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映画の中の名画 第一回『ブレードランナー(1)』1-1

2019.12.8 SUN

映画の中の名画
【第1回】『ブレードランナー』の真意を解き明かす絵画(1)

[文]平松洋 [イラスト]エスヴィヨン
映画の中の名画/第1回掲載作品『ブレードランナー』(1982年公開)

映画の中の名画/第1回掲載作品『ブレードランナー』(1982年公開)

プロローグ——映画評論家は分かってくれない!?



名画は、名画を映し出します。「映画」も「絵画」も、ともに「名画」と呼ばれてきました。実は、その映画(=名画)の中で、西洋絵画(=名画)が登場することが意外に多いのです。画家の人生や美術館が舞台となっている映画はもちろんですが、そうでなくても、さりげなく絵画が飾られていたり、絵とそっくりの場面が登場したりします。

名監督になればなるほど、単なる背景美術としてではなく、その映画の意図を伝えるべく、何らかのメッセージを込めて名画を登場させていたのです。しかし、映画評論の多くは、監督や俳優、脚本や映像、ロケーションや音楽については詳しく評論しても、絵画については、あまり語られていませんでした。

そこで、西洋絵画(名画)によって、逆に映画(名画)に光をあて、真の意味を解き明かそうというのが、この企画なのです。もちろん、絵画によって解き明かす過程で、ストーリーや結末を話すことになるので、ネタバレ注意でお願いします。できれば、映画を見てから読んでいただければ、目から鱗となるはずです。
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ちょっと初回から大風呂敷を広げてしまいましたが、どんなラインナップになるかは乞うご期待! 栄えある第1回を飾るのは、あのSF映画の金字塔『ブレードランナー』です。

平松洋

『ブレードランナー ファイナル・カット』
劇場公開:1982年/主演:ハリソン・フォード(デッカード役)/監督:リドリー・スコット/原案:フィリップ・K・ディック/音楽:ヴァンゲリス/特殊撮影効果:ダグラス・トランブル/ビジュアル・フューチャリスト:シド・ミード
・日本語吹替音声追加収録版ブルーレイ(3枚組)¥5,990+税

・DVD ¥1,429+税
・ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
・TM & ©2017 The Blade Runner Partnership. All Rights Reserved.

SF映画の金字塔『ブレードランナー』。舞台は酸性雨が降りしきる廃退した2019年のLA。人間を殺した凶悪なレプリカント(=アンドロイド)を、レプリカント専門の賞金稼ぎ(=ブレードランナー)のデッカードが追うが……。

SF映画の金字塔『ブレードランナー』。舞台は酸性雨が降りしきる廃退した2019年のLA。人間を殺した凶悪なレプリカント(=アンドロイド)を、レプリカント専門の賞金稼ぎ(=ブレードランナー)のデッカードが追うが……。


 “原作自体がその主題である〈人間存在とは何か〉、
そして〈人間存在の耐え難い不安〉を、
ムンクの絵画によって象徴させていた” 

そもそも、何故この連載企画を『ブレードランナー』から始めたかというと、掲載開始の年月日を意識したからです。実は、1982年公開のこの映画の舞台設定自体がなんと2019年11月だったのです。公開された時には、遠い未来だと思われていた37年後の世界が、今や現実に到来してしまったのです。

2019年が舞台のSF作品といえば、大友克洋の漫画『AKIRA』が有名です。奇しくも2020年の東京オリンピック開催を前に再開発が進む2019年の「ネオ東京」を舞台としていたことで、脚光を浴びたのは記憶に新しいでしょう。

この連載は1982年の年末から始まったもので、そのちょうど半年前に『ブレードランナー』が日本で公開されています。その影響関係はともかく、両者ともに1982年の世界から同じ37年後の現在の世界を描いていたのです。

2019年11月という設定の映画『ブレードランナー』の近未来都市

2019年11月という設定の映画『ブレードランナー』の近未来都市

では、この映画に絵画がでてくるかというと、残念ながら明確な形で絵画が登場するわけではありません。しかし、原作であるフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』には、ムンクの『叫び』と『思春期』が登場します。

『叫び』には、クレヨンやテンペラ、パステルなど4つのバージョンのほか、リトグラフもありますが、小説では油彩作とされているので、油彩が使われている1910年作のオスロ市立ムンク美術館の作品で、奇しくも2019年の1月20日まで東京で展示されていたものでしょうか(図版1)

多分、ディックが想定していたのは、Wikipediaや多くのカタログで油彩と勘違いされている、最も有名な1893年に制作されたオスロ国立美術館のものだと思います(図版2)。いずれにしても、作者のディックは、ムンクの『叫び』に、アンドロイドの不安を託すだけでなく、撃たれて殺されていくアンドロイドの絶叫をオーヴァーラップさせています

[1] エドヴァルド・ムンク 『叫び』1910年頃、厚紙にテンペラ、油彩 オスロ市立ムンク美術館

[1]
エドヴァルド・ムンク
『叫び』1910年頃、厚紙にテンペラ、油彩
オスロ市立ムンク美術館

[2] エドヴァルド・ムンク 『叫び』1893年、厚紙にテンペラ、クレヨン オスロ国立美術館

[2]
エドヴァルド・ムンク
『叫び』1893年、厚紙にテンペラ、クレヨン
オスロ国立美術館

原作のテーマを読み解く“絵画”の存在】

一方、『思春期』は、ムンクが1885年から1886年にかけて制作したものが火災で焼失し、1894年から1895年にかけて、改めて描き直された油彩画です(図版3)。初潮を迎えた思春期の少女の不安を描いたとされ、『叫び』とともに、ムンクの不安をテーマにした絵画の代表作です。

小説では『叫び』のように絶叫しながら死んでいくオペラ歌手のアンドロイドが気に入った作品として、主人公のデッカードにその複製を買ってほしいと頼みます。

[3]
エドヴァルド・ムンク
『思春期』1894~1895年、キャンヴァスに油彩
オスロ国立美術館
実は、この2枚の絵が描かれた同じ時期の1894年にムンクの妹ラウラが精神病院に入院しています。今でいう統合失調症(スキゾフレニア)で、この病状こそが、原作の中では重要なキーワードとなっていたのです。つまり、映画にも出てくるアンドロイドと人間を区別するフォークト=カンプフ性格特性テストが、統合失調症患者をもアンドロイドと間違えて診断する可能性があるというのです

このテストからするとアンドロイドと統合失調症患者は同類で、アンドロイドのオペラ歌手がわざわざムンクの『思春期』の、それも「複製」を欲しがったのには、深い意味が込められていたのです。人間とそうでないものを分けるものは何か。人間でも不安に陥り、精神を患ったものは人間ではないのか。原作自体が、その主題である、人間存在とは何か、そして、人間存在の耐え難い不安を、ムンクの絵画によって象徴させていたのです。
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