映画の中の名画 第4回『ブレードランナー2049』2 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
【第4回】『ブレードランナー2049』——フランドル絵画の名作と煮え立つ鍋の秘密
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“『カインとアベル』の絵の
重要なモチーフがすべて、
映画冒頭に描かれている”

まず、絵画で重要なのは、そのポーズです。西洋絵画の歴史は、決して個人の創作ではなく、先行作品を引き継いで発展してきたもので、前々回の『ブレ―ドランナー』解説では頬杖のポーズが重要だったように、作品を超えて伝承されていくのがポーズなのです。では、フランス・フロリスの絵や『ブレードランナー2049』に引き継がれた「カインとアベル」のポーズとは具体的には何でしょう。それは、多分以下の3つの要素にまとめられるはずです。

1.「馬乗り」
2.「首根っこをつかむ」
3.「武器を振るう」

では、このポーズはどこから来たものなのか。これは美術史学的にきちんと精査しなければならないのですが、大体の予想はつきます。フロリス自身、フランドル出身であり、この同じポーズの絵画を検討すると、あるフランドル絵画に行きつくはずです。なぜなら、この3点が描かれた有名な先行作が存在するからです。

「カインとアベル」の絵でフランドル絵画というと、ルーベンスの絵を思い浮かべる人もいるでしょう[*2]。しかし、こちらはフロリスより後の作品で、2と3はOKですが「馬乗り」ではありません。つまり、カインの上半身のポーズのみを先行作から踏襲し、縦長の構図に変形したものでしょう。

[2]
ピーテル・パウル・ルーベンス『アベルを殺すカイン』
1608~09年/板に油絵/コートールド美術館
この構図の改変こそが、まさにバロック的で、あえて伝統的な構成要素の配置を大胆に変えることで、躍動する劇的な構図を生み出していたのです。確かに、絵画としては素晴らしいのですが、「馬乗り」ではなく、武器も明確でなく、カインの燔祭がきちんと描かれていないことからも、ルーベンスの絵が、『ブレードランナー2049』の冒頭場面に直接的な影響を与えた可能性は極めて低いのです。
伝承される絵画のポーズと鍋の秘密

では、3点の要素がきちんと描かれ、この映画にダイレクトに影響を与えた作品とはなんでしょうか。多分それはヤン・ファン・エイク兄弟が描いた『ヘントの祭壇画』[*3]の上部に描かれた『アベルを殺すカイン』の絵ではないでしょうか。[*4]

<span style="color: #808080; font-size: 10pt;">[3] ファン・エイク兄弟『ヘントの祭壇画(開翼時)』 1432年/板に油絵/聖バーフ大聖堂</span>

[3]
ファン・エイク兄弟『ヘントの祭壇画(開翼時)』
1432年/板に油絵/聖バーフ大聖堂

[4]
ファン・エイク兄弟『アベルを殺すカイン』(ヘント祭壇画)
1432年/板に油絵/聖バーフ大聖堂
[3]の『ヘントの祭壇画』右上端の拡大図。『アベルを殺すカイン』の絵が描かれている

グリザイユという画法で描かれたもので、まるで、レリーフのように見せかけて描いています。この絵こそ、3つの要素を完全に満たしているばかりか、描いたのはなんと『ブレードランナー』の第1回目で解説した『アルノルフィーニ夫妻の肖像』を描いたヤン・ファン・エイクとその兄だったのです。

しかも、この祭壇画の中央には、フィリップ・K・ディックの原作に登場する「電気羊」ならぬ、「神秘の子羊」と、その羊の頭上には、前作の『ブレードランナー』の最後の場面で飛び立つ「鳩」のモチーフも「聖霊」として描き込まれていたのです。

さらに衝撃的なのは、カインが振るう武器が、フロリスの絵と同じ動物の下顎の骨だったことです。冒頭のこの場面は、そもそも前作『ブレードランナー』のためにハンプトン・ファンチャーが書いた脚本を踏襲したものだと書きました。映画化されなかったその脚本では、煮え立つ鍋の横でレプリカントを殺した後、回収したのは、IDの刻まれた右目の眼球ではなく*、レプリカントの「下顎」だったのです。

*『ブレードランナー2049』では、「K」がモートンの右目を回収する。

映画の冒頭のシーンは、このファン・エイク兄弟の作品に描かれた『アベルを殺すカイン』の絵(あるいはこれを踏襲した作品)を念頭に考えられたのは間違いないでしょう。しかも、驚くべきことに、戦いのシーンばかりか、実は、反対側に描かれた『カインとアベルの燔祭』[*5]の場面も一部、再現されていたのです。

[5]
ファン・エイク兄弟『カインとアベルの燔祭』(ヘント祭壇画)
1432年/板に油絵/聖バーフ大聖堂
[3]の『ヘントの祭壇画』右上端の拡大図。『カインとアベルの燔祭』の絵が描かれている

フランス・フロリスの絵でも[*1(前ページを参照)]、右奥に小さくカインとアベルが神への捧げものを焼いている燔祭の絵が描かれているのですが、ヴェネツィア派の画家パルマ・イル・ジョーヴァネの作品を見るとより分かりやすいでしょう。[*6]

左後ろで燃えているのが羊飼いであるアベルが神にささげた羊の燔祭であり、右後ろに描かれているのが、農夫であるカインが捧げたにも関わらず神が無視した野菜たちです。これは異時同図法というもので、殺人のきっかけとなった過去の燔祭の場面とその後の殺人の場面を同画面上で描いているのです。
<span style="font-size: 10pt;" ><span style="color: #808080;">[6]  パルマ・イル・ジョーヴァネ『アベルを殺すカイン』 1603年/キャンヴァスに油絵/個人蔵 </span></span>

[6] 
パルマ・イル・ジョーヴァネ『アベルを殺すカイン』
1603年/キャンヴァスに油絵/個人蔵

こうして、絵画のオマージュとして『ブレードランナー2049』の冒頭を読み解くと、なぜ、煮え立つ鍋が描かれなければならないか、もう明らかでしょう。ニンニクの鍋は農夫であるカインが神に燔祭として捧げたまさに「野菜」だったのです。モートンこそ、神に見放された農夫カインであり、神が無視したのとまったく同じく「K」も、その料理に手を付けず、のぞき込むだけです

しかも、この鍋の中身が映像として映し出されることがないのは、農夫カインの燔祭に対して神が無視したことを映像的に表していたからでしょう。これによって、『カインとアベル』の絵の重要なモチーフがすべて映画の冒頭に描かれていたことが分かったはずです。

<span style="font-size: 10pt;" ><span style="color: #808080;">(c)Capital Pictures/amanaimages モートンの家のキッチン。映画では鍋にフォーカスするものの中身は映し出されず「K」も手を付けない。これは『カインとアベル』の絵で農夫カインの燔祭を神が無視する場面を表現したものだろう</span></span>

(c)Capital Pictures/amanaimages
モートンの家のキッチン。映画では鍋にフォーカスするものの中身は映し出されず「K」も手を付けない。これは『カインとアベル』の絵で農夫カインの燔祭を神が無視する場面を表現したものだろう


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