映画の中の名画 第一回『ブレードランナー(1)』1-2 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-

映画の中の名画 第一回『ブレードランナー(1)』1-2

2019.12.8 SUN

映画の中の名画/第一回『ブレードランナー(1)』1-2 *1-1はこちら

“レプリカントが持っていた「鏡」が登場する写真は、
レプリカントが欲しがっているアイデンティティを

証明するための家族写真”
一方、原作とは違って、映画自体には絵画作品は登場しないのですが、西洋絵画の影響があることは、すでに多くの人々から指摘されてきました。なんといっても、監督のリドリー・スコットは、ウェスト・ハートリプール美術大学(現ノーザン美術学校)でデザインを学び、王立美術大学に進学した美術畑の人で、その後、BBCで舞台美術のデザイナーとしてキャリアをスタートさせています。

つまり、美術に関しては、本人自身「私は美術の仕事が好きだから、この映画でも指導した」と言うように、かなりのこだわりをもっていたことはその映像からもあきらかです。
【レプリカントとは何か?ヒントは絵画にあり】
特に、西洋絵画の知識のある人にはピンとくるのが、レプリカントが持っていた写真に登場する「鏡」です。この写真は、レプリカントのひとり、リオンが潜伏していたホテルで見つけたものです。
デッカードが写真を見つけたシーン。物語の中盤で何度か登場する。円形部分がキーとなる鏡。なお左側の頬杖をついた人物も重要だが、こちらは次回に解説

デッカードが写真を見つけたシーン。物語の中盤で何度か登場する。円形部分がキーとなる鏡。なお左側の頬杖をついた人物も重要だが、こちらは次回に解説

(※ちなみに、このホテルの名前は、フンターヴァッサーで、英語の「ハンター」とドイツ語の「水」の造語で、「水の探索者」とでも訳せます。多分、オーストリアの芸術家で建築家でもあったフンデルトヴァッサーの名前に掛けられているのですが、まさに、このホテルのバスタブの中の水の流れた跡を探ることで、証拠となる蛇のウロコとバスタオルの中から例の写真が発見されるのです)

この写真は、3D写真になっているという設定で、デッカードは、光学分析機である「エスパー・マシン」にかけて分析します。写真に映っている凸面鏡の中を拡大し、角度を変えて精査することで、肉眼では見えなかったレプリカントの女、ゾーラの姿を映し出します。
多分、西洋美術史を学んだ人の多くが、この場面を見て、初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクが1434年に描いた『アルノルフィーニ夫妻の肖像』(図版4)を思い浮かべたはずです。なぜなら、この絵の真ん中には、同じような凸面鏡が描かれているからです。
[4]
ヤン・ファン・エイク
『アルノルフィーニ夫妻の肖像』1434年、板に油彩
82.2×60cm
ナショナル・ギャラリー、ロンドン
美術史家のエルヴィン・パノフスキーは、この絵が描かれた500周年を記念して発表した論文の中で、絵による「婚姻証明書」説を打ち出しました。絵に登場する「寝台」「産婦の守護聖人マルガレータ」「花嫁を象徴する一本だけ灯った蝋燭」「忠誠を意味する犬」「神聖な場での脱靴」など、すべてが婚姻を象徴しているというのです。
さらに、凸面鏡の上の壁面には「ヤン・ファン・エイクここに在りき」の銘文が描かれています。では、ここに在るはずの彼の姿はどこなのでしょう。実は、それが、凸面鏡の中に描かれていたのです(図版5)
[5]
『アルノルフィーニ夫妻の肖像』の凸面鏡の拡大図
夫妻の後ろ姿越しにみえる2人の人物のうち、青い衣装を着た人物が、この絵を描いたヤン・ファン・エイクとされ、彼は、二人の婚姻を見届ける立会人の役割を果たしているというのがパノフスキーの説でした。
描かれている夫妻は、当時は、ジョヴァンニ・ディ・アリーゴ・アルノルフィーニとその妻だとされてきましたが、彼らの婚姻が画家の死後6年後だと判明。今では、ファーストネームが同じ従兄弟ジョヴァンニ・ディ・ニコラ・アルノルフィーニ夫妻説が有力で、ファン・エイク夫妻説も浮上しています。しかし、この絵が現在でいう家族の記念写真で、鏡とともに画家の存在証明が描かれていることは間違いないのです。
【映画を解き明かす絵画の中の“鏡”】
映画の設定では、レプリカントたちは、安全のため4年の寿命しかなく、幼少期の記憶も、他人の記憶がインプラントされたものでした。しかし、この記憶こそがアイデンティティの基盤であるため、疑似記憶にもかかわらず、幼い頃の家族写真にこだわり、自らの存在証明としての写真を撮っては、大事に携行していたのです。
ヤン・ファン・エイクの絵画が婚姻の証明だとすると、まさに家族誕生の最初の記念写真であり、レプリカントが欲しがっている、アイデンティティを証明するための家族写真そのものだったのです。しかも、そこに描かれた凸面鏡には、映画と同じく、重要な人物がそこにいたことを示す、存在証明としての画像が写し込まれていたのです。

しかし、よく見ると、映画と絵画では、凸面鏡の形態が違っています。ファン・エイクの鏡には、周りにギザギザがあります。鏡の枠の周りは、10個のメダイヨンで飾られ、ここには、キリストの受難から復活までの10の場面が描かれていたのです。多分、地球に舞い降りた堕天使ともいえる死すべき運命のレプリカントに、キリストや復活のイメージを与えないよう、このメダイヨンを排除したのでしょう。

このように、映画に再現された絵画が分かると、制作者が込めた意図が明確になってきます。実は、今回取り上げた『ブレードランナー』の写真には、もう一枚の有名な絵が写し込まれていたのです。こちらは多分、誰も気が付いていないかもしれません。写真に込められたもう一枚の絵とは何か? その絵が語るレプリカントの真の姿とは? 次回にご期待ください。to be continued!
【著者紹介】
平松洋(ひらまつ・ひろし)

[美術評論家/フリーキュレーター]企業美術館学芸員として若手アーティストの発掘展から国際展まで、様々な美術展を企画。その後、フリーランスとなり、国際展や企画展のキュレーターとして活躍。現在は、執筆活動を中心に、ミュージアム等への企画協力を行っている。主な著書に『名画 絶世の美女』シリーズ、『名画の読み方 怖い絵の謎を解く』、『芸術家たちの臨終図鑑』、『終末の名画』、『ミケランジェロの世界』、『ムンクの世界』、『クリムトの世界』ほか多数。
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