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映画の中の名画 第3回『ブレードランナー(3)』1-2 ブレードランナーとSF映画へのオマージュ

2020.4.3 FRI

映画の中の名画【第3回】『ブレードランナー』とSF映画へのオマージュ
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“ブレードランナーの世界は
「サーカス」で、
レプリカントは「道化師」”
プリスが道化に変身する際、顔を白塗りにし、その上スプレーで目の周りを黒く塗ります(参照:前ページのプリスの写真)。これは道化の中でも、イタリア発祥の道化師アルレッキーノの顔半分を覆う半仮面を意識したものでしょう。

アルレッキーノは、もともとはずる賢い道化でしたが、フランスでは「アルルカン」と呼ばれ、英雄化していきます(余談ですが、英語になると「ハーレクイン」ですから、恋愛小説シリーズのタイトルにもなります)。

それとともに、笑われ役の道化師として、あるいはアルルカンの下僕的存在として登場するのが「ピエロ」で、ドランの作品をはじめ[*3]、両者をセットで描いた絵画も多数存在します。このピエロはイギリスではクラウンと呼ばれ、19世紀後半のイギリスで、サーカスと結びつき軽業師的な要素を発展させます。
<span style="color: #808080; font-size: 10pt;">[3] アンドレ・ドラン『アルルカンとピエロ』 1924年頃/キャンヴァスに油彩/オランジュリー美術館 (本作は、2020年1月13日まで開催の横浜美術館「オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」で展示)</span>

[3]
アンドレ・ドラン『アルルカンとピエロ』
1924年頃/キャンヴァスに油彩/オランジュリー美術館
(本作は、2020年1月13日まで開催の横浜美術館「オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」で展示)

劇中でプリスは、アルルカンというよりは、軽業師的なピエロに近く、まさに、前方転回を繰り返しながらデッカードを襲い、彼の鼻に指を突っ込むなど、道化師ならではの笑える?攻撃を行います。では、ピエロを下僕とするアルルカンはどこにいるのでしょうか。それが、ロイだったのです。
ロイの行動にちりばめられた謎
ロイも最初は道化師としては登場しません。ロイが道化師に変身?したのは、道化師の姿で死んだプリスの死体に接触し、その血を自分の顔に塗りつけた瞬間です。

彼は、なぜかその血を鼻から下にしかつけません。なぜなら彼はこの時、誰にも見えないのですが、プリスが顔に描いたアルルカンの半仮面をかぶったのです。だから、鼻から上に血を着けることができなかったのです。つまり、監督のリドリー・スコットは、そこにないものを映像化していたのです。

この後、多分、ロイは服を脱ぎ捨てたのでしょう。上半身裸となってデッカードを追い詰めていくのです。まさにロイは、プリスが演じていた道化師を引き継いでいます。この道化師の行為を明らかにするため、ロイは、わざと壁に頭をぶつけて、セバスチャンが造った小人の道化の行為を反復していたのです。
それだけではありません。この場面でロイこそがアルルカンであることを、映像としても明確に描いていたのです。壁をぶち抜いたロイの図像をもう一度、確認してください。
なんと、タイルの模様が「菱形」になっていて、まるでロイは「菱形」模様の衣装を着けているかのようです。前述したドランの作品[*3]を見ても分かるとおり、「菱形」はアルルカンに特徴的な衣装の模様で、多色が被差別の象徴だった時代に、カラフルなぼろキレを縫い合わせたものが、菱形の模様となったようです(ちなみに、アルルカンの英語名ハーレクインを冠した恋愛小説シリーズのマークも菱形です)。

一方、ピエロの衣装は、ヴァトーの絵画[*4]のように、白一色でしたが、現代になると、アルルカンと混同され、まさに映画で登場したタイルのような白黒の菱形模様の衣装も登場します。つまり、道化師をあらわす菱形のタイルから顔をのぞかせることで、ロイ自身が道化師であることを映像的にコラージュしていたのです。
[4]
ジャン=アントワーヌ・ヴァトー『ピエロ』
1718~19年頃/キャンヴァスに油彩/ルーヴル美術館 
かつては『ジル』と呼ばれていたが、パノフスキーの妻ドーラが疑問を呈し、現在は『ピエロ』と呼ばれている

そう考えると、最初に殺されたゾーラは蛇使い、リオンは怪力男、プリスはピエロ、そして、ロイがアルルカンで、レプリカントの「サークル」は、まさに「サーカス」そのものだったのです。

サーカスはかつて、不具者や異形、異端の者たちなど、被差別者たちの受け皿で、人間もどきであるレプリカントをサーカス団として描いたのはもっともでした。映画監督のフェデリコ・フェリーニ風に言えば、まさにブレードランナーの「世界はサーカス、レプリカントは道化師」だったのです。

しかし、道化師だからといって頭で壁を突き破らなければならない理由にはなりません。この頭でぶち破る図像は、ある絵画からの連想によるもので、そこには重大な意味が込められていたのです。

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