映画の中の名画 第4回『ブレードランナー2049』3 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
【第4回】『ブレードランナー2049』——フランドル絵画の名作と煮え立つ鍋の秘密
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“『ブレードランナー2049』
の物語は、
新たな聖書の物語”

これまで述べたように冒頭の戦いの場面は、農夫カイン(K)による、アベル(モートン)殺しだと考えてきました。ところが、燔祭であるニンニクの鍋やモートン自身が農夫の設定であることから、農夫カインは「K」ではなくモートンである可能性が浮上しました。

というよりも、そもそもモートンこそが農夫カインであるべきなのです。なぜなら、モートンとは旧型のネクサス8型レプリカントで、「K」はネクサス9型、つまり、製造年からいってもモートンこそが兄で、「K」は弟だったのです。

事実、モートンは芋虫の動物性タンパクとはいってもウォルシュ農法を実践するまさにカインと同じ農夫です。一方、「K」は遊牧民のごとくレプリカントを狩るブレードランナーで、羊飼いのアベルに対応しています。

そもそも原作に登場するブレードランナーのデッカードは、まさに電気羊を飼っており、アベルの羊飼いに対応していたのです。したがって、この場面は、兄カインであるモートンの方が、弟アベルである「K」を殺さなければ、絵画のオマージュは破綻するはず。

そこで、もう一度、戦いの場面を見直してみましょう。なんと、最初に「馬乗り」になるのはモートンで、「首根っこをつかむ」行為もモートンの方がやっています。さらに、「武器を振るう」のもモートンの方で、素手で立ち向かう「K」をナイフで刺していたのです。つまり、レプリカントでなければ「K」は殺されていたはずなのです。

冒頭シーンを紐解くヒントは前日譚

しかし、結果的には、モートンは「K」殺しに成功しておらず、逆に殺されるわけですから、モートンを農夫カインとするのは問題があると反論する人もいるでしょう。しかし、モートンこそが農夫カインであることは間違いないのです。実は、それを分からせるために、つまり、この冒頭につなげるために、『ブレードランナー2049』に先駆けて短編映画が制作されたのだと筆者は考えています。

そもそもモートンは、2020年、激戦の地であるオフ・ワールドのカランサにおいて衛生兵として出兵した兵士でした。『ブレードランナー ブラックアウト 2022』では、この地での戦いこそがレプリカント同士の同胞殺しだったことを明らかにします。さらに、前日譚である『2048:ノーウェア・トゥ・ラン』において、モートンは4人の人間を殺しています。まさに、モートンは人殺しのカインであり、すでに、同胞殺しさえ行っていた可能性があることが、先行公開の短編に描かれていたのです。

『ブレードランナー ブラックアウト 2022』

『2048:ノーウェア・トゥ・ラン』

「K」は結局アベルなのか?

では、モートンが農夫カインであるとして、「K」はアベルなのでしょうか。二人の闘争は前半部分こそ『カインとアベル』の絵画を模したものですが、ある瞬間からその様相を変えていきます。それが「K」の左腕をナイフで刺す行為です。

これは『2048:ノーウェア・トゥ・ラン』において、モートンが4人の人間と争う中、左腕をナイフで刺され、刺した人間を殺すシーンに対応しています。つまり、「K」はモートンの行為と役割をそのまま引き継いでいたのです(これが後にデッカードを助ける行為となります)。

どうやら、映画の冒頭のシーンは、絵画のオマージュによって『カインとアベル』を描きながら、そこには農夫カインとそのカインを引き継ぐものが描かれていたのです。これを改めて聖書と類比して考えると、この殺害はアベルの殺害ではなく、聖書では行われなかったカインの殺害ということになるでしょう。

聖書と映像を対応させるとこうなります。農夫カイン(モートン)は、神(人類)に対する罪(2022年のブラックアウトによる反逆)によって野に追われる(逃亡する)ことになります。この罰によって、もはや耕作を行っても作物はとれない(ウォレス農法で芋虫の養殖をせざるを得ない)不毛の地に流され(身を潜め)ていたのです。

さらに、神(人類)は、農夫カイン(モートン)が、殺されないよう(ネクサス6型とは違い寿命設定をしなかったため)カインの刻印(眼球にIDの刻印)をしたのでした。

では、農夫カイン(モートン)を殺す者(K)について聖書はどういっているのでしょう。それが、「7倍の復讐」があると書かれています。つまり、この冒頭シーンを境に、聖書にはなかった新たな物語が始まるのです。

殺してはいけなかった農夫カイン(モートン)を殺してしまった者(K)に対する「7倍の復讐」の物語……それこそが『ブレードランナー2049』の物語であり、新たな聖書の物語がここから紡がれていくのです。

次回は、この映画に登場する現実に存在する絵画作品を明らかにし(ターナーだけじゃないんです)、なぜ、それらの絵画を映画に登場させたのかを検討していきます。to be continued!


【著者紹介】
平松洋(ひらまつ・ひろし)

[美術評論家/フリーキュレーター]企業美術館学芸員として若手アーティストの発掘展から国際展まで、様々な美術展を企画。その後、フリーランスとなり、国際展や企画展のキュレーターとして活躍。現在は、執筆活動を中心に、ミュージアム等への企画協力を行っている。主な著書に『名画の謎を解き明かすアトリビュート・シンボル図鑑』『名画 絶世の美女』シリーズ、『名画の読み方 怖い絵の謎を解く』、『芸術家たちの臨終図鑑』、『終末の名画』、『ギュスターヴ・モローの世界』、『ミケランジェロの世界』、『ムンクの世界』、『クリムトの世界』ほか多数。
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