的なレースを実現したF1は、社会環境の変化もあって、このままでは進化の袋小路となる可能性すら生じている。
かといって、F1自体をEV化するようなドラスティックな改革は、かえって熱心なファンからの非難や反発を呼びかねない。今は人気コンテンツでも、現運営組織にとっては、次の一手をどうすべきかが悩ましい部分もあるわけだ。
・アップルは再び夢を魅せてくれるのか
一方で、アップルにとっては、件のジャーナリストも分析しているように、F1の権利を取得してApple TVの独占コンテンツとして流せば、製品の売り上げに貢献できるというメリットがある。また、自動車分野に進出するにあたって、F1に参戦している既存メーカーとの関係も深めることができるだろう。
ただし、エネルギーや環境問題の解決にも取り組むアップルにとって、現状のF1は、ポリシーにそぐわない。そこで、もし実際の買収に動くようなことがあれば、動力源の変更を含めてその枠組みを大きく変更することが前提となる。
当然、既存のファンからの反発は招くだろうが、同社は、元々こうした破壊的な改革を推進することで新分野のリーダーシップを握ってきた。すでにフォーミュラEが存在していることを考えると、F1の燃料電池車両化などの思い切った策に出ることもありえそうだ。
また、フォーミュラEは、秋に開始されるシーズン3から、前座レースとして自律走行のレースカーによるロボレースも併催されることが決定しており、車両開発にはGPUメーカーとして知られるエヌビディアが関わっている。
かといって、F1自体をEV化するようなドラスティックな改革は、かえって熱心なファンからの非難や反発を呼びかねない。今は人気コンテンツでも、現運営組織にとっては、次の一手をどうすべきかが悩ましい部分もあるわけだ。
・アップルは再び夢を魅せてくれるのか
一方で、アップルにとっては、件のジャーナリストも分析しているように、F1の権利を取得してApple TVの独占コンテンツとして流せば、製品の売り上げに貢献できるというメリットがある。また、自動車分野に進出するにあたって、F1に参戦している既存メーカーとの関係も深めることができるだろう。
ただし、エネルギーや環境問題の解決にも取り組むアップルにとって、現状のF1は、ポリシーにそぐわない。そこで、もし実際の買収に動くようなことがあれば、動力源の変更を含めてその枠組みを大きく変更することが前提となる。
当然、既存のファンからの反発は招くだろうが、同社は、元々こうした破壊的な改革を推進することで新分野のリーダーシップを握ってきた。すでにフォーミュラEが存在していることを考えると、F1の燃料電池車両化などの思い切った策に出ることもありえそうだ。
また、フォーミュラEは、秋に開始されるシーズン3から、前座レースとして自律走行のレースカーによるロボレースも併催されることが決定しており、車両開発にはGPUメーカーとして知られるエヌビディアが関わっている。
もしアップルがF1を改革するなら、ロボレース対抗の無人レースの開催も視野に入れ、自動運転車の開発に役立てても不思議ではない。
今はまだ何も確実な情報はないが、アップルが再び同社でなければできない未来を作るつもりならば、このくらいのことはしてもらいたいというのが、個人的な希望である。
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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。