「秋の新製品に見るアップル社の思惑(1)」 by. 大谷和利
「秋の新製品に見るアップル社の思惑」
2009年9月10日
TEXT:大谷和利
(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
今回の目玉は“第5世代nano”
米国時間の2009年9月9日、毎年の恒例ともいえるアップル社の秋の新製品発表があった。この時期に行うのは、アメリカの年末商戦を睨んで小売店が発注をかけ始めるのが9~10月であるためだ。つまり、9月の上旬に魅力的な製品を披露できれば、一般販売チャンネルを通じた年末商戦での売り上げにつながりやすいということである。
さて、久しぶりに公の場に姿を現したジョブズが、得意の「One more thing」のフレーズとともに紹介したのがiPod nanoであったことからもわかるように、今回の目玉は明らかに“第5世代nano”だった。
初夏のMacBook Proのマイナーチェンジのときもそうだったが、この全世界的な不況の中、アップル社は売れ筋商品を強化してさらに魅力的な製品に仕上げることで需要を喚起する戦略に出ている。したがって、歴代iPodの中でも最大のベストセラーであるnanoラインに注力するのは当然ともいえる判断である。
2009年9月9日に発表されたiPod nano
これまでもiPodは、写真や動画の再生機能を備えつつもデジタル音楽プレーヤーであることを核に据え、見かけ上は単機能製品として振る舞ってきた。それは、iPodという存在が市場に定着するまでは、「iPodとは何か?」という問いにひとことで答えられるほうが消費者に浸透させやすかったためといえる。
あれもできます、これもできます、では、結局、他の大半の多機能製品と同じように消費者の混乱を招き、結局、使いこなせない高性能デバイスで終わってしまう可能性が高い。そこで、あえて「デジタル音楽を携帯して聴くには最適のデバイス」と言い切ることで、iPod王国を築き上げたわけだ。
その甲斐あって、今ではiPodは音楽プレーヤーの代名詞となり、普及率もかなりのものとなっている。そこで、ビデオ撮影・再生、歩数計、Nike+iPodへの直接対応、FMラジオの搭載など、満を持して明示的な多機能化に乗りだしたのが今回のモデルチェンジだと考えられる。
市場を狙い打ちする「ビデオ機能」
まず、ビデオ機能については、特にYouTubeへのアップロード機能によってアメリカで人気を博している、低価格のポケット型単焦点ビデオカメラの市場を狙い打ちしたものだ。該当製品は、従来、クリスマスギフトとしてもかなりの需要があったが、今年は確実にiPod nanoに株を奪われるだろう。
同一価格帯の場合、単にビデオが撮れる製品と、iPod「としても」使える製品のどちらに軍配が上がるかは明白だ。確かに低価格ビデオカメラはHD化しているのに対し、iPod nanoはVGAサイズのSD画質であるなどの性能差はあるものの、大多数の消費者にとって、その違いはほとんど問題とはならないはずである。
新搭載のビデオ機能を紹介するアップル社の動画より
なぜビデオのみでフォトの撮影機能がないのかという疑問に対する答えも簡単だ。フォトの撮影ともなれば200~300万画素クラスの撮像素子が必要であるのに対し、ビデオならば30~35万画素クラスでも十分対応可能なため、コストダウンと小型化に向いているからである。特に、他製品のHD化が進む中で、SD画質の素子は枯れた要素技術としてかなり低コストになっているはずで、それを大量に一括購入すればパーツ代は限りなくゼロに近くなっていることも予想される。
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