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架空の世界をビジュアル化する「コンセプトアーティスト」という仕事

2019.06.10 Mon2023.07.28 Fri

映画/ゲーム/アニメーション/テーマパーク……

架空の世界をビジュアル化する
「コンセプトアーティスト」という仕事

取材・文:編集部

ここ日本でも大きな話題となった『アベンジャーズ/エンドゲーム』といったアメコミ実写映画や、グラフィックが美しいゲーム、最新技術を駆使したアニメーションなど、昨今、SFやファンタジー作品のハイクオリティな大作を見る機会が増えている。こうした作品の多くは、創造の世界が物語の舞台となるため、美術周りのビジュアル制作は極めて重要だ。

本記事では、エンターテインメント作品の〈世界〉を創るクリエイターの中で、一番最初にそのイメージをビジュアル化するコンセプトアーティストに注目。話を伺ったのは、本場アメリカで活躍するコンセプトアーティスト、宮川英久。知られざるコンセプトアーティストの仕事とは──? イラストレーターはもちろん、イラスト関連の仕事に興味がある方々にもぜひチェックして頂きたい。

作品のビジュアルの根幹を担う「コンセプトアート」

──まずは、そもそもコンセプトアートとは何なのか、その役割を教えてください。

宮川英久(以下、宮川) コンセプトアートとは(主にチームで)何かしらの大きな視覚的創作物を作る際に、そのアイデアを絵に起こしたものです。必ずしも一般的によく目にする非常に写実的な緻密な絵のみに限られるものではありません。ある意味でとてもラフな線画であっても、そのデザインを他者に満足に伝えられるのであれば、それはコンセプトアートと呼んでいいと思います。

コンセプトアートはお客さんの目に触れることは本来ないものですし、単体では商品価値がないと思います。その後のチームでの制作を経て大きな商品価値を産み出す材料です。それに対してイラストレーションは、それ自体が単体で商品価値を持ち、お客さんの目に触れるという点が大きな違いです。

『Dark City、シュレーバー博士の隠れ家』/オリジナル作品
「『Dark City』という1998年の映画をモチーフにした作品です。人間側とエイリアン側との間で葛藤するシュレーバー博士はエイリアンのテクノロジーを彼らの目の届かぬ地下、人間のテリトリーとエイリアンのテリトリーの間で秘密裡に研究している。という設定です」(宮川)

──そのコンセプトアートを描くクリエイターが「コンセプトアーティスト」なのですね。宮川さん自身は、どのようにプロジェクトに関わっているのでしょうか。

宮川 中規模以上のチームであるならば基本的にはアートディレクター、大規模のチームならリードコンセプトアーティストとやり取りをすることが多いと思います。小規模のチームだとアートディレクターのみならず、ディレクターや脚本家を始めとして、Unity(Unreal)エンジニアとか3DやUIのチームとの直接的なコミュニケーションを取ることも珍しくありません。

例えば「Disneyland Resort: Guardians of the Galaxy - Mission Breakout!」(宮川氏がコンセプトアートを手掛けたディズニー・カリフォルニア・アドベンチャー・パークにあるアトラクション)の場合は、チーム全体は非常に大きなものだったのですが、例外的にこの例に当てはまります。

シネマティクス(アトラクション内の動画)はこのプロジェクトの核とも言える部分で、その重要性から質の高い意思疎通が求められた結果、私が唯一のシネマティクスコンセプトアーティストとして直接ディレクターの方とやり取りをしながらシネマティクス側の全てのコンセプトアートを完成させました。

『DmC Devil May Cry、カジノ』/オリジナル作品
「2013年に発売された『Devil May Cry』の海外開発のバージョンをモチーフにした作品です。さまざまな意欲的な環境デザインがゲーム性と結びついている所が特に好きで、変形していくカジノを描きました。そこでのゲーム的な展開を考え、それをコンセプトアートにしてみました」(宮川)

1枚の〈絵〉が作品を左右する

──完成したコンセプトアートは、その後、どのように利用されるのでしょうか。例えば実写やアニメーション問わず、背景、美術セット、衣装、キャラクター設定など、あらゆる美術周り・画作りの大元の設計画になるのでしょうか。

宮川 その認識で正しいと思います。そして、大きな規模のチームになると、映画やゲームなどを問わずそのコンセプトアートの種別によると思います。映画『A Wrinkle in Time』の場合だと、VFX(特殊効果)コンセプトアーティストとして参加していました。映画の表題にもある“Wrinkle(しわ)”のエフェクトで、この場合は私が作成したコンセプトアートがVFXを作るチームに渡され、制作の際の基本となりました。

その他にも例えばゲームでは背景専門・キャラクター専門などのコンセプトアーティストがいて、それぞれ専門の分野に特化して作業をすることも多いかと思います。それらは、それぞれ(3D)キャラクターアーティストや、(3D)環境アーティストに渡されて実際の画面作りに用いられます。小さいチームだとそういう役割分担が流動的になり、ある日キャラクターを描いていたと思えば、次の日には背景を描いている、なんてこともよくあります。

──つまり、コンセプトアートの良し悪しでスタッフや部署間で仕上がりイメージに差が生まれるなど、最終的な画のクオリティにも影響が出るということでしょうか。

宮川 それは充分にあり得ると思います。そこが面白い仕事でもあります。例えば壮大な風景のみを描くだけでは雰囲気こそ伝われど、細やかな部分においての各々の認識に差も生まれてしまいます。

もちろん雰囲気を共有することを求められる場合もあるでしょうが、例えば3Dアーティストの人にとってみれば、詳細なスケッチこそが必要だったりするわけです。そこでのロスは実作業のスムースさにも影響を及ぼしますし、時間のロスは最終的な品質にも影響を及ぼします。

『DmC Devil May Cry、カジノ』のラフスケッチ/オリジナル作品
「先の『DmC Devil May Cry、カジノ』のラフスケッチです。上はカラーのコンセプトアートを描く前のラフスケッチ、下は別アングルから見た同じ環境デザインです。こういうスケッチはプロダクションの現場において非常に重要です」(宮川)

一人の作業が全体のイメージに繋がる醍醐味

──宮川さんがイラストやコンセプトアートに興味を持ったきっかけは?

宮川 もともと小・中学校のころから写生大会で頻繁に賞を頂く程度には絵が好きで得意だったように思います。ゲームの画集などを集めるのも好きでした。カプコンの画集、特に『ブレス オブ ファイア』の画集は大好きでしたね。今でもたまに見返しては偉大な先輩たちの仕事に打ちひしがれています。

その後、高校卒業後は以前から大好きだった絵とゲームを仕事に出来ないかなと思い専門学校に通いました。当時はまだ「コンセプトアート」という言葉自体が日本に入ってきてなかったように感じます。何となくゲームの世界でイラストが描ければうれしいなあという程度のものだったと思います。

専門学校卒業後、ゲーム会社に入社して働いている内に、知人から薦められて読んだ書籍に「コンセプトアートとは何か」「どういうプロセスを経て作り上げるものか」ということが書いてあって、それに衝撃を受けてコンセプトアートを本格的に自分の仕事にしようと決心したんです。

──その後の現在に至るまでのキャリアも教えてください。

宮川 日本にいる間は、ソーシャルゲームと家庭用向けのゲームを中心に、イラストやコンセプトアートを描く仕事をしていました。アメリカに移ってからはディズニー・イマジニアリングのプロジェクト「Disneyland Resort: Guardians of the Galaxy - Mission Breakout!」を始めとして、「The Marvel Experience」、映画『A Wrinkle in Time』などにコンセプトアーティストとして携わりました。

また、ゲーム向けには『Eternal』というゲームを中心にイラストを描く仕事をしています。

──キャリアの中で、手応えを感じた作品は?

宮川 『A Wrinkle in Time』でしょうか。夢にまで見た世界公開映画に初めて携わった機会でしたので、ことさらに印象は強く残っています。初めての映画の仕事にも関わらず、作中でも重要なシーンである「ミセス」が空間を捻じ曲げ、現実世界と異世界を結ぶシーンの特殊効果のコンセプトアートを担当させて頂きました。

(まさに表題に“Wrinkle”とありますし)非常に重要なシーンですし、ほぼ一人での作業でしたから膨大な数のアイデアを考えねばなりませんでしたが「これぞコンセプトアーティスト」と言える仕事内容だったので、今でも強く印象に残っています。とても貴重な経験でした。

『Medieval Port全景』/オリジナル作品
「12世紀のヨーロッパ、アンティオキアをモチーフにしました。当時のテクノロジーを可能な限り調べ、それに基づいて描いています。当時は三角帆が登場したばかりのころで、皆さんが帆船と聞いたときに思い浮かべる一般的な四角帆と三角帆の組み合わせは登場していません」(宮川)
『Medieval Port全景』/オリジナル作品 (拡大図)

日本とアメリカ、働き方の違い

──現在は、アメリカで活動されていますが、アメリカと日本のコンセプトアーティストの役割に違いはありますか?

宮川 特に大きな違いはないと思います。強いて言うならばアメリカではより大胆なアイデアが歓迎される傾向にあるかも知れません。日本ではアートディレクターの指示通り動くことを求められることが多いような気もしますが、アメリカでは指示から少し外れたものが喜ばれることも良くあります。しかし、やり方は企業ごと、チームごとに違うことだと思いますから一概にどう、とは言いづらいです。

例えば先に挙げた『A Wrinkle in Time』に関しては、最初はアートディレクターの指示に忠実なものばかりを作っていたのですが、あまりいい感触は得られませんでした。ところが、その指示をある程度無視した、自由な提案をした際には「これだよ、こういうの!」というリアクションが返ってきたんです。大きな手応えを感じた瞬間ですが、一方で文化の違いに驚いた部分でもあります。

──活動の場をアメリカに移した理由は?

宮川 純粋に仕事の幅が広いことにあります。アメリカではゲームのみならず、映画、テーマパーク産業も盛んですから従事している人数も多く、必然的に技術的な幅と質が豊かになる傾向にあるように感じます。また、「何となく」で済ませてしまうような感覚的なことを、丁寧に論理的に考えるという傾向があるので、学ぶことも非常に多いです。

コンセプトアーティストに求められるもの

──コンセプトアートを描く上で、特に大切にしていることを教えてください。

宮川 絵というものは本来、個人的な作業ですが、コンセプトアートはチームでの作業を前提にしたものです。ですから、言葉だけではなく絵でコミュニケーションを取ることは非常に重要なことなのではないでしょうか。

何となく壮大な絵を描く、それ自体も素晴らしい能力なのですが、「この絵を受け取って作業をする人がいるのだ」ということを想定すると、そこで発生し得るツッコミや質問に対応できる準備をしておかなければなりません。

──では、コンセプトアーティストに向いている方はどのようなタイプでしょうか。

宮川 理屈っぽい人でしょうか。ディズニー・イマジニアリングでは「コンセプトアーティスト」のことを「コンセプトデザイナー」と呼びます。その理由は、我々の仕事は直感的で、理解の及ばない「アート」ではなく、きちんと論理的な根拠に基づいた「デザイン」だから、ということです。

ですから、この定義に照らし合わせて「アート」をやりたい、と思う人はイラストレーターに向いていますし、「デザイン」をやりたい、と思える人はコンセプトアーティストに向いているのかもしれません。

──今まさにコンセプトアーティストを目指している方や、この記事を読んで興味を持った方に、アドバイスをするとしたらどんな言葉を掛けますか?

宮川 色々なことから逃げずに向き合う姿勢が必要だと思います。パースとスケール感、光と色、質感、解剖学やメカニズムなど考えることはいくらでもあります。特にコンセプトアーティストを目指すという場合は、それらをおざなりにして誤魔化してはいけないと思います。デザインに責任を持つことが大事だと感じています。

──最後に宮川さんの今後の予定なども教えてください。

宮川 現状では詳細を明らかに出来ませんが、コンセプトアーティストとしてとても大きなプロジェクトに携わる予定で、今から非常に楽しみです。メインの部分ではコンセプトアーティストを軸にしたいと思っていますが、イラストレーターとしての活動も続けていきます。「アーティスト」として、「デザイナー」として、自身の芸術性を生かしつつさまざまなプロジェクトに携わっていきたいですね。

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    宮川英久
    コンセプトアーティスト
    [みやがわ・ひでひさ]コンセプトアーティストとして世界的規模のプロジェクトに第一線で携わっています。代表的な仕事としては「Disneyland Resort: Guardians of the Galaxy - Mission Breakout!」「The Marvel Experience」、 映画『A Wrinkle in Time』、インドネシア最大級のテーマパーク「MNC Park」など。 https://www.artstation.com/supratio
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