27年を経てAppleを離れるジョニー・アイブ、その語られない真意は何か? | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-

27年を経てAppleを離れるジョニー・アイブ、その語られない真意は何か?

2019.10.16 WED

27年を経てAppleを離れるジョニー・アイブ、その語られない真意は何か?

2019年8月8日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)
2019年内にAppleを退職し、大親友のマーク・ニューソンと共同設立する新会社のLoveFromで、古巣を含む様々な企業にデザインを供給する道を選んだAppleの最高デザイン責任者のジョナサン・アイブ(通称ジョニー・アイブ)。今でこそ、自身とAppleのデザインについてインタビューに応じることも少なくない彼だが、Appleから離れるに至った理由について語ることはない。今回は、彼の心中を推し量り、これから何をするつもりなのかを考えてみる。
▷ ジョニー・アイブが夢と理想を共有した「Apple」
1992年にAppleに正式入社する前にも、アイブは同社の仕事を手がけていた。実は、彼は大学時代からデザイナーとしての才能を発揮し様々な賞を獲得していたため、その1つの賞金で訪米して、興味を持ったデザイナーたちに会いに行ったことがある。その中の1人で彼の才能を高く評価したLunar Designの創立者のロバート・ブルナーが、後にAppleのデザインディレクターとなり、当時、アイブが共同経営者だったロンドンのデザインファーム、Tangerineにコンサルティングを依頼して、初代PowerBookの仕事をサポートさせたのだ。

アイブは、大学時代にPCを使おうとして思うように動かせず、それは自分に非があるのだと考えた。しかし、Macintoshに触れたときに、実のところ問題はPCの側にあったことに気がつき、ソフト次第で機能が変わるコンピュータをデザインすることに興味を持つことになる。

しかし、それなりに成功していたTangerineを辞めて家族と共にロンドンからカリフォルニアに引っ越し、Appleに移籍することにはリスクが伴う。そのため、ロバート・ブルナーが何度もアイブにアプローチするものの、アイブが首を縦に振ることはなかった。

ところが、意外なところから転機が訪れる。そのきっかけは、Tangerineのクライアントの1つで、バス・衛生陶器を手がけるベルギーのIdeal Standardから、アイブのデザインはモダン過ぎ、コストがかかり過ぎるとの理由で拒絶されたことだった。夢や理想を共有できない相手と仕事はできないと感じたアイブは、ついにブルナーの誘いを受けてAppleの一員となったのである。
▷ 27年前と今とでは何が違うのか?

常にデザイン上の挑戦を続けてきたアイブには、もう1つ、Appleで仕事をすることへの期待があった。というのは、「形態は機能に従う」というバウハウスのデザイン哲学の影響を受けた彼は、それまで美容室向けのクシや住宅用のバスタブなど実に様々な製品を、その哲学に基づいてデザインし、ある意味でそれを極めたといえるところまできていたからだ。

先に触れたように、固有の機能を持たないコンピュータをデザインするには、別の視点からのアプローチが必要となる。アイブは、それを自らが解決すべき課題と捉え、未知の世界へと飛び込んだのである。

それから27年の間、アイブと彼のチームは、単に製品の外観やユーザー体験をデザインするだけでなく、素材そのものや製造方法自体を新たに構築することによって、電子機器のデザインに新たな地平を切り拓き続けてきた。

その過程で、アイブ自身も多くのノウハウを身につけ、マーク・ニューソンという、こちらも稀代の天才的デザイナーと親交を深め、2人で協力してウォッチコレクターとしての知見を注いだApple Watchのデザインも手がけることができた(ニューソンと共にビンテージカーのコレクターでもあるため、内部的にはApple Carに向けたデザインスタディも進められていたと考えられる)。そして2017年には、世界的なデザイン教育機関である、RCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)の理事長にも就任した。

27年前のアイブは、才能に溢れていても、そうした素材や製造技術、人脈へのアクセスが限定的なものだった。だが、今やそのすべてをコントロールできる立場にあり、かつて、やり尽くしたと思えたコンピュータ以外のアイテムのデザインをさらに革新していけるというビジョンを持つに至ったとしても不思議ではない。

▷ Appleのデザインを次の段階に進めるために
一方でアイブは、「目新しいデザイン、他とは違うデザインを行うことは容易だが、本質的に、より優れたデザインを生み出すことは難しい」という考えを持っており、それはMacintoshやiOSデバイスのデザインにも当てはまる。

ここ数年、それらの製品のデザインが、一見すると代り映えしないように思えるのは、デザインチームを率いるアイブが電子機器のデザインに飽きてしまったからではなく、現在のデザインよりも明らかに優れたものに到達できない限り、新たなデザインを世に送り出す意味がないと考えているためだ。

同様に、アイブがニューソンと共に独立したデザイン会社を立ち上げるのも、単純に他の分野のデザインを再度手がけたくなったということではない。過去27年間で得た知識やコネクションを活かすことで、かつては不可能だったレベルの本質的に優れた製品を世に送り出すことができるという確信を得たからに他ならないといえよう。

それをAppleのビジネスとして行えるなら、あえてアイブとニューソンが同社から離れる必要はなくなり、実際に2人がティム・クックに、外部に対するデザインコンサルティング事業を提案した可能性もゼロではないと思える。しかし、同社がそのような事業拡張を行うことはなく、上記の確信を現実のものとするには、独立するしかなかったのだろう。

ただ、アイブが期限つきではあるがRCAの理事長のオファーを受けたことからも、後進デザイナーの育成にも意識が向いていることは確かだ。Appleのデザインを次の段階に進めるためには、自分とは異なる人物がリードする段階に来たと考えている部分もあるものと思う。最近のApple社内のデザイン検討会議で、自らはコメントを発せずに退出することがあるとの報道もなされたが、それも電子機器のデザインに興味を失ったのではなく、自分のディレクションなしにプロジェクトが進むかどうかを見極めようとしたととらえることもできる。

もちろん、アイブの現在の名声をもってしても、他企業とのコラボレーションによって、Appleと同レベルの理想的なデザインを追求できるかどうかは未知数といえる。マーク・ニューソンでさえ、Apple Watch以前に時計メーカーと行なった製品開発について、自分の考えやこだわりを作り手に理解してもらえないことを嘆いたほどだからだ。

いずれにせよLoveFromが、ライカやスタンウェイピアノのような高級品メーカーのみをクライアントとせず、かつてニューソンが手がけた味の素の容器のように、一般消費者にも手の届く日用品にも、その才能を注ぎ込めるようになることを心から願っている。
ジョニー・アイブがマーク・ニューソンと共にデザインしたライカのカメラ

ジョニー・アイブがマーク・ニューソンと共にデザインしたライカのカメラ

ジョニー・アイブがマーク・ニューソンと共にデザインしたスタンウェイのピアノ

ジョニー・アイブがマーク・ニューソンと共にデザインしたスタンウェイのピアノ

[筆者プロフィール]
大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)、『インテル中興の祖 アンディ・グローブの世界』(共著、同文館出版)。
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