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近代日本画家たちが目指したそれぞれの道。横山大観・菱田春草・川合玉堂・川端龍子の歩みを振り返る

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近代日本画家たちが目指したそれぞれの道。横山大観・菱田春草・川合玉堂・川端龍子の歩みを振り返る

山種美術館で、明治から昭和にかけての日本画を発展に導いた4人の画家に焦点をあてた展覧会「大観・春草・玉堂・龍子 ―日本画のパイオニア―」が開催されている。横山大観(1868~1958)・菱田春草(1874~1911)・川合玉堂(1873~1957)・川端龍子(1885~1966)はいずれも、伝統をふまえながら新しい時代に即した絵画を模索しつづけた近代日本画のパイオニアたちだ。

本記事では、「大観・春草・玉堂・龍子 ―日本画のパイオニア―」展の絵画から、この4人の日本画家たちが追い求めた理想や、新たな表現へのチャレンジ、独自のスタイルを確立していった過程などを紐解きながら、その魅力や見どころを紹介していく。

2019年9月13日
(取材・文/編集部)
▷ 岡倉天心と春草・大観――日本で酷評され、海外で評価された「朦朧体」
まずは、菱田春草と横山大観から。本展の導入部は「朦朧体」と呼ばれる没線描法の作品からスタートする。この「朦朧体」は、墨による輪郭線を使わずに「光」や「空気」を表現できないか――という岡倉天心の問いかけに対して、大観と春草が探求していった技法だ。

輪郭線がないため全体的にぼんやりとした印象だが、不思議なほど奥行きや空気感、その場の湿度までが感じられ、どこか異国風の趣もある作品である。画題として用いらているのは東洋のモチーフなのだが、「光」を色彩の濃淡で表現する点においては西洋風の技法ともいえる。描線が少ないことに加えて、このあたりの色彩表現が独特の雰囲気を作り出しているのだろう。
菱田春草 『釣帰』 1901(明治34)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵 「朦朧体」作品は日本では酷評されたが、アメリカ・ヨーロッパの展覧会では好評を得て高値がついた

菱田春草 『釣帰』 1901(明治34)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵
「朦朧体」作品は日本では酷評されたが、アメリカ・ヨーロッパの展覧会では好評を得て高値がついた

下図(左)は、菱田春草の“朦朧体”を用いた作品『初夏(牧童)』の一部である。春草は、明治40年代になると朦朧体から離れて、水墨画をベースとした東洋風の表現に回帰していくのだが、その頃の作品と比べると同じ「牧童」でも大きく描き方は異なっている。背景の草なども描線がはっきりと描かれるようになり、この頃から構図や描法に琳派の影響も現れ始める。

美術館の方の話では、この二つ並んだ牧童は同展の隠れスポットなのだとか。至近距離まで近寄って見られるので二人の牧童、そして背景の描き方の違いをじっくりと観察してみてほしい。
【朦朧体の作品】菱田春草『初夏(牧童)』(部分) 1906(明治39)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

【朦朧体の作品】菱田春草『初夏(牧童)』(部分) 1906(明治39)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

【朦朧体から離れた時期の作品】菱田春草『月下牧童』(部分) 1910(明治43)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

【朦朧体から離れた時期の作品】菱田春草『月下牧童』(部分) 1910(明治43)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

春草の作品にはほかにも、満月と季節の花木を組み合わせて四季を表現した『月四題』が4幅揃って展示されるなど名品が並ぶ。
『月四題』菱田春草 明治42~43年頃 絹本・墨画淡彩 山種美術館所蔵 満月を外隈(外側をぼかし、対象を白く浮き立たせる技法)で表した作品。水墨を主体に月と四季の草花を組み合わせる表現は江戸琳派にも先例がある

『月四題』菱田春草 明治42~43年頃 絹本・墨画淡彩 山種美術館所蔵
満月を外隈(外側をぼかし、対象を白く浮き立たせる技法)で表した作品。水墨を主体に月と四季の草花を組み合わせる表現は江戸琳派にも先例がある

この後、春草は37歳の誕生日を前に短い生涯を閉じることとなる。春草と大観は、級こそ違うが東京美術学校(現・東京芸術大学美術学部の前身)で共に学び、インドやアメリカ、ヨーロッパへも共に赴いた。冷静な春草と情熱的な大観と性格は正反対だったが、とても仲が良かったようである。
▷ 横山大観のコーナーは、画材・技法・テーマと見どころ満点!

春草が『月四題』を描き上げた同じ頃、大観は中国旅行を経て、山水画制作に取り組んだ。大観の画巻はこのとき描かれた「楚水の巻」と「燕山の巻」、そしてのちの「生々流転」などが広く知られているが、同展では「楚水の巻」の実物を見ることができる。
横山大観『楚水の巻』 1910(明治43)年 紙本・墨画 山種美術館所蔵 山河の風景だけでなく、時間帯による空気感の違いや湿度が墨一色で表現されている

横山大観『楚水の巻』 1910(明治43)年 紙本・墨画 山種美術館所蔵
山河の風景だけでなく、時間帯による空気感の違いや湿度が墨一色で表現されている

この作品は、揚子江沿岸付近の風景をイメージして、その湿潤で気候の変化が激しい風景を、朝、昼、雨、夕の4場面に分けて描いたものだ。雪舟を思わせる力強い筆致に加えて、風景のみならず気候による空気の変化までを描き切る繊細な表現が見事である。

大観の模索はまだまだ続く。大正期の作品は一気に華やかさを増す。大正5年に描かれた『作右衛門の家』では、南画を思わせるタッチに、大和絵風の鮮やかな色彩が用いられ、貴重な岩絵の具を用いるなど画材への挑戦も見られる。この作品に使われている技法は「絹本裏箔」といって、絹の裏側に金箔を貼って、絹目の間からキラキラと輝く効果を生かしたものだ。この作品では、絹本裏箔によって木立の奥の仄の明るさを表現することに成功している。
横山大観『佐久衛門の家』 1916(大正5)年 絹本裏箔・彩色 山種美術館

横山大観『佐久衛門の家』 1916(大正5)年 絹本裏箔・彩色 山種美術館

これをさらにアレンジしたのが、次の作品『喜撰山(きせんやま)』。和紙の裏に箔を貼って、あとから紙を剥いで薄くし、紙から透けてみえる金の効果を生かした作品だ。かなり薄く剥いだ箇所もあるが、紙には絹のような目の隙間がないため、金箔は輝きではなく透ける色合いとして表出し、これにより京都の深みのある赤土の色を表現した作品である。
右:横山大観『喜撰山(きせんやま)』 1919(大正8)年 紙本・彩色 山種美術館

右:横山大観『喜撰山(きせんやま)』 1919(大正8)年 紙本・彩色 山種美術館

ほかにも、可愛らしい「木兎(みみずく)」や、中国原産の「叭呵鳥(はっかちょう)」、「龍」といった生き物や、壮大な風景画(山水画など)、桜や富士山といった愛国心溢れる古典的な画題も多く制作されており、特に「富士山」は生涯で2000点以上描かれたという。昭和期の作品になると、塗った色が乾かないうちに他の色を垂らしてにじませる「たらし込み」や、山なみの片方に濃い墨をいれる「片ぼかし」の技法なども見られ、ボリューム感のある山河の風景が楽しめる。
横山大観『蓬莱山』 1939(昭和14)年頃 絹本・彩色 山種美術館所蔵

横山大観『蓬莱山』 1939(昭和14)年頃 絹本・彩色 山種美術館所蔵

横山大観『霊峰不二』 1937(昭和12)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

横山大観『霊峰不二』 1937(昭和12)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵


横山大観と言えば「富士」!
本展にも富士を描いた作品が4点展示されている。最晩年(84歳)に描かれたこちらの『心神(横山大観 昭和27年 絹本・墨画淡彩 山種美術館所蔵)』は来館者なら撮影OKだ。


▷ ダイナミックで独創的、でも繊細な川端龍子の世界


次に登場するのが、既存の日本画の枠組みを打ち破ろうという強靭な意志で活動をつづけた画家・川端龍子。龍子も、後に紹介する玉堂も、一時期は大観や春草と同じ日本美術院に参加した画家だが、行きつく先は大きく異なる。

特に龍子は異色の経歴を持つ画家で、はじめは洋画家としてキャリアをスタートさせている。並行して新聞や雑誌の挿絵も手掛け、1913年に洋画修行のため渡米するも、帰国してまもなく日本画に転向。しばらくは日本美術院展(院展)での活動を続けていたが、その作品が“会場芸術”との批判を受けることとなり、自ら絵画団体「青龍社」を創立して、独自の道を歩むことになる。

龍子の作品は、大画面に力強い筆致で描かれたダイナミックなものが目立つが、本展ではその繊細な一面も覗き見ることができるので、小品も良く鑑賞してみてほしい。まずは、大胆な筆致と躍動感あふれる大画面で異彩を放つ「鳴門」から。龍子が院展を脱退し、自らの青龍社で初めて開催した「第一回青龍展」に出品されたものだ。六曲一双の大屏風に、群青の大渦で埋め尽くされた鳴門の海が描かれており、自由な創作への想いが爆発したかのような作品である。
川端龍子『鳴門』 1929(昭和4)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

川端龍子『鳴門』 1929(昭和4)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

龍子は、院展で批判された“会場芸術”という言葉を、大衆と芸術が接触するための理想の姿を現す言葉として積極的に用い、多くの人々が展覧会場で身近に鑑賞できる作品を生み出して行った。次の『華曲』も、一目見て面白い! と感じる作品。牡丹に唐獅子、蝶というのは古典的な画題だが、堂々と描かれるべき獅子が子猫のような滑稽な姿で蝶を追いかけており、「華曲」という題名にも龍子の独特なセンスが感じられる。古典や伝統を踏まえながらも、ひとひねりした独創性のある作品が多いのも龍子の魅力だ。
川端龍子『華曲』  1928(昭和3)年 紙本・彩色 山種美術館所蔵

川端龍子『華曲』 1928(昭和3)年 紙本・彩色 山種美術館所蔵

そして次の『月光』は龍子作品の幅広さを感じさせる一枚である。仰観で切り取った拝殿の屋根が画面の大半を建物が占めているが、主題は右上の空間にうっすらと姿を見せる月。そして月の光が照らす空間そのものである。端正な拝殿の描写と、白く浮き上がる描線、煙るような色調が、繊細なバランスで融合したこの作品は、力に溢れた『鳴門』とは対照的だ。
川端龍子『月光』 1933(昭和8)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

川端龍子『月光』 1933(昭和8)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

▷ 日本人の心に寄り添う、川合玉堂の風景画

最後に登場するのは、自然をこよなく愛した風景画家・川合玉堂。玉堂の風景画を眺めるとき、大観や龍子を見る時のような驚きはない。日本人の心にピッタリと寄り添い、強い郷愁を誘う、日本の「原風景」ともいうべき風景画スタイルである。玉堂は、狩野派をはじめとする漢画の様式を基礎に、古典的な表現技法を用いて、身近な自然とそこに生きる人々の姿を描き出そうとした画家で、時代とともに日本画の風景表現に新境地を切り開いていった。

次の一枚『渓山秋趣』 は、京都で学んだ円山・四条派の柔らかい岩の描き方から、狩野派由来の河北系山水画のような画風へと、新しい表現へ挑んでいた頃の作品。玉堂は、橋本雅邦との出会いをきっかけに、それまで一定の地位を築いていた京都画壇から東京へと活動の場を移している。当時、画壇を京都から東京に移すというのは決して簡単なことではなく、ここに玉堂の探求心の強さが伺える。
川合玉堂『渓山秋趣』 1906(明治39)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

川合玉堂『渓山秋趣』 1906(明治39)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

その後も、昭和期に多く見られるようになった、ワイヤーと滑車を使った近代的な渡し船を描いてみたり(『春風春水』昭和15年)、田んぼと労働に励む女性たちを俯瞰的に捉えたユニークな構図を試みたり(『早乙女』昭和20年)と、当時としてはなかなか斬新な表現にも挑戦している。

ノスタルジーを誘う画題や色彩だけでなく、こういった近代的な目線も、現代の私たちが強く共感を感じる要素の一つではないだろうか。
川合玉堂『春風春水』 1940(昭和15)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

川合玉堂『春風春水』 1940(昭和15)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

川合玉堂『早乙女』 1945(昭和20)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

川合玉堂『早乙女』 1945(昭和20)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

▷ 大観、玉堂、龍子―巨匠たちの晩年の作品にみる世界観

本展の最後を飾るのは、晩年の大観、玉堂、龍子の3名による「松竹梅展」の作品。松竹梅展は、山種美術館の創立者である山﨑種二の所望によって開催された展覧会で、松・竹・梅の3つのテーマを三名の画家がそれぞれ担当し、全三回開催されている。

「梅」を龍子が、「松」を大観が、「竹」を玉堂が担当した第一回松竹梅展と、「梅」を大観が、「松」を玉堂が、「竹」を龍子が担当したの第三回松竹梅展の作品が見られるが、ここでも3人の画家の特徴ははっきりと表れている。晩年に描かれた松竹梅展の作品は、いずれ劣らぬ日本画のパイオニアたちが生涯をかけて探求した世界観の集大成とも言えるだろう。

「日本画は難しい」「古典の知識がないとわからない」と感じている人がいたら、ぜひ今回の展示を見て欲しい。画家たちの自由さ、力強さ、独創的な世界観にきっと驚きを感じるはずだ。

●第三回松竹梅展(昭和32年)の出品作品
大観晩年の作品は堂々たる風格。少ない描線とさりげない仕掛け(二羽の鳥)で雄大な世界を表現する。暗香浮動とは真っ暗な中でわずかに漂う梅の香りのこと 『松竹梅のうち 梅(暗香浮動)』 横山大観 1957(昭和32)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

大観晩年の作品は堂々たる風格。少ない描線とさりげない仕掛け(二羽の鳥)で雄大な世界を表現する。暗香浮動とは真っ暗な中でわずかに漂う梅の香りのこと
『松竹梅のうち 梅(暗香浮動)』 横山大観 1957(昭和32)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

玉堂が描くのはやはり身近な自然とそこに生きる人々。身近なモチーフとさりげない描写が共感を誘い、大胆な構図が臨場感を生み出している 『松竹梅のうち 松(老松)』 川合玉堂 1957(昭和32)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

玉堂が描くのはやはり身近な自然とそこに生きる人々。身近なモチーフとさりげない描写が共感を誘い、大胆な構図が臨場感を生み出している
『松竹梅のうち 松(老松)』 川合玉堂 1957(昭和32)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

「竹」という画題に対して竹林ではなく筍という独特のセンス。竹取物語を暗示する閃光とタイトルにも独創的なひねりと着眼点は健在だ 『松竹梅のうち 竹(物語)』川端龍子 1957(昭和32)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

「竹」という画題に対して竹林ではなく筍という独特のセンス。竹取物語を暗示する閃光とタイトルにも独創的なひねりと着眼点は健在だ
『松竹梅のうち 竹(物語)』川端龍子 1957(昭和32)年 絹本・彩色 山種美術館所蔵

【山種美術館 広尾開館10周年記念特別展】
大観・春草・玉堂・龍子 ―日本画のパイオニア―
http://www.yamatane-museum.jp/exh/2019/pioneer.html
会期:2019年8月31日(土)~10月27日(日)
開館時間:10:00~17:00(入館は16時30分まで)
休館日:月曜日
    ※但し、9/16(月)、9/23(月)、10/14(月)は開館、
     9/17(火)、9/24(火)、10/15(火)は休館
場所:山種美術館
問い合せ先:03-5777-8600(ハローダイヤル)
入館料:一般 1,200円、大学・高校生 900円、中学生以下無料
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「大観・春草・玉堂・龍子―日本画のパイオニア―」の展覧チケットを、抽選で5組10名様にプレゼントいたします。応募期間は9月30日(月)まで。応募方法は専用ページよりご確認ください。
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