【短期集中連載】一読でワカル、おもしろUXデザイン
2017年のUXデザインにまつわるトレンド予測
~テクノロジーの進化が止まらない限り、UXデザインも終わらない~
TEXT:保坂 浩紀(LEOMO, Inc.)
2016年も残すところあと少しとなりましたね。UXデザインについて噛み砕いてきた本コラムも、今回(第四回)で最終回となります。
過去記事:
第一回「UXデザインって何でこんなに注目されているの? その実情とは」
第二回「ポケモンGOから学ぶ!
UXデザインのアプローチを変える、マクロ視点とミクロ視点」
第三回「地図アプリのUXに足りないものとは?
アナログ体験をヒントに改善するUXデザイン」
連載の最後に、2017年のUXデザインにまつわるトレンドを予想してみます。UIやビジュアル表現のようなトレンドではなく、デザイナーとして考えていくべきテクノロジーや未来のUXの方向性を考察します。
Apple Watchは第2世代となり、複数の通信キャリアから子ども向けスマートウォッチが発売されるなど、ウェアラブルデバイスは少しずつ普及が進み、身近なものになりつつあります。総務省の平成28年版「情報通信白書」によると、2017年には国内では約500万台、全世界では約1億6000万台もの出荷が見込まれています。
ウェアラブルデバイスはその場に応じたインタラクションのデザインももちろん重要ですが、私はその本質的価値は「トラッキングしたデータ」にあると考えています。ウェアラブルデバイスは私たちの意識的/無意識的な行動を記録してクラウドに集約し、いわゆるビッグデータを作ります(人側からのデータ蓄積)。さらに、IoT化によって身の回りにある様々なモノがインターネットにつながり、人通りや騒音、気温といった「環境」をセンシングして、ビッグデータ化されます(環境側からのデータ蓄積)。
こうした人側・環境側から蓄積されたビッグデータを解析して導き出されたインサイトを、ユーザーにわかりやすく可視化して伝える(=見える化)需要がますます高まると考えられます。さらに、その見える化したインサイトは、行動につながるものであることが望まれます。
このようにデータを行動につながるインサイトに落とし込むのは一筋縄ではいきませんが、AIやアルゴリズム技術の発達によって可能性は広がっています。人々に最高の体験を提供するために、デザイナーとしてこのような技術にキャッチアップしていきたいところです(私自身、現在このような業務にいろいろと頭を悩ませながら取り組んでいます)。
●参考になるサービス・プロダクト
今急激に注目を浴びているチャットボットですが、日本でも目にする機会が増えてきました。身近なものだと、LINEの郵便局アカウントで再配達依頼や年賀状作成ができたり、銀行アカウントで残高照会ができたりします。またFacebookメッセンジャーにもいろいろなチャットボットが生まれています。
さまざまなチャットボットを触ってみて、チャットボットの魅力はチャットといういつもの操作で「個」に対応してくれるところにあると感じました。
そんなチャットボットのUXデザインで注力すべきことは、以下の3点と考えます。
a. チャットボットで「できること」「できないこと」の明確な提示
b. チャットボットのキャラクター形成
c. ユーザーのコンテキストに寄り添った通知
a. チャットボットで「できること」「できないこと」の明確な提示
まず、そのチャットボットで「できること」を明確に提示する必要があります。ユーザーは「できること」に期待してそのチャットボットを使うので、具体的に何ができるかを改めてチャットのはじめに伝えましょう。
一方、「できないこと」も誠実に伝えるべきです。応答できない言葉に対してとんちんかんな返事を返すボットをしばしば見かけますが、正直イラッとします。きちんとその言葉が理解できないことを伝え、何ならできるかをその都度明示すべきです。
このように「できること」「できないこと」を伝える際には、
・自由記述を可能にするか(自由記述型)
・選択肢のみを提示するか(選択型)
を意識すると良いでしょう。
例えば、「できること」に対して自由記述の応答を可能にし、「できないこと」に対しては逆にこんなことができる、という選択肢を提示することでスムーズな会話が見込めるはずです。目的に応じてこれらの型を使い分け、人との普段の会話のような自然なコミュニケーションを目指したいものです。
b. チャットボットのキャラクター形成
チャットボットの性格・キャラクターをどのようなものにするかは、そのサービスのブランドアイデンティティにも関わるためとても重要です。真面目なのか、優しいのか、おちゃらけているのか…。ターゲットとする顧客に好かれる(少なくとも嫌われない)性格をデザインする必要があります。既存ボットの多くはかわいい動物キャラクターだったりしますが、これはまだ技術的に前述の「できないこと」が多いため、多少変な応答をしてもかわいいから許される、という裏の意図があると推測できます。逆に捉えると、これからは当面の間、サービスのVI(ビジュアルアイデンティティ)デザイン要件にロゴだけでなくボット用キャラクターが必須となってくるかもしれません。
c. ユーザーのコンテキストに寄り添った通知
空気を読む(=ユーザーのコンテキストを読み取る)力もとても大事です。忙しい時にチャットボットから通知が飛んで話しかけられても、「うるさい」と思われてしまいます。ユーザーのあらゆる情報からコンテキストを読み取り、ベストなタイミングで話しかけるべきです。AIの機械学習によってこの「空気を読む力」の向上が期待されますが、まだ技術的に難しい場合は通知のタイミングをユーザーに選んでもらうのも1つの手でしょう。
このように、チャットボットではデザインの対象が「応答の仕方」「性格」「空気の読み方」といったコミュニケーションに関わるものになり、心理学や人間科学といった分野の知識がこれまで以上に役立つようになるはずです。
●参考になるサービス・プロダクト
上記のチャットボットは画面こそ存在したものの、画面を必要としないインタラクションの体験機会もより増えるでしょう。最も進化が見込まれるのは、音声によるインタラクションです。
Amazon EchoやGoogle Homeの登場で、アメリカでは音声操作が暮らしに入り込んできています。2017年には日本への導入が見込まれます。シャープの「ホームアシスタント」の発表や、ソニーの音声コミュニケーションに特化したXperia Earの発売も記憶に新しいです。
チャットボットと同様に、音声エージェントにも性格・キャラクターのデザインが必要でしょう。EchoのAlexaやiPhoneのSiriのように無機質なプロダクトの音声もある一方、例えば車の音声の場合、車自体が1つのキャラクターとして捉えられる可能性もあります。日本は「擬人化」が得意な国なので、このような視点からデザインすることで強みを発揮できるかもしれません。
一方、音声によるインタラクションにも課題があると考えます。それは、「公共の場での使いにくさ」です。音声はどうしてもそばにいる人に聞こえてしまうため、プライバシーに関わる会話は憚れます。その点で、当面の間はチャットボットといった画面を用いたツールとの併用が一般的になるものと思われます。
また、音声以外にもスクリーンレスなインタラクションは存在します。画面のないデバイスでは、LEDの光や振動(触覚)が重要なコミュニケーションの要素となります。言い換えると、五感を駆使したインタラクションデザインの必要性がますます高まると予測されます。このあたりのプロトタイピング需要も増えている印象があります。
ただし、音声、光、振動(触覚)といったインタラクションは、瞬間的な情報量は画面表示にかなわないでしょう。したがって、これらはあくまで選択肢として、利用シーンに応じた適切なインタラクションをデザインする必要があります。
●参考になるサービス・プロダクト
2016年はOculus RiftやPS VRが発売されるなど、「VR元年」と呼ばれました。今はまだゲームコンテンツが主流ですが、2017年は様々なサービスや産業への活用が見込まれます。ただ、UX的な課題として感じるのは、VRゴーグルをかけると完全に現実世界から隔絶され、その姿は周りから見ると滑稽に見えてしまうことです。VRの特性上仕方のないことかもしれませんが、デザイナーとしては利用環境を含めてVR体験をデザインする必要があります。
一方、ARはGoogle Glassがお蔵入りになったことで下火になった印象がありましたが、ポケモンGOの登場でまた身近なものになりました。AppleのCEOティム・クックも、「ARはVRよりも成功を見込める」といった考えを示しています。アイウェアとの相性も良いため、RideOn(スキー用ARゴーグル)といったデバイスが登場してきており、実際に購入できます。今後もスポーツ用途や工場での作業用途など、ある目的に特化したARデバイス/アプリが多く登場するでしょう。いかに自然にAR体験を享受できるかがデザインの鍵であると感じています。
さらに別の方向性として、MicrosoftのHoloLensは、ARやVRとも異なるMR(Mixed Reality)を提供しています。私自身機会があって体験しましたが、バーチャルなものを現実世界(例えば机の上)にマッピングすると、他人もHoloLens越しにそれが同じ位置(机の上)に見えるという体験は新しく、可能性を感じました。もしこれがコンタクトレンズぐらいまで小さくなれば、本当に現実と仮想の境界線が曖昧になるかもしれないと想像させられました。
このような仮想現実(VR)/拡張現実(AR)/複合現実(MR)のそれぞれの特徴を捉えた上で、開発中のサービスに生かせるかどうかを考えるのはとても面白いでしょう。その際、既存のPC、 スマホ、タブレット、スマートウォッチとったマルチデバイスとの関係性を考えるものUXデザイナーの仕事になり得ます。
●参考になるサービス・プロダクト
おわりに
以上、2017年に注目すべきテクノロジーとUXデザインについて考察してみました。
4つのトレンドを別々に紹介しましたが、これらは完全に分かれているわけではなく、共存していくはずです。例えば、データの可視化の際横長のグラフは画面幅の制約がありますが、VRを用いれば360°の視野のグラフを見ることができるでしょう。また、音声を用いてチャットボットやVR/AR機器を操作するのも容易に想像できます。
このように、テクノロジーの発展によって、人ができることはますます増えていきます。コラム第一回にて「スマホ」の登場によりUXデザインが注目されるようになったとご説明しましたが、新技術の登場が終わらない限り、UXデザインの必要性はなくなることはないでしょう。
今回の連載を通して、少しでもUXデザインに魅力を感じていただけたら、筆者としてとても嬉しく思います。
⇒「一読でワカル、おもしろUXデザイン」の目次はこちら
保坂 浩紀(ほさか ひろき) | UXデザイナー
千葉大学工学部デザイン工学科意匠系卒業。光学機器メーカーのデザイン部を経て、IoTベンチャーにてUXデザインに従事。デバイス、モバイルアプリ、WebサービスのUX設計から仕様策定、ビジュアルデザインまで幅広く携わっている。『UXデザインのやさしい教本』を監修。
●Twitter: @h0sa ●Blog: UX INSPIRATION!
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