2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックを目前にして、人種や性別、身体のハンディキャップによる壁を超えた多様性の享受が重要視されている。さらに、これからの超高齢社会を迎えようとしている日本にとって、ユニバーサルデザインの必要性はますます高まるばかり。「多様性を学び、自分自身を訓練する。それは意識しないとできない」と語るのは、日本色彩研究所の名取和幸(なとり・かずゆき)先生。同研究所でシニアリサーチャーとして色彩の調査設計に携わる名取先生に、これからの時代に求められる“色のユニバーサルデザイン”の基礎知識から、デザイナーが陥りやすい注意点まで話を伺った。

色の見え方はそれぞれ違って当たり前。では、誰もが見やすい色はどんなもの?

Q1

名取先生は日本色彩研究所で、どのようなお仕事をされていますか?

製品や環境における、色彩の設計や評価をする仕事をしています。依頼を受けて色の調査や実験を行い、分析をして提案する。色は暮らしの全てに関わるものですから、文具から化粧品、家電、車、発電所まで、その対象はとても広範囲に及びます。携わった事例として、東京・浅草の隅田川にかかる著名橋の色彩計画があります。

2014~15年にかけて東京都によって実施されたもので、私たちは吾妻橋など5つの橋を担当しました。公共物ですから、環境との色の関係性を考慮する必要があります。橋周辺の600以上に及ぶ建物の色や、護岸、路面、土の色などを測定して橋の色を検討しました。吾妻橋の色は時代により変化してきましたが、現在の赤系となってからすでに四半世紀が過ぎています。慣れ親しまれている赤系統を踏襲し、さらに現代の街並みと調和のとれる色を選び出しました(2019年8月に塗装予定)。

色の果たす役割には、二つの側面があります。製品であれば、商品の意図や使い方が消費者に伝わりやすいなどの機能面。一方で、私の専門は色彩心理。「かっこいい」「楽しい」と言った、色が人に与える心理的な感性面です。その2つの側面を一緒に考えて提案しています。

Q2

「色のユニバーサルデザイン」とは、一体どのようなものですか?

一つ事例をご紹介します。2010年に、三菱鉛筆さんの水性マーキングペン「プロッキー 8色セット」のリニューアルに携わりました。依頼内容は、最強の8色セットを考えてほしいというもの。プロッキーは、紙に書いても裏うつりしない特性もあり、特に小学校での壁新聞づくりなどに人気の商品です。それならば、お子さんたちが好きな色と学校の先生が必要とする色などを組み合わせてセットにすれば商品価値は上がるはず。しかし、調査した結果、他社の商品と同じ8色の組み合わせが導き出されました。とても……困りましたね(笑)。

そこで視点を変え、色の識別性に注目しました。新たに加えようとした、桃(※現在は廃盤)と水色は子供達に人気が高い色です。しかし、後ほど説明しますが、赤に対する感度が低いタイプの色覚特性の方には区別がつきにくい組み合わせでもあるのです。

そこで私たちは、この紫みの強かった「桃」の色を変更することに決めました。インクの製作と測色、そして当事者からの評価を重ね、最終的に、オレンジ寄りの「うすピンク」にたどり着きました。ピンクらしさを残しつつ、水色と併用しても区別がつきやすい色に仕上がっていると思います。多くの人に優しい色の組み合わせが、色のユニバーサルデザインなのです。

Q3

そもそもヒトは、どのように色を認識しているのか教えてください

色は、人の視覚と対象物、そして光の3つがあって初めて認識できるものです。どれか一つが変わると、色の捉え方は変わります。例えば、目の前に赤いりんごがあるとします。光がりんごに当たると、赤に対応する長い波長の光が反射され、それ以外の波長の光はりんごに吸収されます。反射した光は、眼に到着すると網膜で受け取られ、脳に至るまでに分析されて、「赤い」色を認識する仕組みです。網膜の底には、光を感じる3種類の「錐体(すいたい)」という細胞があります。それぞれ、赤、緑、青に対応する波長の光に感度が高く、3種類が十分に働くと、約750万もの色が識別できます。

しかしながら、遺伝によって1種類が欠けていたり働きが弱くなることは多く、それによって区別しにくい色の組み合わせをもつようになります。どの錐体の働きが弱いかによって、色覚のタイプは1型(P型)、2型(D型)、3型(T型)と呼ばれます。このように色を区別しづらい特性の方は日本人男性の5%(20人に1人)、女性の0.2%の割合といわれています。とても多くて国内で300万人以上いると考えられています。

色の見え方の変化は、眼や脳の病気、頭部のケガ、ストレスなどによっても引き起こされることがあります。さらには、加齢によっても色覚変化が起こることを忘れてはいけません。私たちの眼にある水晶体は年を取るにつれて徐々に黄色から濃い褐色に色づき(黄変)、そのため青と黒い物の区別や、都市ガスの青い炎が見えにくくなります。

Q4

デザイナーとして配慮すべき色の組み合わせを教えてください

まず、赤い色には注意が必要です。目立つ色として、注目を促したい時によく使われます。ですが、赤への感度が低い1型の方にとっては最も見ることが難しい色であり、2型の方では緑の中に置かれた赤を見つけることは困難です。なお赤を認めにくい方でも、赤に黄みを足してオレンジ寄りにすることで、赤でも見やすさは改善されます。他に注意すべき色の組み合わせとしては、先に挙げた紫みのピンクと水色に加えて、オレンジと黄緑などもあります。例えば携帯電話などの充電器には、充電中はオレンジ色、充電完了の場合には黄緑に光るものがありますが、その変化がわかりにくく、状況を把握しづらい方は多いのです。その場合、色の変更が難しい場合には、光の点灯と点滅で切り替えるなど、色以外の情報を加えることで誰にでも分かりやすいデザインになるはずです。

それから、クリスマスシーズンに急増する緑と赤の組み合わせですね。緑の背景に、赤の文字で書かれた中吊り広告やポスターを見ることがありますが、これはNG。そもそもどのような色覚タイプであっても読みにくい組合せです。他にも青と紫、茶色と深緑などがあります。

そもそも色数はあまり多く使い過ぎないということがデザインの大原則です。多い色は誰にとってもわかりにくくなり、印象的にもごちゃごちゃしてきますので。良い色を吟味して使うようにしましょう。

Q4

注意すべき色の組み合わせについて、簡単な確認方法と改善策を教えてください

色のユニバーサルデザインを実践するには知識と訓練が必要ですが、まずは明度に差をつけることで誰にでも区別しやすい組み合わせになります。白黒コピーで簡単に確認できますよ。それから、スマートフォンでの無料の色覚シミュレーションアプリを利用してみるといいですね。色覚特性の方の見え方をシミュレーションでき、色が区別しにくくなる部位を探す助けになります。また、目安として、黄色を上にした色相環を見て、左右にほぼ同じくらいの角度に位置する色の組合せが区別しにくいと覚えておくとよいでしょう。先に述べた赤と緑、オレンジと黄緑、青と紫などがそうした関係になっていることを確認してみてください。

……と、こんな風に少し勉強すると、「あの色も使えない、この色も使えない!」と、壁にぶつかるはずです。でも、色を変えなくても、少しの工夫で解決することもあります。文字と背景の間を白く抜いて明度差をつけたり、ベタ面にハッチングを入れるだけでも区別のしやすさは大きく改善します。また、必要に応じて色名を記載することも効果的です。

しかしながら、世の中全ての商品デザインを、誰からも区別しやすい色使いのデザインとしなくてはならないわけではありません。ファッションや化粧品などの嗜好品は、作り手が伝えたい色のイメージを優先していいはずです。印象を表現することにおいて色は自由です。対して色のわかりやすさのデザインを何よりも優先すべきなのは、安全・安心を追求すべきものの場合です。薬の成分の表示や、アレルギー物質が書かれた文字が読めない、あるいは消火器が赤くて見つからないようではとても危険ですからね。

Q6

最後に、どんな方にUC級を学んで欲しいですか?

UC級は、それこそ全ての方々に学んでいただきたい内容です。中でも、保育園や小中学校の先生方のように多くの子どもたちと触れ合う方々には、是非ともご理解いただきたいですね。お子さんをお持ちのご両親なども同様です。また、パッケージ、リモコンや、テレビやWebの画面、雑誌・広告、各種サイン表示など、情報を伝えるために色を活用した製品や環境づくりに関わる方には必須の内容といえます。さらに医療、福祉、教育の分野のほか、公共性ということから官公庁の広報の方などにも強くお薦めします。

デジタル時代の今は、デザイナーの方々にとって、色のユニバーサルデザインを学び・実践する上で良いタイミングといえるかもしれません。色の多様性を考慮したUXの強化を目指して、様々な色覚特性の方に対応したWebサイトや、特性に応じた表示を自分で選べるサイトなんて作れたら素敵ですよね。UC級の特徴は、「一人ひとりの違いに目を向ける勉強をする」ということ。色の見え方の違いを考慮して、多様性を意識する勉強だと思っています。これからUC級を勉強されるさまざまな人たちの手によって、誰もが過ごしやすい環境を生み出していくことができると信じています。そして人々がお互いの色の見え方を理解し合い、色についての楽しい会話のできるような社会が実現されることを期待しています。

名取和幸(なとり・かずゆき)

1961年北海道出身。大学院修了後、一般財団法人日本色彩研究所に入所。現在は、同研究所の理事兼研究第1部シニアリサーチャーとして色彩設計にあたっている。専門は色彩心理学。日本色彩学会、日本心理学会、日本建築学会他会員。著書に『色彩ワンポイント』『色彩科学入門』『記号学大事典』『色の百科事典』など(いずれも共著)。

色彩検定に挑戦してみよう!

文部科学省後援の技能検定試験「色彩検定」は、誰もが「理論に裏付けられた色彩の実践的活用能力」を身につけることができる資格として広く知られている。難易度や学習範囲によって3級から1級、UC級の合計4つの級が設置されており、どの級からでも受検は可能。3級、2級とUC級は年に2回、1級は年に一度、試験が行われるが、どの級の組み合わせでも同じ日にまとめて受検することもできる。高校、短大、大学、専門学校の学生を中心に、インテリア、ファッション、プロダクト、グラフィックなどの現役のデザイナーや一般的な職種の人たちまで、社会人層にも幅広く受け入れられている。色彩についての知識は、仕事でもプライベートでも活かすことができるのも人気の秘密かもしれない。色を体系的に学ぶひとつのきっかけとして、ぜひ活用して欲しい。

■2019年度 色彩検定

3級 2級 1級 UC(色のユニバーサルデザイン)
試 験 日 【夏期】6月
【冬期】11月
【夏期】6月
【冬期】11月
【冬期のみ】
【1次試験】11月
【2次試験】12月
【夏期】6月
【冬期】11月
試験方法 マークシート方式 マークシート方式
(一部記述式)
1次:マークシート方式(一部記述式)
2次:記述式(一部実技)
マークシート方式
(一部記述式)
検定料 7,000円 10,000円 15,000円(1次免除者も同じ) 6,000円
試験時間 70分 80分 【1次】90分 【2次】90分 60分
受検資格 何級からでも受検可能
受検地 北海道から沖縄まで各地域の公開会場
(1級2次試験のみ札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の6エリア)
合格ライン 各級満点の70%前後。問題の難易度により多少変動。
申込方法 インターネット・書店・郵送