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世界中で愛される絵本「スイミー」、その味わいの理由に迫る ~ みんなのレオ・レオーニ展レポート ~

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世界中で愛される絵本「スイミー」、その味わいの理由に迫る
~ みんなのレオ・レオーニ展 ~
小学校2年生の教科書にも掲載され日本全国で親しまれている絵本「スイミー」。損保ジャパン日本興亜美術館では、この「スイミー」を世に送り出した絵本作家レオ・レオーニの波乱の生涯を作品と共に紹介する「みんなのレオ・レオーニ展」を開催している。

レオーニの絵本は、そのストーリーもさることながら、にじみや質感を巧みに生かした味わい深い絵が魅力的だ。今回は、そんなレオーニの絵の秘密を絵画技法や発想の原点から探っていきたい。

2019年8月5日
(取材・文/編集部)
レオ・レオーニの絵本、その独特の「味わい」を生み出す技法とは
レオーニはその生涯において40冊ほどの絵本を発表し、そのなかで様々な技法を試みている。本展では、その質感ややわらかい原画の風合いを間近にみて感じるられるのが最大の魅力だ。絵本「スイミー」の原画も現存する5点すべてが展示されており、じっくりと鑑賞することができる。
『スイミー』原画 1963年 スロバキア国立美術館所蔵 スロバキア国立美術館に収蔵されている「スイミー」の原画と、絵本に使われている絵の比較展示。「スイミー」の絵は、次に説明する「モノタイプ」技法で描かれているため、同じ版を使って再制作されたものと思われる。絵本に使われた原画は残されていない。

『スイミー』原画 1963年 スロバキア国立美術館所蔵
スロバキア国立美術館に収蔵されている「スイミー」の原画と、絵本に使われている絵の比較展示。「スイミー」の絵は、次に説明する「モノタイプ」技法で描かれているため、同じ版を使って再制作されたものと思われる。絵本に使われた原画は残されていない。

レオーニには一度見たものを瞬時に記憶して、後からありのままを描き出す能力があったというが、その作品群は写実的なものばかりではなく、素材の風合いを生かしたものや、抽象的な表現が多い。最も多く使われているのが、「コラージュ」そして「モノタイプ」という技法だ。コラージュは切った紙を貼り付けていって一枚の絵を構成する技法だが、レオーニはねずみのモフモフとした毛の質感を紙を千切ることで、植物のスッキリしたラインをナイフやハサミでシャープに切り取ることで巧みに作り出している。和紙や、裏側が透けて見える薄い紙素材なども使われており、一口にコラージュと言っても表現の幅は広い。
『フレデリック』原画 1967年 ねずみや地面はちぎって柔らかいラインで、植物や岩はシャープに切り取られている

『フレデリック』原画 1967年
ねずみや地面はちぎって柔らかいラインで、植物や岩はシャープに切り取られている

『アレクサンダ と ぜんまいねずみ』原画 1969年 和紙や薄く透ける紙を多用した作品

『アレクサンダ と ぜんまいねずみ』原画 1969年
和紙や薄く透ける紙を多用した作品

また「モノタイプ」技法との併用で岩や地面、植物、水といったさりげない背景にも、独特の温かみを生み出すのは、レオーニならではだ。「モノタイプ」とは、紙やアクリルなど版となるものの上に絵具を塗り、乾く前に写し撮ることで偶然の表現と効果を狙う版画の技法だ。レオーニはこのモノタイプ技法で、ワニ(コーネリアス)やとかげ(アレクサンダとぜんまいねずみ)、かえる(ぼくのだ! わたしのよ!)などを鮮やかに描き出し、魅力あふれるキャラクター達を生み出している。
『スイミー』原画 1963年 スロバキア国立美術館所蔵

『スイミー』原画 1963年 スロバキア国立美術館所蔵

絵本『ぼくのだ! わたしのよ!』1989年 より

絵本『ぼくのだ! わたしのよ!』1989年 より

●「コラージュ」「モノタイプ」の技法はアニメ化の際にも

レオーニの作品には、アニメ映画化されたものもあり、同展ではそのうち5作品の作画素材を見ることができる。アニメ化の際にもこの2つの技法は活かされており、モノタイプの技法で作成したコラージュ素材を少しずつ動かしながら撮影していくという、とても根気のいるアニメーション手法が採用されたようだ。展示室ではコラージュ素材の展示と、アニメーション上映(音無し)を。回廊では音声付きのアニメーションを楽しむこともできるので、原画とあわせて是非見てみてほしい。
アニメ制作に使用された素材

アニメ制作に使用された素材

アニメ映画『コーネリアス』 作画素材によるコラージュ、予備の作画素材

アニメ映画『コーネリアス』
作画素材によるコラージュ、予備の作画素材

レオーニが操った描画技法 ~ フロッタージュ、スタンピング、色鉛筆など ~
「コラージュ」「モノタイプ」以外にも、レオーニは様々な描画技法を駆使して作品を生み出していった。例えば、小さいが賢いしゃくとりむしが主人公の『ひとあし ひとあし』(1960年)という絵本には「フロッタージュ」という技法が使われている。これは凸凹の上に紙を乗せて、その上から画材でこするように描くことで凹凸を写し撮る技法で、小さなしゃくとりむしが見る大きな世界をユーモア満点に表現している。レオーニ作品の多くを翻訳してきた谷川俊太郎氏が一番好きな絵本だそうだ。
『ひとあし ひとあし』原画 1960年

『ひとあし ひとあし』原画 1960年

世界平和をストレートに訴えた絵本『あいうえおのき』に使われているのは「スタンピング」技法。嵐に吹き飛ばされてこわごわ縮こまっていた、あいうえおの葉っぱたちが、ある虫から「互いに手をつないで言葉を作れば飛ばされずに済むよ」と教えられ、手をつないで言葉を紡ぎ出すというストーリーだ。

紡ぎ出す言葉(メッセージ)は、日本語版では「ちきゅうに へいわを すべての ひとびとに やさしさを せんそうは もう まっぴら」となっており、国ごとにそれぞれの言葉を当てはめて出版されている。色調の異なるスタンプを画面いっぱいに押して描くこの方法は、作品のテーマともリンクしている。
『あいうえおのき』原画 1968年

『あいうえおのき』原画 1968年

他にも、元来の写実力を発揮して色鉛筆のみで緻密に描いた『せかい いち おおきな うち』、絵本としてはめずらしい油絵で描かれた『みどりの しっぽの ねずみ』、写実とコラージュが響きあう『うさぎを つくろう』など、全ての絵本が作品にあった技法で形づくられており、ストーリーだけでなく、絵画自体からもメッセージがあふれ出るようような作品群である。

展示会場には、原画と合わせて絵本の概要がパネルで記載されており、実際の絵本も手に取って見られるようになっているので、作品の世界観を踏まえて原画を見ていくとより深い理解が得られるだろう。
『せかい いち おおきな うち』原画 1968年 色鉛筆のみで動植物がリアルな描き込まれている

『せかい いち おおきな うち』原画 1968年
色鉛筆のみで動植物がリアルな描き込まれている

レオ・レオーニのイマジネーションの原点
さて、今度はレオ・レオーニの人物像を少し覗いてみたい。ムーミンはフィンランド、スヌーピーはアメリカ、バーバパパはフランス絵本とわかっても、スイミーはどこの国の絵本なのか? すぐには思い浮かばない人が多いのではないだろうか。レオーニ自身はオランダのアムステルダム出身。実業家の父について、オランダ、ベルギー、イタリア、スイスと移り住み、それぞれの文化に触れながら五か国語をマスターして成長するという国際色豊かな子供時代を送っている。

成人するとイタリアでデザイナーとしての出発を切ったが、スペイン系ユダヤ人の父を持つレオーニは第二次世界大戦中(29歳頃)アメリカに亡命。戦後はアメリカに帰化し、フォード社など大企業の広告デザインを手がけたり、フォーチュン誌のアート・ディレクターを務めたりと、グラフィック・デザイナーとして大きな成功をおさめた。
レオーニが手掛けたフォーチュン誌の表紙、イラスト

レオーニが手掛けたフォーチュン誌の表紙、イラスト

最初の絵本「あおくんときいろちゃん」を出版したのは49歳のとき。後半生では、春から秋はイタリアのトスカーナ、冬はニューヨークにという二重生活を送りながら多くの絵本を生み出している。このように、世界中を移動する生活の中で“人と違う自分”を意識する瞬間が多かったのだろう。40冊の絵本作品の中には「自分探し」をテーマにしたものが最も多く、自分が自分であること受け入れてポジティブに進んでいく主人公が様々なバリエーションで描かれている。

同館学芸員の解説によると、主人公はねずみや鳥、魚といった小さな動物が中心で、人間を主人公にしたものは一冊も確認されていない。レオーニは人間よりも動物や抽象的な形のほうが子供たちが感情移入しやすいと考えていたようだ。
『コーネリアス』原画 1983年 生まれながらに立って歩ける、他と違うワニのコーネリアスの物語

『コーネリアス』原画 1983年
生まれながらに立って歩ける、他と違うワニのコーネリアスの物語

レオーニのイマジネーションを物語る最たるものが、本展の最終パート「リアル? フィクション?」のコーナーに展示されている『平行植物』シリーズだ。『平行植物』とは、レオーニが作り出した空想の植物群のことで、油絵や精密な鉛筆画、ブロンズ彫刻などが制作されている。

平行植物の生態をまとめた同名の書籍は、その内容が学術書のようであったため、ローマの本屋で間違って植物図鑑のエリアで売られていたという逸話も残されている。フィクションとは思えない詳細さと力強い表現には、当時多くの人が騙されたようだ。
「平行植物」シリーズ 左から、『向月葵』(ジーラ・ルーナ)1971年、『プロトルビス』1970年頃、『赤い木』1970年頃、『緑の木』1970年頃。手前、ブロンズ『プロジェクト・幻想の庭』。

「平行植物」シリーズ
左から、『向月葵』(ジーラ・ルーナ)1971年、『プロトルビス』1970年頃、『赤い木』1970年頃、『緑の木』1970年頃。手前、ブロンズ『プロジェクト・幻想の庭』。

世界中を旅して豊かな想像力を育み、「自分探し」「平和への願い」といった実体験に基づいたテーマを、アーティストの視点で作品にしていったレオーニ。その絵本は大人から子供まで、言葉の壁すら越えて世界中の人々に愛されている。
みんなのレオ・レオーニ展
https://www.asahi.com/event/leolionni/
会期:2019年7月13日(土)~9月29日(日)
開館時間:10:00~18:00
     ※入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(ただし8月12日、9月16日、9月23日は開館、翌火曜日も開館)
場所:東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
入館料:一般 1,300円、大学 900円、高校生以下無料
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