アップルスペシャルイベントへの賞賛と推測される裏事情

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新製品発表を終えて振り返る

アップルスペシャルイベントへの賞賛と推測される裏事情


2017年9月14日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)

アップルのスペシャルイベントが終了し、新型iPhoneの名称は、iPhone 8/8 PlusとiPhone Xであることが、正式に明らかにされた。筆者は、直前のコラム「アップルの立場になって考える製品名、新型iPhoneの名称は何が相応しいのか?」において、異なる見解を示し、SNSでは「もしiPhone 8/8 PlusとiPhone Xであれば違和感がある」という旨のコメントを付けて共有した。その思いは、今も変わっていない。今回は、まず全体の感想を述べ、そして改めて、新型iPhoneの名称とアップルの思惑について考えてみたいと思う。


▷ジョブズの七回忌と分断される社会への提案

今年は、iPhone誕生の10周年ということで、スペシャルイベントで発表される製品に例年以上の注目が集まっていたわけだが、同時に故スティーブ・ジョブズの七回忌の年でもある。

ティム・クックら、アップルの幹部が、それをどれだけ意識していたかはわからない。しかし、禅宗への傾倒を見せていたジョブズゆえ、この年のこの時期に初めてSteve Jobs Theaterでイベントが行われ、冒頭にジョブズを振り返る時間が設けられたことは、意味深く感じられた。

続いて、小売部門の総責任者であるアンジェラ・アーレンツによって発表された、Apple Store旗艦店のタウンスクエア化は、トランプ政権下のアメリカやナショナリズムが台頭する世界の現状に対するアップル流の提案とも受け取れよう。街に暮らす多様な人々が集い、憩い、意見を交わす場としてのタウンスクエアの機能を、世界一のIT企業が蘇らせる。この意義は、製品発表以上に大きなものに思えた。アーレンツ自身、「アップルにとって、小売店舗こそが最大のプロダクトである」とも語っている。

イベント冒頭に流されたSteve Jobs Theaterの紹介ビデオのBGMに、ジョブズが愛したビートルズの"All You Need Is Love"が使われていたことにも、同様のメッセージが感じられる。

Steve Jobs Theater ハンズオンエリア

Steve Jobs Theater ハンズオンエリア


▷すべてに魅力の増した新製品だが……

さて、それでは今回のキーノートで発表された新製品を順に振り返ってみたいと思う。まずメインの新製品発表のトップにApple Watchを持ってきたのは、順当な流れであろう。心拍数センサーによって心房細動を感知し、心臓疾患やそれに付随する身体の異常の早期発見に役立てるApple Heart Studyアプリは、アップルのヘルスケアに関する継続的なコミットメントの深さを示すものとして評価できる。

また、Apple Watch Series 3のLTEモデルは、ついにApple Watch単体でモバイルコミュニケーションを可能とするものとなった。他メーカーの製品には前例もあるが、series 2と同サイズの筐体にすべての機能を収め、しかも、同等のバッテリー駆動時間を確保している点で驚異的だ。

筆者を含めて、常にiPhoneとApple Watch Series 2を同時に持ち歩くユーザーにとっては、さほど食指が動かないかもしれないが、ウォータースポーツの愛好者や買い替え/買い増しを考えている初代モデルのオーナーには、かなり魅力的な選択肢となるだろう。

Apple TVの4K化やiPad Proと同等になったCPUのアップグレードも、それなりの進化だが、すでに4Kが常識化しているセットトップボックス業界の流れからすればインパクトは弱い。したがって、これを発表の中盤に充てたのは妥当な構成であった。

そして肝心の新型iPhoneだが、純粋にハードウェアの進化という観点から見れば、それぞれ十分な話題性を提供できるだけの中身を備えていた。

Qi(チー)規格のワイヤレス充電機能も、もはや珍しくはないが、やはり業界にとって重要なのは、iPhoneが採用したという事実だ。このことによって、世界中のホテルやカフェなどでQiベースのチャージャーの普及が進み、イケアのQi対応のデスクライトなどの販売も大いに伸びるに違いない。

業界標準的な充電技術を採用したため、アップルは独自規格のLightningコネクタの時のようにライセンス料を徴収できなくなるが、iPhone、Apple Watch、(発売予定の)ワイヤレス充電対応のAirPodケースをすべて同時に充電できるAirPower技術に対応した充電パッドを発売すれば、そこから十分な利益を得ることが可能となるはずだ。

さらに、Qiの規格策定チーム(ワイヤレスパワーコンソーシアムのことを指すと思われる)と協力して、AirPower向けに開発した技術を標準化していくとのことだが、サードパーティがその技術を利用するためのチップなどを独占供給してライセンス料を取るという可能性も考えられるだろう。

また、iPhone Xに採用されたFace IDも、既存の顔認識や虹彩認識とは一線を画す高い安全性を実現する認証技術として非常に興味深い。ただし、たとえばApple Payを利用する場合などを考えると、クレジットカードの呼び出し(サイドボタンのダブルクリック)と、顔を認識させるという2つの動作が独立して必要となる。そのため、ホームボタンのみで2つの処理を連続的に行えるTouch IDと比較して、使い勝手がやや劣る可能性はありそうだ。

2018年発売予定のワイヤレス充電器「AirPower」

2018年発売予定のワイヤレス充電器「AirPower」


▷多分にマーケティング主導のネーミング
iPhone 8とiPhone Xのその他の細かな仕様については他の報道に詳しいので、特にここでは触れないが、それぞれ十分に価値のある改良、あるいは次世代機の原型としてのコンセプトが盛り込まれているといえた。しかし、だからこそ疑問が残るのが、両者のネーミングなのである。

フィル・シラーは、iPhone 8/8 Plusを紹介する際に「完全に新しいデザイン」と説明したが、その前に流されたビデオの映像を見て、「デザインには変更がないのか?」と思い込んだ読者も多いはずだ。実際には、ワイヤレス充電を可能とするためにバックパネルがガラス化され、内部構造にも手が加えられているが、見た目にはiPhone 7/7 Plusのマイナーチェンジとしか感じられない。

もちろん、デザインは外観のスタイルのみに適用される概念ではないが、1年ごとに外装の大きな変更と内部仕様の充実を交互に行ってきた従来のiPhoneのモデルチェンジ手法に照らしても、これはiPhone 7s/7s Plusと呼ぶべき製品ではないだろうか。

一方、iPhone Xのデザインには、初代iPhoneへのオマージュも感じさせるところがある。特に正面から見た際の外枠のフレームを、あえて光沢仕上げとした点などは、やはり意図的なものだろう。単純に全面スクリーンであることをアピールしたければ、iPhone 7/7 Plusのジェットブラックのようなフィニッシュにすることも可能だったと考えられるからである。

また、スクリーン上部中央に、セルフィーやFace ID用のカメラ、センサー類をコンパクトにまとめた技術力はさすがである。しかし、せっかくの美しい画面表示の一部が欠けてしまうこのレイアウトは、正直な感想として「美しくない」。ギリギリまで追い込んだ結果であろうし、よく言えばiPhone Xを特徴付ける個性でもあるが、他のディテールが極限までシンプルなだけに、この部分だけがどうしてもアンバランスに感じられ、電波強度や電池残量を示すアイコンの配置も窮屈……ということは、ジョブズならば、間違いなくやり直しを命じたはずだ。

その点を除けば、iPhone Xはまさに次世代iPhoneの原型に相応しい製品といえるが、Macintoshの30周年でさえ特別モデルは用意しなかった現体制のアップルが、iPhone Xと銘打つことにはやはり違和感がある。

iPhone Xは、本来、やや踊り場感のあったiPhoneの10周年に向け、iPhone 8として計画されたモデルであり、もしこの秋までに量産規模やコストの折り合いがつけば、iPhone 7s/7s Plusをスキップして、堂々とiPhone 8としてデビューさせるつもりではなかったか。しかし、メインのレギュラーモデルを置き換えるには、その先進性ゆえに歩留まりやコストの点から改善の余地があり、通常ならば発表を来年送りとするところ、特別な上位モデルとしてのリリースに変更。ところが、それでは基幹シリーズに穴が開くため、リスク回避のために並行して開発していたiPhone 7/7 Plusの改良版をiPhone 8/8 Plusに昇格させて発表した……?

もちろん、これは推測に過ぎないが、iPhone Xの名称も、iPhone 7/7 PlusのiPhone 8/8 Plusへの昇格も、ここで改めてiPhoneの売り上げをブーストすべく、マーケティング的な思惑を色濃く反映した印象が強い。

前回のコラムでは、旧Mac OS 7.7をMac OS 8としてリリースして成功した過去の例を引き合いに出して、そのときとは事情が違うと書いた。だが、実際には、ここにもジョブズのレガシーがまだ生きていたのかもしれない。しかも、今回も見事に成功しそうだ。

最後に、発表された新製品全体を振り返ってみると、様々な消費者のニーズに応えるためとはいえ、Apple Watchでseries 1~3の3シリーズを併売し、iPhoneもSE、6s/6s Plus、7/7 Plus、8/8 Plus、iPhone Xの5シリーズ8モデルを併売する状況は、少し混乱を招かないだろうか? それぞれの市場で複数のライバルメーカーを相手に、1社で対抗しなくてはならないアップルゆえのラインアップ拡充だが、生産管理を含めて、現場の負担が過度に増えないことを祈るばかりである。
iPhone 8 Plus

iPhone 8 Plus

iPhone X

iPhone X

[筆者プロフィール]
大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。

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