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大谷和利のテクノロジーコラム

2020.12.24 Thu

新たなオーディオ体験の幕開け。AirPods Maxのデザインを深掘りする

TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)

AirPods Maxは、Apple初となるオーバーイヤータイプのヘッドフォンだ。そして、同社が新しい分野の製品を出すたびに避けられないアナリストの洗礼を今回も受けた。つまり、高すぎる(したがって、販売には期待できない)というものだ。

しかし、現実には発売後すぐに2ヶ月待ちとなるような人気を博し、しかも、ほとんどの人が試聴する前に購入を決めるという、Appleならではのブランド力を見せつけた。すでに音質や使い勝手などについてのレポートはいくつも見られるので、ここではそのデザインから読み取れる同社の意図を、実機に基づいて深掘りしてみることにしたい。

Appleロゴのないアイコニックな外観

AirPods Maxは、そのカラフルだが派手すぎないカラーバリエーションや、メッシュ素材を使ったヘッドバンド、Apple Watchを思わせるDigital Crownなどの個性的なディテールに目が行きがちだが、実際には、そこに「存在しない」要素が、最も製品を特徴付けているともいえる。それは、Appleロゴだ。

AirPods Max カラー:ピンク
AirPods Max カラー:ピンク

モノトーンで大きめのAppleロゴをシンボリックなデザイン要素として採り入れる手法は、古くは、PowerPC時代のPower Mac G3 All-in-Oneに始まり、初代iMacで一般にも広く知られるようになった。しかし、元々、AirPodsシリーズでは、他の製品のようなロゴの見せ方はされていない。それはモノ自体のサイズが小さいために、ロゴを入れるとシンプルさが損なわれるためともいえるが、「耳からうどん」とも揶揄されたアイコニックなデザインによって、ひと目でAirPodsとわかる外観になっていたからでもある。

その後、様々な類似製品が登場したが、iPod時代の白いイヤフォンと同じく、他社が真似すればするほど、一般消費者にはオリジナルのApple製品が普及しているように見え、それが本家のAirPodsシリーズの売り上げにつながるというマーケティング効果を生み出した。

AirPods Maxは、特にイヤーカップがそれなりの面積を持つため、ここにロゴを入れても不自然ではないが、Appleのデザインチームはあえてそうしない決断をした。その理由は、おそらく、ハイライトの位置や光、色のグラデーションの出方まで計算したという造形へのこだわりだろう。だとすれば、より面積が大きく、平面に近い筐体外面を持つ他の製品からロゴを省くことはなさそうだが、少なくともAppleが、他社にありがちな、ロゴの入れ方まで規定するようなデザイン言語を持たないことが再確認された形だ(ジョナサン・アイブの時代に、固定的なデザイン言語は撤廃されている)。

その一方、Appleにとってモノトーンロゴの強調は、ブランド再生期のデザインマーケティングの一環でもあったので、AirPods Maxのロゴレスデザインには、新たな一歩となる実験的な意味合いも含まれているのかもしれない(すでに、Home PodやHome Pod miniも、ロゴは底面に配して、全体形や素材感、Siriのモーショングラフィックスなどで差別化する方向性にある)。

いずれにしても、AirPods Maxは単体でも存在感を放つ存在であり、造形的な要素でそれとわかるだけの個性を備えている。

ほぼ対称形の外装から考えられる当初の思惑

AirPods Maxは、発表前にAirPods Studioの名で噂となっていた頃に、左右を気にせずに装着でき、向きを自動判別して再生が行われるといわれたこともあった。筆者も、そうなればAppleらしいユーザー体験につながると感じたが、実際には左右の区別のある構成に落ち着いた。

しかし、基本的に左右対称形でイヤーカップにも固定的な傾きを持たせず、装着時には快適性を保ったまま密着する構造を体験すると、当初はやはり左右を区別しない設計にするつもりだったのではと思えたのも事実である。最終的にそうしなかった理由は、音響設計的な制約や、インターフェース上の配慮があったと考えられる。

AirPods Maxでは、イヤーカップの表面を利用するタッチコントロールも検討した上で、製品版に物理的に操作するDigital Crownとボタンが採用された。筆者は、過去にタッチコントロール式のイヤフォンを使っていたことがあり、そのときの経験から、操作面が視野に入らない状態での利用が、必ずしも良いユーザー体験につながらないと知っている。同じことをAppleのデザイナーも感じたのだろう。

実際に使ってみると、Digital Crownは右側のイヤーカップ上部の後ろ寄り、ボタンは同じく前寄りに配され、右手を上げてごく自然に使える絶妙な位置にある。回すのと押すのでは操作時の指の使い方が異なるため、手首の角度なども考慮して、ここしかないという場所を見極めたに違いない。

AirPods MaxのDigital Crownとボタン
AirPods MaxのDigital Crownとボタン

Apple Watchでは、装着する腕を変えても本体を180度回転させれば、Digital Crownとボタンの位置関係は上下が入れ替わるだけで、操作感はほぼ一緒だ。ところが、AirPods Maxで装着時の左右が変わると、Digital Crownとボタンの前後関係が逆転し、特にDigital Crownの操作で手首を不自然に曲げることになる。

音響設計は、コンピューテーショナル・オーディオ技術によって解決できる可能性もあるが、この物理的なインターフェースに関しては上記の問題があり、左右の区別のない装着よりも、利用頻度の高い操作系の使い勝手を重視したものと思われる。

その代わり、Appleはイヤーカップの内側のニットメッシュの部分にRとLのレターを編み込むアイデアを盛り込んだ。これには、他社のデザイナーも目からウロコだったのではないだろうか? また、イヤーカップの回転角の制約を片方向に対してのみ設けてあり、机上などに平面的に置くと、そのまま左右のカップがユーザーの左右と一致するようになっている。これらの工夫にDigital Crownの存在も加わって、ほぼ完全な対象形でありながら、左右を取り違えることはまずないといえるわけだ。

重量感の軽減は回転モーメントにも秘密が?

AirPods Maxを装着した際の重量感に関しては、気にならないという声もあれば、長時間装着するにはやや重いという意見もある。この部分は、音質と同じく個人差があって絶対的な評価にはならないが、個人的には、ほとんど気にならず、仕様上の重量を考えれば、軽快であるとすら感じる(首の筋肉の強さにもよるかもしれないが……)。

もちろんAppleとしては、必要と思える回路やパーツを実装した上で可能な限り重量を意識させないようなデザインを行なっており、メッシュで支えるヘッドバンドの採用も、その一環だ。加えて、筆者は全体の慣性モーメントを抑えることで、首を左右に振ったときのストレスを軽減しているのではとも推測する。つまり、重量物となるハウジングや回路をできるだけ顔の側面に近づけることで、首振りに要する筋力と、慣性でヘッドフォンが回り続けようとする力を減らしているのではないかということだ。

それは、リスニング中に、ごく僅かなものであっても無意識のうちに何十回、何百回と起こり、トータルで考えれば大きな影響がある。AppleがmacOSのメニューをスクリーン上端に設けたのも、個々のウィンドウに付随するメニューでは上下方向の位置合わせが不可避となり、1日の操作頻度を考えればストレスが溜まるという判断からであったことを思えば、慣性モーメントに関する配慮もありうる話だ。

AirPods Maxの装着時の正面からの写真を、他のオーバーイヤーヘッドフォンと比べると、側面への張り出しがかなり抑えられていると感じる。Appleは、iPad ProやMacBook Air(特にM1モデル)の開発を通じて、薄型の筐体でもハイファイオーディオを実現する手法を確立してきたので、そうしたノウハウが生かされていても不思議ではない。凹みや傷つきに関しては弱いともいえるアルミ合金製のイヤーカップも、慣性モーメントの低減に貢献しているといえそうである。

ユーザーを歩く広告塔にするスマートケース

AirPods Maxに付属し、装着すると本体が低消費電力状態になるスマートケースのデザインも賛否両論を巻き起こした。

他社のケースは、文字通り、ヘッドフォンを中に入れて保護するためのものだが、それだけに携行時には製品の存在感がなくなってしまう。これに対して、スマートケースは、スマートカバーと呼ぶほうが適切と思われるほどに、ヘッドバンドやDigital Crownなどは露出したままの状態になるため、完全な保護を約束するものではない。

スマートケース
スマートケース

初代iPodの裏面は傷つきやすい鏡面ステンレスだったが、スティーブ・ジョブズやジョナサン・アイブは、だからこそ大切に扱い、傷や凹みも思い出になると考えていた。それが、そのままAirPods Maxとスマートケースにも当てはまるわけではないが、ケースに入っていてもそれが何かがわかり、また、持ち歩く際には必然的にアームバンドを持ってハンドバッグのように扱われるという点が重要なのである。

おそらく、これから雑誌やオンラインマガジンなどで、AirPods Maxとスマートケースの組み合わせがファッションアイテム的な小道具として使われている記事を見かけるようになるだろう。そして、そういう感覚で持ち歩き、広告塔的な役割を果たすユーザーも増えてくるはずだ。

これまでも、ファッション系ハイブランドの中には、ハンドバッグの代わりにiPhoneやApple Watchを購入する層を警戒する動きがあったが、AirPods Maxには、価格帯を含めて、そのような特別感のある製品となっていく可能性を感じる。単純に高級ヘッドフォンという評価軸で捉えようとすれば、AirPods Maxに隠された意図を見誤るかもしれない。

Lightning端子の維持によるメリットとは?

最後に、AirPods Maxの充電や有線接続の際に、USB-CではなくLightningコネクタが使われていることに関して、Appleは、すでに多くのiPod/iPhoneユーザーがLightningケーブルを所有していることを挙げている。ユーザーにとってのメリットとなるその理由づけは一理あるが、Apple側にもメリットが存在する。

USB-C端子よりも小型のLightningを使うことで、製品の内部容積に余裕が生まれる点もその1つ。そして、同社にとっては、EUがスマートフォンから独自規格のコネクタを排除しようとする動きの中で、ライセンスフィーを徴収できるLightning仕様の周辺機器を残しておくことが、エコシステムを保つために重要といえるのだ。

Appleは過去に多様なジャンルの製品の原型を作り出してきたが、このAirPods Maxの初代モデルは、そうした同社らしいエゴの部分も含めて、まさにオーバーイヤーヘッドフォンの新たな原型となるに相応しい仕上がりの製品なのである。

大谷 和利(おおたに かずとし)
テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。
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