Webデザイナーの知らない世界 ~紙の表現力と付加価値~ - デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-

Webデザイナーの知らない世界 ~紙の表現力と付加価値~

2019.9.20 FRI

【Webデザイナーの知らない世界】紙の表現力と付加価値を再考

『紙』の可能性を探る、表現媒体としての「紙ならでは」の魅力とは?

現代を「Web全盛期」と呼んでいいのかどうかはわからないが、歴史上長らく情報伝達の中心的役割を果たしてきた「紙」から初めて主役の座を奪ったという意味ではそう呼んで差し支えないだろう。Webコンテンツのアビリティが紙媒体(印刷媒体)のそれを上回ったのはかなり昔のことだ。Webは紙媒体に対して即時性や双方向性、さらに動画・音声などのマルチメディアコンテンツが使える点など多くのアドバンテージがある。書籍・雑誌類はもちろん、チラシなどの商業コンテンツもWebへと軸足を移してきた。しかし、情報伝達手段としての主役の座をWebに奪われようと「紙にはWebには決して負けない表現力や付加価値がある」という人物がいる。株式会社河内屋という印刷会社の國澤良祐代表だ。 では「紙ならではの表現力や付加価値」とは具体的にいったいどういうものなのか、國澤氏に話を聞いた。

取材・文/杉村洋一郎 撮影/鈴木隆志(P-throb)
■ Web全盛の現代における「紙」の存在意義とは?
本題に入る前に、もう少しリード部の補足と必要最小限の予備知識を共有しておきたい。

たとえば、最新のスマートフォンの画像解像度はハイエンド機種なら500ppiを越えるものも珍しくない。これは高級美術印刷のクオリティをはるかに凌駕している。 また、そもそも光の三原色=RBGで表現されるデジタルコンテンツは、印刷に用いられるCMYK(顔料の三原色+黒)のインキでは表現できない広い色再現能力を持っている。抜けるような空の青さや目が覚めるようなパッションピンクといった鮮やかな色彩は、どんな特色インキや蛍光インキを使っても印刷物にはとうてい表現できない。

では、Webは「あらゆる面において紙を越えた」といえるのだろうか。確かに情報伝達媒体としての実用面だけ見ればすでにWebのほうが圧倒的に有利だ。しかし紙には、

物理特性(質感・重量・手触り・立体造形力など)
媒体力
社会に定着しているコミュニケーション慣習

といった優位性がある(詳しくは後半で説明)。これらはWebでは表現のしようがない分野ばかりなので、ここに紙の存在意義を見いだすことができるのではないか。 とはいえ、印刷の世界はWebデザイナーをはじめWeb業界の人間にとってやや敷居が高い。今から20年ほど昔のWeb黎明期ではグラフィックデザイナーがWebデザインを兼ねるのはごく一般的なことだったが、Webデザインの高度化・専門化が進むにつれて「印刷物もWebも」という二刀流のデザイナーは激減した。Webデザインだけで勉強することは山のようにあるし、しかも学ぶべきことは年々加速度的に増えていく。「とても紙媒体のデザインまで手が回らない」というのが大半のWebデザイナーのホンネではないだろうか。

だが、本来はひとつのクライアント、またはひとつのプロダクトについてのグランドデザインはあらゆるメディアを超越してひとりのデザイナーが統括するのに超したことはない。ブランディングやビジュアル戦略にブレが生じにくくなり、統一性の高い世界観を構築しやすくなるからだ。 では、Webデザイナーが紙媒体まで掌握するためにはどうしたらいいか。 グラフィックデザイナーを補佐にすえるという方法もあるだろう。だが、今回ご紹介する國澤氏のような「印刷プロデューサー」をパートナーにするという方法もある。

印刷プロデューサーといっても、担当領域は印刷だけではない。紙という素材を含む「紙による表現のすべてをプロデュースできる人材というふうに理解していただきたい。

■「印刷プロデューサー」という仕事について

いよいよ本題に入る。

今回紹介する國澤良祐氏は株式会社河内屋の代表を務めるかたわらで幾多の印刷プロデュースを手がけている人物だ。では、なぜ印刷会社の社長さんが印刷プロデュースを手がけるようになったのだろうか?
株式会社河内屋・代表 國澤良祐氏

株式会社河内屋・代表 國澤良祐氏

「うちは父の代から港区の新橋で『カワチヤ・プリント』という印刷会社を営んできたのですが、港区というエリアは広告代理店やデザイン事務所が多いのです。当社もクライアントの90%が広告代理店かデザイン事務所でした。

そもそもはカタログ、パンフレット、帳票類など一般的な印刷物の注文が多かったのですが、デザイナーの皆さんから『こんな印刷ができないか?』などと特殊印刷に関する相談を受けることが増えていき、自分でさまざまな技術を試行錯誤していくうちにノウハウが自然に蓄積していったのです。 やがて、誰もが名前を知っているアパレルのトップブランドのパンフレットなども依頼されるまでになっていました。

そんなことを続けているうちに、デザイナーさんから『こういう目的で、ちょっと変わった印刷物を作りたいんだけど何かアイディアはありませんか?』などという相談を受けることも増えてきました。 印刷にはさまざまな技法があります。たとえば活版印刷、箔押し、抜き、厚盛りシルク印刷など、どの技法をどう組み合わせるか、どの順番で加工するかといった組み合わせはほぼ無限にあり、お客様のニーズに応えるにはどうすればいいかを社内で長い時間をかけて試行錯誤してきました。 そういう経緯があって、お客様からの相談に「では、こんな方法はどうでしょうか?」と提案できるレベルに到達できたのだと思います」

商業デザイン、特に広告デザインの分野では常に斬新さや奇抜さが求められる。そのニーズに応えるうちに多様な印刷技術を熟知し、センスやノウハウも自然に鍛えられたとのことだ。

しかしそれだけでは単に「いろいろなことができる便利な印刷屋さん」のレベルで止まってしまう。それなら大手~中堅クラスの印刷会社にはいくらでもそういうところはある。それらの印刷会社と河内屋との違いは何なのだろうか?

■ アイデアと提案力こそが他社との違い、プロデュースで差別化を図る

とあるデザイン会社の注文で作った写真集

とあるデザイン会社の注文で作った写真集

「ひとことで言えば『プロデュース力』だと思います。たとえば……」

國澤氏は、あるペーパープロダクト(印刷物だけでなく、ステーショナリーなど広く紙製品を指す)を我々に見せてくれた。

「これは、とあるデザイン会社の注文で作った写真集です。このデザイン会社のクリエイターの皆さんの作品写真集なのですが、見てのとおり数字の「4」の形をしていますね。これは社名にちなんだものです。 そしてこれを開くと、ページが360°展開して円形になります。全体がひとつの環になり、組織としてのまとまりと無限の可能性を象徴しています。
ページが360°展開して円形となるところが面白い

ページが360°展開して円形となるところが面白い

これはデザイン会社から「何か面白い、今までに例のない作品集が作れないだろうか?」との相談を受けて、私がコンセプトを提案し、実際に制作したものです。この完成形に至るまでには数々の試行錯誤がありました。

世間の、それなりの規模の印刷会社であれば『こんな印刷物が作りたい』『こういう技法を使ってほしい』というデザイナーさんからのリクエストにはお応えできるでしょう。

しかしプロデュースという仕事はそれだけでは務まりません。お客様の漠然としたニーズにカタチで応え、プロダクトという成果を出す、ゼロからイチを生み出す創造力が求められるのです。

もちろんそのためにはバックボーンとなる総合的なノウハウや、アイディアを実現するための技術力は欠かせません。こうしたことがどこまでできるか。それがその印刷会社のプロデュース力ということになるかと思います」

さらに國澤氏はデスクなどに置くタイプのミニカレンダーを見せてくれた。某IT大手企業に納品したものだという。

「私はミッドセンチュリーのインテリアが好きで、たとえばイームズの椅子などには深い憧憬を感じます。そういう世界をなんとか紙で表現したいと思ってつくったのがこれです。
形状の曲線にこだわったミニカレンダー

形状の曲線にこだわったミニカレンダー

印刷技法としては厚くてクッション性の高い紙に活版印刷で文字を深く押し込んでいます。しかしもっと注力したのは、こうやって机に置いたときのたたずまいや風合い、質感といった点です。そういう総合的なデザイン性をクライアントの社長さんが非常に気に入ってくださいました。経済大臣賞も受賞した作品です」
■ ペーパープロダクトには「ストーリー」がある
「印刷業は基本的に受注産業で、ふつうは注文を受けてから印刷物をつくります。しかし私には長年『自社製品をつくりたい』という夢がありました。

『こんな技術がある。こんな印刷物/プロダクトがつくれる』というアピールは、いくら言葉を重ねてもお客様には伝わりません。それなら自社製品をつくれば、それをサンプルにして、お客様に『紙でこんなことができるんだ。しっかり作り込んだ作品にはこんな魅力や付加価値が生まれるんだ』というインパクトを直感的に伝えることができるのではないかと思ったのです。

最初につくったオリジナル製品は『凝った付箋』でした。価格は900円。自分用に900円の付箋を買う人はいませんが、ギフトとしてはかなりのニーズがありました。1,000円前後で気の利いたギフトというのはなかなかありませんが、付箋なら気軽に贈れるし、受け取った側も使いやすいでしょう。 たとえば上司にプレゼントしたり、記念品として配布したり。私はセールストークで『勝負付箋として使ってください』とおすすめしました(笑)。

三越さんがこれを気に入って、あるフェアのノベルティに採用してくださいました。当社は自社ブランドにも愛着がありますが、お客様のロゴなどを入れて自社製品をOEM供給をすることも少なくありません」

國澤氏はテーブルに次々に自社製品を並べていく。名刺。カード。ノート。これらの製品はコバ(断裁面)あるいは小口(側面外側)に金銀、あるいは銅の箔(コッパー)を施している。ノートに至ってはリングの銅色と小口のコッパーの色をぴったり合わせるというこだわりぶりだ。
小口に金銀、あるいは銅の箔を施したこだわりの製品

小口に金銀、あるいは銅の箔を施したこだわりの製品

このノートはこのようなビジュアル性に加え、紙の厚み・手触り、コシなど素材にもこだわった。使用しているのは採用したのは「フールス紙」という筆記特性に優れた用紙。シャーロック・ホームズで知られるコナン・ドイルが愛用していた紙として有名だ。

万年筆のペン先の引っかかりが絶妙で、万年筆愛好家の間では絶大な人気がある。フールス紙はツバメノートやライフノートといった高級ノートでも採用されており、國澤氏は「自分もノートをつくるならこの紙しか考えられない」と思ったという。

「スマートフォンやタブレットにもいろんなブランドがありますが、紙製品ほどのバリエーションはないでしょう。せいぜいカバーやストラップで個性を発揮するしかありません。紙製品だからこそこのような細部にまでこだわりを発揮できるのです。

ペーパープロダクトに限らず、あらゆるブランドは自社製品に強い『こだわり』を持っています。 このこだわりは、関心がない人にとっては実にどうでもいいことでしょう。たとえばシャネルとエルメスの服の違いはどこにあるか。そんなことはアパレルに関心がない人にとっては、極端にいえば『道ばたに落ちている石ころのカタチが、ほかと少し違うな』といった程度の差でしかないはずです。

しかし、その石ころをいったん手にとってじっくり眺めてみると、その細部(ディテール)には膨大な情報、哲学、意味、意図、歴史といった『ストーリー』が刻み込まれています。

それは読み応えがある一冊の本にも匹敵するもので、だからこそ一流ブランドほどこだわりを大切にします。 ブランド品を買うということは、そのストーリーを共有して楽しむということ。それがわかってくれる人に、当社の製品も選んでいただきたいのです。ですから、同業者でさえ『そんなところにまでこだわっても、誰にもわからないでしょう』というような細部まで、私は一切こだわりを捨てません」

■きっかけは「印刷屋が紙をつくろう!」

國澤氏が従来の受注生産型の業態から現在のプロデュース主体のスタイルへの転換を決意したのは一昨年前のこと。和紙の里として知られる越前(福井県北部地方)の和紙製造業者と協力してオリジナルの紙を開発したことがきっかけだったという。
和紙に透かしを入れた招待状

和紙に透かしを入れた招待状

「その頃、和紙の風合いを生かした印刷がしたくて大手の紙商社からいろいろな紙を取り寄せてみたのですが、どれも思ったような風合いではない。だったら自分で徹底的に思い通りの紙をつくってやろうと思い立ったのがきっかけです。印刷の枠を越えて、紙自体まで自分でプロデュースしたほうがいいと思いました」

和紙の原料は主に楮(コウゾ)三椏(ミツマタ)雁皮(ガンピ)など。これらの繊維は非常に長いため、和紙の独特の風合いが生まれる。しかし和紙にそのまま印刷するとインキがにじんでしまう。そこで、コットンやパルプといった洋紙の原料を配合することにより「印刷に適した和紙(風のオリジナル紙)」が誕生したのだという。
KUNISAWAのブランドロゴ

KUNISAWAのブランドロゴ

印刷会社が紙素材の領域にまで踏み込んだという事実は強かった。それによって紙という素材、加工、印刷までを含めた「トータル・ペーパープロダクト・プロデュース」が可能になったのだ。

このオリジナル紙でつくったレターセットをひっさげて、河内屋は東京ビッグサイトで開催される日本最大級の文具・紙製品展「ISOT」にKAWACHIYAブランドとして初出展する。この反響が大きく、昨年からはブランド名を「KUNISAWA」に変えて一連のステーショナリーを出展している。

■ 二極化する印刷業界で「生き残り」を賭けて

「初回のISOT出展後、私たちのプロダクトには多くの文具メーカーが興味を持ってくださいました。しかし、交渉を重ねるうちに、メーカーは『自分たちが売れると思うもの』しかつくらないのだということに気づきました。『本当につくりたいものをつくる』のでも『お客様がつくってくれというものをつくる』のでもありません。売れ筋商品に改良を加えていくだけでは、いずれ創造性が頭打ちになってしまいます。

私たちは、お客様の求める仕様に応じて、泣きたいくらい大変な試行錯誤を積み重ねて印刷物をつくってきました。だからこの先も伸びしろがあると信じているし、自分たちの可能性の限界を定めていません。 自分たちで自由に紙製品をつくり、お客様からの『こういうものをつくってほしい』という高度な注文にも応じていくためには自社ブランドを確立するのが一番だと判断したのです。

また近年の紙・印刷業界の大きなトレンドとして『デジタルガジェットの普及により、紙製品は安い実用品と高い付加価値を持つ高級品に二極化してきている』という流れがあります。

これはいわゆる商業印刷でも同じことで、チラシやカタログなど単に実用性を求める印刷物であればいくらでも安く提供してくれるところがあります。そういうライバルと価格競争をして消耗戦に巻き込まれたくなければ、自分たちで高級品やブランド品をつくるしかない。プロダクトに付加価値を与えるプロデュース力や開発力を持たなくてはならない。つまりは生き残りを賭けた戦略としてブランド立ち上げに踏み切ったともいえるでしょう」

確かに我々の日常生活の周辺をみても、たいていのステーショナリーは100円ショップで十分実用に耐えるものが買える。チラシや名刺が欲しければネットで最安値の業者を比較し、その場で注文することができる(もちろんクオリティはそれなりだが)。

そしてその反面、「これはいいな」という魅力を感じるステーショナリーは非常に高価になった。ということは、その価値を認めて大金を払う人も多いのだろう。

二極化の問題はWeb業界にもある。たとえば低価格側では豊富なテンプレートと最小限のカスタマイズで手軽にWebサイトがつくれるサービスや各種クラウドサービスがいくらでもある。高級化のほうでいえばUI/UXやデジタルマーケティング的視点を持ち、レベルの高い提案をしてくれるWeb製作会社もある。アビリティもコストもピンキリだ。

このように二極化する市場のなかで生き残るためには何らかのオンリーワン化やブランディングが必要だという点ではWeb業界も印刷業界も同様といえる。 こうしたなか、國澤氏のように「自らの領域を踏み越えることでオリジナルブランドを確立する」というアプローチも確かに選択肢のひとつではあるだろう。

■ 印刷プロデューサーが目指す世界

河内屋では「世界で数冊だけの本」もつくっているという。そんなものは通常の印刷会社ではまず引き受けてくれないが、自社ブランドを立ち上げるまでに幾多のプロトタイプをつくっている河内屋では「プロトタイプの製造ラインづくり」が確立されているため可能なのだという。これもひとつの「オンリーワン」といえるのではないか。
若い建築家がオーダーメイドで制作したポートフォリオ

若い建築家がオーダーメイドで制作したポートフォリオ

カラーのクオリティがまったく違う

カラーのクオリティがまったく違う

たとえば若い建築家のポートフォリオ。見開きが平面的に開く「PUR製本」は大規模な構造物の設計詳細を提示するのに最適だ。中身はオンデマンド印刷だが、これも一般的なカラーコピーレベルのものとはまったくクオリティが違う。オンデマンド印刷特有の発色特性から逆算して用紙を選び色調整を行った結果だという。

表紙は非常に高級感があり、装丁にバーコ印刷(文字・絵柄部分が盛り上がっている特殊印刷技法)を用いて独特のビジュアルを生み出した。デザイナーやカメラマンなどのクリエイターにとって魅力的なポートフォリオを持つことは非常に大きな意味がある。独自の世界観を持つ「世界で数冊だけの本」でポートフォリオをつくり、それをクライアントに提示できたらさぞや評価も高まることだろう。

ステーショナリー以外の例では「紙の骨壺」もつくったことがあるという。 これは建築家の安藤忠雄氏が納骨堂の設計を手がけたという目黒区のあるお寺に納めるもの。そもそも安藤氏から「ブックタイプの骨壺をつくってはどうか?」という提案があり、最初は木製なども検討してみたのだが、結局「紙製品で」ということになったのだそうだ。箱の設計は外注だが、トータルデザインは國澤氏が手がけた。
透かし彫りのような表紙。蓋を開けると、重厚感のある金塗りに浮かび上がる曼荼羅の文様。中には特殊な不織布に包んだ遺骨を納めるのだそう

透かし彫りのような表紙。蓋を開けると、重厚感のある金塗りに浮かび上がる曼荼羅の文様。中には特殊な不織布に包んだ遺骨を納めるのだそう

長い年月を経ても劣化せず、逆に味わいが深まるプロダクトにするため素材選びにも苦心したという

長い年月を経ても劣化せず、逆に味わいが深まるプロダクトにするため素材選びにも苦心したという

「オンリーワンを目指す」「既成概念を打ち破ってイノベーションをおこす」。

多くの会社が、お題目としてはこのような言葉を好んで使いたがる。しかし実際に既成概念を打ち破るためには、このような「パンフレットから骨壺へ」レベルの大胆な飛躍が必要なのだ。容易に真似できる世界ではない。

世界といえば、國澤氏は日本のクリエイティブ状況に対してこのようなことを言っている。

「ISOTを皮切りにさまざまな展示会に出展するようになったのですが、そこで強く感じたことは『日本企業の保守性とスピードの遅さ』でした。私たちのプロダクトに関しては、日本企業よりも海外企業のほうが高い評価をしてくれて、すぐに商談が進むのです。今はパリのプランタン(百貨店)にも当社のノートが並んでいて、ニューヨークやシアトルの雑貨店、そしてKinokuniya BookWeb USAも置いてくれています。

ちなみに、当社のノートは『ファインドノート』と名付けています。これはパブロ・ピカソの「I do not seek,I find.(私は探し求めない。見いだすのだ)」という名言にちなんだネーミングで『自ら考えて答えを出すために使ってほしい』というメッセージを込めています。

こうしたストーリー性やフィロソフィを重視してくれるのはもっぱら海外で、日本人にはあまり響かないのかもしれません。

今日も、たまたま当社の前を通りかかったというイギリス王立美術大学(RCA=The Royal College of Art 2017年度版・世界のアート&デザインスクールランキングで世界一に選ばれた美大)のプロフェッサーが立ち寄ってくれました。ショーウインドーのノートを見かけて『面白い』と気づき、声をかけてくれたのです。しばらく話をして帰りましたが、たぶん近々RCAミュージアムのステーショナリーコーナーにもファインドノートが並ぶことになるでしょう。

これに対して、日本のバイヤーは興味を示してから行動に移すまでのスピードがとにかく遅いのです。 『とりあえず今それなりに売れているもの』を陳列棚からはずして新しいプロダクトを置くリスクを取りたがらないのかもしれません。

先ほども言いましたが、海外ではプロダクトを評価するのにヒストリー、想い、作り手の人間性・フィロソフィといったバックグランドを非常に重視します。欧米はもちろん、台湾などのアジア諸国でもそうです。バックグランドまでをひっくるめてのデザインであり、ブランドなのです。 それに比べて日本ではそうした精神性や思想は重視されず、もっぱら即物的な「見た目のデザイン」ばかりが評価されます。日本はそういう面が非常に世界から遅れているのかもしれませんね」

これは多いにうなずける。少々ニュアンスは異なるが、Webデザインの分野でもデザイナーがいくら「このデザインにした意味・理由」を説明してもクライアントが理解してくれず、もっぱら見た目だけにこだわってリテイクを要求してくるというケースが無数にある。精神性はともかくデザイン思想が評価されにくいことにストレスを感じているデザイナーは少なくないのではないか。
■ あらためて「紙の優位性」についてのまとめ
冒頭で、紙にはWebにはない

物理特性(質感・重量・手触り・立体造形力など)
媒体力
社会に定着しているコミュニケーション慣習

といった優位性があると書いた。

國澤氏の話をここまで読み進めてくれば、変に教科書的解説をしなくても「紙の質感・重量・手触り・立体造形力」などの物理特性がいかに優れた表現力を持つかは十分おわかりいただけたことと思う。なお、今回は触れなかったが本やノートといったプロダクトのほかにもペーパーアート/ペーパークラフトなどの工作物、そしていわゆる「飛び出す絵本」のような立体表現などさまざまな応用が可能だ。

また「小説でもマンガでも、本当に気に入った作品はデジタルコンテンツとは別に本としてコレクションしたい」という人も多いだろう。紙にはこうした「ずっと手元に所有・保管できる」という物理特性もあるのだ。これは「ファイルを削除されたら、あるいはサーバに障害が生じたら永久に消え去ってしまう」宿命の、仮想世界にしか存在しないWebコンテンツの儚(はかな)さとは大きな違いだ。

次に掲げた「媒体力」というのは、マーケティング用語や広告用語的な意味ではなく「何のインターフェースもリテラシーも必要なく、誰でも直接手に取って読める」という紙媒体の特性を指している。

また、誰かがもらってきたパンフレットやチラシは、もし捨てられなければ別の誰かの目に触れる機会もある。WebはPULL型メディアだからユーザー側が意図しない限り情報を届ける機会は少ない(最近はデジタルサイネージなどPUSH型のメディアも普及しつつあるが)が、紙に印刷された情報には別の機会がある。週刊誌やコミックス、書籍の回し読みなども紙という媒体の特性だろう。

最後の「社会に定着しているコミュニケーション慣習」について説明したい。 たとえば名刺交換。名刺もまた一種の情報媒体だ。名刺交換もスマートフォンでやってやれないことはないが、ビジネスマナーとして定着しているとはまだ言いにくい。やはり今しばらくは紙の名刺がスタンダードだろう。 名刺のサイズは一般的なもので55×91ミリ。この小さな世界にロゴや書体(フォント)、配色、レイアウト、紙の手触りや凹凸感などに工夫を凝らし、印象づけようと狙うビジネスパーソンは数多い。

これが「社会に定着しているコミュニケーション慣習」すなわち社交儀礼というもので、このほかにも、

・取引先を訪問してパンフレットを差し出されれば受け取らないわけにはいかない
・展示会でもらうカタログ類は一応会社に持ち帰る
・展示会の受付で渡した名刺は当然ファイリングされ、DMなどのアプローチを受けることがわかっているのに
 名刺を出さないわけにはいかない

などなど、紙なしでは済まない多くの慣習が社会に根強く残っている。こうした慣習はマーケティング上非常に重要な意味を持っており、この分野のニーズでは紙がWebを圧倒しているといえる。
■ 最後に~ 印刷プロデューサーからWebデザイナーへのメッセージ
インタビューの最後に、國澤氏からWebデザイナーに向けての提案とメッセージをいただいた。

「Webは見る側の勝手ですが、紙媒体には送り手側に郵送・手渡し・配布など特定の方法やシチュエーションを決定できるというアドバンテージがあります。配布するならどこで配布するか、何部配布するかといった決定権も送り手側のものです。 だからこそ、そういうシチュエーションやTPOを前提にデザイン・手触り・質感、あるいはインキの匂いや紙の重さといった細部にまでこだわりを持つことができます。

今後、情報伝達手段として『Webが当然』の時代になればなるほど、そうした紙媒体のこだわりに意味が出てくるのではないでしょうか。 また、紙製品は商品パッケージやノベルティ、プレミアなどとしての価値もあります。ビジネスや広告のツールとして、紙のこうした付加価値にももっと目を向けてみるべきでしょう。

WebデザイナーをはじめWeb業界の人は、どうもすべてをWebだけで完結させたがる傾向があるように思われます。もちろん主流はWebでいいのですが、本当はWebと紙媒体、あるいは紙製品をどう結びつけてシナジー効果を狙うのかということをもっと考えるべきではないでしょうか」

確かに、Webデザイナーに限らずWeb業界で働く人の多くは、メディア広告やキャンペーンに関連する事柄を除けば紙媒体に関する造詣はそれほど深くない。「Webを補助するもの」といったレベルの認識をしている人が多いのではないか。

しかし今回の話で紙媒体の「Webとは違った強みや面白さ」が十分理解していただけたことと思う。こうした領域にもスキルをもっておいたほうがデザイナーとしての引き出しも増えるし懐も広がる。國澤氏のように「従来の自分の領域を越えて」将来プロデューサー的な仕事にチャレンジする際の武器になる可能性もある。

なにも、これから紙や印刷物に対する知識を学べというわけではない。國澤氏のような印刷プロデューサーを探しだし、必要に応じて協力を求めればいいだけの話だ。検討してみる価値は十分にあるのではないだろうか。


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