第1話 どんな仕事でも考え方次第で楽しめる | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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旬のアートディレクターをお迎えして、デザインする際の思考のプロセスを伺うとともに創作のスタンスに迫るコーナー、第3回目は平林奈緒美氏。第1話では、日本デザイナーグラフィックデザイナー協会(JAGDA)の年鑑『GRAPHIC DESIGN IN JAPAN 2006』の制作秘話から、平林流「遊ぶデザイン」に迫る。




第1話
どんな仕事でも考え方次第で楽しめる

細部にまで気を配っていくと、
遊べる箇所はみつかるもの。



??JAGDA年鑑『GRAPHIC DESIGN IN JAPAN 2006』の制作コンセプトを教えてください。

平林●まず考えたのはブックデザインにおける暗黙のマナー。たとえば、「汚れやすい表紙は書店からクレームがくる」とか「コート紙を使ったほう無難」といったことです。でも、私はそういった話が苦手(笑)。だったら、ちょっとくらい汚れてしまってもわからないように、最初から汚れた本にしちゃおうと思ったのです。そこから「古本」という制作コンセプトが生まれました。

??古本というコンセプトを、どのように形にされたのですか?

平林●まずコンセプトを元に、本のストーリーを設けました。「この本は図書館に何10年も置いてあった。その後捨てられ、それを誰かがゴミ置き場で拾って古本屋に売り出した」というものです。表紙にある白い帯状の柄は、捨てられるときに巻かれたガムテープを剥がした跡。日やけした跡も印刷で再現しています。表2対向ページの右上には、鉛筆で書かれた本の価格も印刷しました。古本屋にある本みたいでしょう?(笑) さらに奥付には図書館のカードを貼って、図書館に置かれていたような形跡を演出しています。

??普段からデザインする際にストーリーを設定することは多いのですか?

平林●どちらかと言えば、希なケースだと思います。この本の場合は、あまりに制作の自由度が高すぎたので、とっかかりとしてストーリーが欲しかったのです。そもそも年鑑ですので、機能性だけを突き詰めてデザインすると、当然ストーリーは不要ですし、「シンプルが一番」という答えに行き着いちゃうんですよね。でも、それでは面白くありませんし(笑)。

??表紙以外に特にこだわった点などはありますか?

平林●中面のページの文字組には時間をかけました。これまでの年鑑の文字組もきれいなんですけど、グラフィック関係の年鑑なので、普通にきれいな文字組ではなくて、ものすごくきれいにしようと思いました。


??“きれいな文字組”と“ものすごくきれい”な文字組の差は何なのでしょうか。

平林●微妙な違いだと思います。書体の選び方と、字間と行間の詰め具合とか。日本人デザイナーの多くは和文の組み方に倣って、欧文もデザインしてしまうのですが、実はそれだと読みづらいのです。だから、日本語は箱組にしても英語は箱組にしないとか、英語の行間は日本語よりも詰めるといった風に、それぞれの言語に適した文字組を実践しています。それだけでも、一見したときの印象は違ってくると思います。

??章トビラページには、本編とは異なる紙を使ってらっしゃいますよね。

いにしえのデザイン道具の写真を用いたトビラ 平林●以前の年鑑を手にした際に、「ちょっと章トビラ(作品カテゴリ)を探しにくい」と感じたのです。だから、色のついた厚めの紙を挟むことで、めくりやすくしました。また「古本」というコンセプトから、いにしえのデザイン道具の写真をトビラに用いるアイデアが生まれました。紙自体も日に灼けたように印刷しています。

??遊びが満載の仕事のようですが、デザインしていて一番楽しかったのはどんなときですか?

表2対向ページにある手書きの価格表示。古本をモチーフにデザイン 平林●表紙の色校正が出てきたときです。今では高性能なカラープリンタがあるから、たいていの色のシミュレーションは手元でできますが、この本に関してはプリンタで再現できない印刷を多々取り入れていましたからね。実は、黄色の特色を使った表紙の色校は、最初自分のイメージよりも黄色過ぎてヤニっぽく見えたんです。けれども、何度も色校のやりとりを続けて、イメージに近づけていきました。そんなやりとりも楽しかったです。

??今までにない楽しい年鑑ができ上がりましたね。

平林●言うまでもないことですが、年鑑は作品がメイン。本来、遊びの要素を含めてデザインできる部分は、表紙まわりなど非常に限られたスペースしかありません。だからといって「遊べない仕事」なのではなく、考え方次第だと私は思います。機能性を高めつつも、遊びを含めてデザインできるスペースを生み出していくことも大切です。例えば、章トビラページのデザインのようにね。この本では背は丸背、本の角は角Rにしているんです。これだけでも、本のたたずまいはずいぶん変化しますし、一つひとつのディティールにまで気を配ってデザインしていくと、遊べる箇所は意外とたくさんみつかるものだと思います。

(取材・文:山下薫 写真:谷本 夏)

次週、第2話は、「長期的な視点で携わるデザイン」についてうかがいます。こうご期待。



[プロフィール]

ひらばやし・なおみ●東京都生まれ。1992年武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業。同年資生堂(宣伝制作部)入社。「FSP」「PN」をはじめとする資生堂での仕事に携わる一方で、MARY QUANT、MUJI、Toshiba「dynabook」、journal standardなどのグラフィックデザインを手がける。2002年より1年間ロンドンのデザインスタジオ「MadeThought」に出向。2005年よりフリーランス。主な受賞に、NY ADC 金賞/銀賞、British D&AD 銀賞、JAGDA新人賞、東京ADC賞、東京TDC賞、グッドデザイン賞など。

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