似て非なる画材、この差って何?
あべちゃんのサブカル画材屋 紀行
知っているようで知らない和紙の世界
第六回/山形屋紙店 〜和紙編〜 ③
そんな想像をしていると、田記さんが一冊の和帳を出してくれた。山形屋紙店が創業135年を迎えた平成26年に限定生産したものだという。
「『悠久(ゆうきゅう)手帖 八千代』という、オリジナルの商品です。中に使われている紙は、今では栽培が難しくとても貴重な天然の雁皮紙が使われています。高知県・土佐を訪問した時に、この紙が保存されていることが分かり、使わせて頂きました。正倉院に残されている和紙と同じように昔ながらの材料と方法で作られていますから、長期間保存が可能です。家系図や過去帳(※6)などに使って頂くと良いかもしれませんね」(田記さん)
※6)過去帳……檀家や信徒の死者の俗名や法名、死亡年月日などを記しておく帳簿
1000年保存ができることも驚くべきことだが、年数を経るごとに紙の書き味は変化するというからさらに面白い。
「同じ産地で同じ銘柄のものでも、作られたばかりの紙と20、30年寝た紙とでは書き心地が違う。“紙が締まる” という表現をしますが、滲みにくく、するするっとした書き心地に変化するんです」と吉澤さん。
墨と同じく、紙も枯れることで状態が良くなるという。人の人生は1000年というわけにはいかないが、年をとって書き味の違いが楽しめる。それは和紙ならではの楽しみ方といえそうだ。
|ディープな逸品|
神保町という土地柄、古本の修理をするために来店する人も多いとか。
「古本の修理には、原本を痛めない紙選びが必要です。当店では、"灰煮(はいに)” で漂白された紙をご用意しております。草木を燃やしてできた灰をお湯に溶かして、材料を煮ることで漂白する昔ながらの製法です」
と吉澤さん。
とはいえ、作り立ての白い紙では古本には調和しないように思うが……。
「うちでは『トマト染め』の紙をご用意しています。トマトの木の枝で薄く色をつけた紙で、経年変化したように見えるんですよ。顔料でつけた色とは全然違いますね」
ちょっと美味しそう(?)なトマト染め。ぜひお試しあれ!
「寒い空気と冷たい水の中で作業するので、漉き手は大変。とても地道な行程を経て作られますから、漉き手はどんどん減ってきているのが現状です。それでも全国各地で細々と漉いている所もありますし、一度途絶えた技術を復興させた人もいる。生産地巡りをして、貴重な和紙に出合うこともあります。これからも、全国にある素敵な和紙を発掘して、皆さんにお届けしていきたいですね」
これからますます全国の和紙が網羅されていくであろう山形屋紙店が楽しみだ。さらに田記さんは、オリジナルの和紙製品の製作にも積極的だ。
「作家やデザイナーの方たちが、来店されることもよくあります。彼らのなかには、『和紙を使ってみたいけれどどんな紙が良いか分からない』、『和紙で作品を作ったけれど、どこで販売していいか分からない』といった声も多く聞きます。うちでは、そうした声に応えたい。最近では、作家の方たちにお願いして、和紙製品の開発にも力を入れています。最近では、一点もののご祝儀袋や、石州半紙を使った最高級の便箋のセットを作りました」
最高の紙と、現代の作家のコラボレーション。「漉き手と作家、お客様を繋ぐ窓口でありたい」と語る田記さんは、”和紙の販売店”というだけに留まらない、意欲的な姿が印象的だ。
ここにはを表現を叶える豊富な紙と、知識豊富な店員さんが、あなたの創作意欲を形にしてくれる後押しをしてくれるはずだ。
さて、どんな紙を買おう。画材を迷う時間は、いつも悩ましく、楽しい。
<<< 第一回目 「鳩居堂本店」〜筆編〜
<<< 第二回目 「伊勢半本店」〜紅(べに)編〜
<<< 第三回目 「喜屋」〜岩絵具編〜
<<< 第四回目 「ならや本舗」〜墨編〜
<<< 第五回目 「うぶけや」 〜はさみ編〜
>>> 第七回目 「インクスタンド」 〜カラーインク編〜
>>> 第八回目 「ラピアーツ」 〜額縁編〜
>>> 第九回目 「箔座日本橋」 〜金箔編〜
>>> 番外編 「菊屋」 〜左利き用品編〜
>>> 第十回目 「宝研堂」 〜硯編〜
>>> 最終回 「岩井つづら店」 〜つづら編〜
明治12年(1879年)創業の、和紙専門店。初代・田記 俵次郎(たき・ひょうじろう)が日本橋の「松本紙店」につとめ、その後のれんわけする形で独立。東京・神保町に「山形屋」の店舗を構えた。以後130年、同じ場所で紙店を営んでいる。店の裏手には、大正2年の神田の大火、関東大震災、東京大空襲にも耐え抜いた貴重な蔵があり、外からでも3階建てのレンガ造りの蔵を見ることができる。店内には楮紙、奉書紙、書道用半紙、障子紙、千代紙、手芸用和紙をはじめ、オリジナルの便箋、封筒、カード類、ポチ袋などの取り扱いがある。
住所/東京都千代田区神田神保町2-17
アクセス/都営新宿線・半蔵門線・都営三田線 「神保町駅」A6出口より徒歩1分
営業時間/10:00〜18:00
休業日/土・日曜日、祝日
TEL/03-3263-0801
URL http://www.yamagataya-kamiten.co.jp/