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ラファエル前派の軌跡展-「魔性のヴィーナス」酷評の謎

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ラファエル前派の軌跡展-「魔性のヴィーナス」酷評の謎
三菱一号館美術館にて、ヴィクトリア朝(1837~1901年)の英国を代表する芸術家が一堂に会した「ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡展」がスタートした。同展では、画家たちの精神的指導者となった美術評論家ジョン・ラスキンと、1848年秋に前衛芸術家集団「ラファエル前派同盟」を結成した7名の画学生らの作品を中心に、19世紀に花開いた英国美術の豊かな成果を紹介している。

今回展示されている作品の中には、神話や古典を主題としたものや、画家たちの想い、画壇でのエピソードなどが潜むものも数多い。本記事では名作に隠されたさまざまな物語と共に、ラファエル前派および周縁画家たちの作品を見ていきたい。

2019年3月27日
(取材・文/編集部)

《本展に登場する画家たち》
ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー(以下、ターナー):1775年生まれ-1851年没
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(以下、D.G.ロセッティ):1828年生まれ-1882年没
ウィリアム・ホルマン・ハント(以下、ハント):1827年生まれ-1910年没
ジョン・エヴァレット・ミレイ(以下、ミレイ):1829年生まれ-1896年没
ジョージ・フレデリック・ワッツ(以下、ワッツ):1817年生まれ-1904年没

エドワード・バーン=ジョーンズ(以下、バーン=ジョーンズ):1833年生まれ-1898年没
ほか
「ラファエル前派」の登場と、その時代背景
本美術展のテーマの一つともなっている、美術批評家ジョン・ラスキンは、ヴィクトリア女王と同じ1819年生まれ。没したのも一年違いという、女王とほぼ同じ時を生きた人物だ。世界に先駆けて産業革命を成し遂げた19世紀後半のイギリスにおいて、ジョン・ラスキンは当時台頭してきたミドルクラスに属し、多くの画家たちを激励し、支援し、よき理解者となった。

当時のロイヤル・アカデミーでは、盛期ルネサンスを代表する画家/ラファエロ・サンティ以降の絵画表現が理想とされていた。これに対して、“ラファエロ以前”への回帰を訴え、中世美術のように分かりやすく誠実な表現を取り戻そうとしたのが「ラファエル前派」の画家たちだ。

7名の画学生たちによって結成された、この「ラファエル前派」グループの結束はわずかな期間にすぎなかったが、芸術の在り方を正そうとしたこの小さな動きは、やがて美学もさまざまで一体意識のほとんどない画家たちを巻き込んだ大きなグループへと変化し、イギリスの美術・芸術を活性化させていくこととなる。

同じころ、フランスのパリでは日本でも人気の高い、クロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、ポール・セザンヌ、といった印象派の画家たちが頭角を現している。ジョン・ラスキンが、熱烈な賞賛を送ったイギリスの風景画家・J.M.W.ターナーも、印象派に影響を与えたとされる画家だ。本展はこのJ.M.W.ターナーの絵画と、ジョン・ラスキン自身が手掛けた数多くの素描からスタートする。
左:ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー《カレの砂浜――引き潮時の餌採り》1830年 ベリ美術館所蔵

左:ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー《カレの砂浜――引き潮時の餌採り》1830年 ベリ美術館所蔵

ルネッサンス美術への回帰と、画家たちの物語
それでは「ラファエル前派」および周縁画家たちの作品をいくつか紹介していこう。ラファエル前派に連なる画家たちの作品は、その緻密な観察に基づく自然描写もさることながら、盛期ルネサンス美術を思わせる神話や聖書を主題としたものが多いのも特徴だ。例えば、ジョージ・フレデリック・ワッツの「オルペウスとエウリュディケー」という油彩画には、古代ローマの詩人オウィディウスによる「転身物語」の一節が描かれている。

妻を追って冥界に入ったオルペウスは音楽の力を借りて、死者の国の皇帝と皇后を説得し、エウリュディケーを生者の国へ連れ戻す許しを得る。しかし、エウリュディケーの救出が完了するまではふたりとも互いを見てはならないという条件が出されていた。もう少しで地上に出るというとき、オルペウスは妻の体力が弱っていないか心配でどうしてもその姿が見たくなり……。振り返ってしまったオルペウスと、一直線に深淵へと滑り落ちていく瞬間のエウリュディケーの悲劇的な瞬間が描写された作品だ。(写真右)
右:ジョージ・フレデリック・ワッツ「オルペウスとエウリュディケー」1870年頃 個人蔵 左:ジョージ・フレデリック・ワッツ「エンディミオン」1868-73年頃 個人蔵

右:ジョージ・フレデリック・ワッツ「オルペウスとエウリュディケー」1870年頃 個人蔵
左:ジョージ・フレデリック・ワッツ「エンディミオン」1868-73年頃 個人蔵

左の作品「エンディミオン」もギリシア神話を題材としたもので、永遠の若さを約束された美しい若者・エンディミオンと天上から覆いかぶさるように降りてきて恋人に口づけをする月の女神が描かれている。
エドワード・バーン=ジョーンズ「赦しの樹」 1881-82年 リヴァプール国立美術館所蔵

エドワード・バーン=ジョーンズ「赦しの樹」
1881-82年 リヴァプール国立美術館所蔵

続いて、エドワード・バーン=ジョーンズの「赦しの樹」という作品。バーン=ジョーンズは、ラスキンの芸術論や建築論に同調し生涯の友となった人物だ。この絵の主題もオウィディウスの「ヘロイデース」からとられている。

トラキア王の娘のピュリスは、愛するデーモポーンに捨てられて絶望し、命を断とうとするが、奇跡によってアーモンドの木に変えられていた。そして心から後悔したデーモポーンがその木を抱きしめると、幹からピュリスが姿を現し、愛情深い赦しを与えて彼を腕に包み込む。肉感的な男女の肢体と悩まし気な表情がとても印象的な一枚だ。

この主題は同作以前にも、旧水彩画協会に出品された「ピュリスとデーモポーン」という作品に描かれており、バーン=ジョーンズがこの主題を描くのは二度目となる。最初に出品した際には、男性ヌードがスキャンダルとなってバーン=ジョーンズは旧水彩画協会を辞任。その後7年、公的な展示から身を引くことなった。
ジョン・エヴァレット・ミレイ「滝」1853年 デラウェア美術館所蔵

ジョン・エヴァレット・ミレイ「滝」1853年 デラウェア美術館所蔵

こちらは、ジョン・エヴァレット・ミレイ作の「滝」。ラファエロ以前への回帰を主張することから始まった「ラファエル前派」だが、時代はカトリック教会が絶大な富と権力を掌握していたルネサンス期とは異なる。この作品の裏に隠されているのは神話や聖書の物語ではなく、当の画家たちのエピソードだ。

ミレイがこの作品を描いたのは、ミレイとジョン・ラスキンがスコットランド高地へ旅をした時のこと。絵のモデルはラスキンの婦人エフィである。生き生きとした自然描写の中に偶然写り込んだスナップ写真のように、裁縫に夢中になる女性が描かれている。

ミレイはこの高地滞在で、親友の妻であるエフィに恋をした。この時、ミレイとエフィは非常に長い時間を共に過ごしたという。この絵も、恋に夢中になった画家が、気持ちを抑えきれずに思わず恋人の姿を描き入れてしまったかのような、心和む親しみのある記録となっている。
D.G.ロセッティ「魔性のヴィーナス」酷評の謎
本展には、D.G.ロセッティ、ハント、ミレイといったラファエル前派同盟の中心となった画学生たちの大作が並ぶ“撮影OK”の展示室がある。美術展(特別展)において、1~2カ所の撮影ポイントが設けられることは珍しくないが、これほど多く(数十点)の作品が部屋ごと撮影フリーと言うのは珍しい。

同展のメインビジュアルにも採用された、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作「魔性のヴィーナス」、先に紹介したジョン・エヴァレット・ミレイの「滝」、ウィリアム・ホルマン・ハント作「甘美なる無為」などもすべてこの部屋の展示作品だ。
<撮影フリーの部屋に飾られた絵画> ウィリアム・ホルマン・ハント「甘美なる無為」1866年 個人蔵

<撮影フリーの部屋に飾られた絵画>
ウィリアム・ホルマン・ハント「甘美なる無為」1866年 個人蔵

<撮影フリーの部屋に飾られた絵画> 左:ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「ムネーモシュネー(記憶の女神)」1876-81年 デラウェア美術館所蔵 右:ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「祝福されし乙女」1875-81年 リヴァプール国立美術館所蔵

<撮影フリーの部屋に飾られた絵画>
左:ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「ムネーモシュネー(記憶の女神)」1876-81年 デラウェア美術館所蔵
右:ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「祝福されし乙女」1875-81年 リヴァプール国立美術館所蔵

特に「魔性のヴィーナス」は、本展の顔ともいうべき作品であるだけに、注目が集まるところだが、実はこの作品には、擁護者であるはずのジョン・ラスキンから「粗雑」「嫌悪を感じる」「色彩の使い方が不適切だ」といった痛烈な批判を受けたという記録が残っている。

しかし、実際の作品を鑑賞してみると「粗雑さ」を感じる要素はどこにも見受けられない。こぼれ落ちんばかりに咲き乱れる前景のスイカズラには緻密な描写が見られ、艶やかなヴィーナスや背景に生い茂る薔薇も入念な筆運びで丁寧に描かれている。画家にも鑑賞者にも好みはあるであろうし、そのタッチや色使いが批判されること自体は不思議ではないが、この作品が「粗雑」と批判されたというのは、いかにも不可解である。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)」 1863-68年頃 ラッセル=コーツ美術館所蔵

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)」
1863-68年頃 ラッセル=コーツ美術館所蔵

この疑問については、三菱一号館美術館学芸員の加藤明子氏が、同展図録の中で一つの答えを提示してくれている。彼女が注目したのは、当時の文芸誌「アシニーアム」に掲載された記事だ。この批評記事によると、「魔性のヴィーナス」に描かれた女神は、瞳は「黄水晶のような淡い茶色」で、はちみつ色の長いまつげと「黄褐色の髪」をもつという。しかし今、この作品の女神を見ると、瞳は「青みがかった緑色」であり、髪は燃え立つような「赤」である。

実はD.G.ロセッティには、以前に手掛けた作品を大々的に描き直すという、評判のよくない「癖」があった。加藤氏は他にも、カタログ・レゾネに残る記載や、習作との相違点、モデルが異なる点などを上げ、この作品が2回に渡って大きく描き直された可能性について指摘する。つまり、ラスキンが「粗雑だ」「嫌悪を感じる」と非難したとき、視線の先にあったのは、今とは大きく異なる「魔性のヴィーナス」だったというのである。

この二度目の変更については、のちに競売で本作品を見たウィリアム・マイケルという人物が、落胆とともに「花などの付帯的なモティーフと人物像との調和や一体感がひどく損なわれ、全体の構想や描き方における溌溂とした感じや伸びやかさが減じられていた」と評している。また、以前の作品は「大胆で自由な表現」が画面全体に見られたとも。時を遡ることができるのであれば、描き直し前の作品がどのような姿をしていたのか、一度見てみたいものである。

ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡展
https://mimt.jp/ppr/
期間:2019年3月14日(木)~6月9日(日)
開館時間:10:00~18:00 ※入館は閉館の30分前まで(祝日を除く金曜、第2水曜、4月6日、6月3~7日は21:00まで)
休館日:月曜日(但し、4月29日、5月6日、6月3日とトークフリーデーの3月25日、5月27日は開館
場所:三菱一号館美術館(JR東京駅近く)
問い合せ先:03-5777-8600(ハローダイヤル)
入館料:一般 1,700円、高校・大学生 1,000円、小・中学生 無料
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「ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡展」の展覧チケットを、抽選で5組10名様にプレゼントいたします。応募期間は4月16日(火)まで。応募方法は専用ページよりご確認ください。
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