「東京2020オリンピック」「東京2020パラリンピック」による訪日客からの増加が見込まれている。また日本国内には、「色覚異常」を有する人々が約300万人以上いると言う。これらを踏まえ、小田急電鉄では「誰にとっても見やすい業務掲示(駅構内の案内サインなどのこと)を!」をキーワードに、駅構内の業務掲示をカラーユニバーサルデザイン化するビッグプロジェクトを2015年夏からスタート。非常停止ボタン誘導サインをはじめ、掲示時刻表、路線図など、小田急線全駅において業務掲示の整備を進めている。そこで、実例を交えながらこの取り組みについて詳しく教えてもらった。

色覚異常を有する方、オリンピックに向けて挑んだ、色の取り組みとは…?

Q.1

まず初めに、小田急電鉄が色のユニバーサルデザイン化に取り組んだ経緯を教えてください。なにかきっかけがあったのでしょうか?

もともと当社では、駅構内などに掲出するサインシステムの構成・デザインについて、多くのお客様がわかりやすくご利用いただけるよう努めてきました。

現在は、色の区別がつきにくい色覚異常をお持ちの方が世界では2億人を超えているとされています。日本でも約300万人以上にのぼるとされ、人口の約2.5%に該当すると推測されています。小田急電鉄では、1日の輸送人員が約210万人なので、毎日約5万人の色覚異常をお持ちのお客さまが利用されていると推測できます。

また、「東京2020オリンピック」「東京2020パラリンピック」での利用の増加を見込むことも、カラーユニバーサルデザイン化に取り組んだ理由のひとつです。

そのため、色覚の多様性を配慮し、できる限り多くのお客様に正しい情報を認識いただけるよう、色の組み合わせなどを意識したユニバーサルデザインへの取り組みを2015年度から本格化。新設・更新する案内サイン類によるカラーユニバーサルデザイン化を念頭に置いた開発体制を築いてきました。

小田急電鉄の路線では、1日に約5万人の色覚異常を持つ方々が利用していると推測される。多くの人に正しい情報を伝えることも重要な役目だ。

1,000色の色見本、現場での検証も。業務掲示を誰もが見やすくするためには

Q.2

色のユニバーサルデザインを行うにあたり、どのようなテーマやコンセプト、計画を立て、開発を進めていったのでしょうか?

「誰にとっても見やすい業務掲示を!」を合言葉に、多様化するニーズに対応できるよう取り組んでいきました。社内はもちろん、デザインを行う制作会社、業務掲示の印刷を行う会社など、施工に携わる全ての協力会社、NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構との合同で話し合いを進めたのもプロジェクトの肝になる部分でした。

今までも、時刻表、路線図などを作成する際には、色彩のバランス調整や字の大きさ、ピクトグラムの種類など詳細な打ち合わせを行っていましたが、今回のように全ての協力会社を集合させ話し合うことで、より専門的な議論を重ねることができました。また、プロジェクトの推進にあたっては、「協働体制」「現場検証」「お客さまへのやさしさ」の3本の柱を軸に取り組んできました。

ミーティング中の様子
Q.3

独自のカラー検証を行ったそうですが、独自というのはどのような点になりますか?

カラーバランスをはじめ、文字の太さ、密度、重なりなどによる見え方、誘目性など、さまざまな点に気を配り進めていましたが、その中でもカラーチャートは、今回のプロジェクトで特徴的な部分です。

掲示用時刻表や路線図では、さまざまな色を使用していますが、2%刻みにしたカラーチャート一覧、全1,000色の色見本を作成し、多角的な観点で議論していったのです。「全ての色覚に区別できる色はほんの一部しかない」ということを関係者全員がしっかりと理解したからこその結果で、各社の専門性を活かして対応していきました。

カラーチャートの一部。2%刻みで作成されたカラーチャートは、1,000色もの色見本になっている。これを用いて、業務掲示に使用する色を決定していった。
Q.4

カラー検証だけでなく、現場での検証も実施されたそうですね。

実際に駅構内へサンプルを設置して検証を行いました。今までは、CGやイメージ画像でデザインを比較していたのですが、実際の現場へ設置すると光の状態やほかのサインとのバランス、時間帯などにより見え方が全く違いました。会議室で検討するだけでなく、複数の地上駅や地下駅など、実際の現場でサンプルを設置し、さまざまな視点から見え方の検証を行うことで色や文字の大きさを決定しました。

現場での検証の様子
Q.5

しっかり体制を組み、検証を進めていたからこそ、課題に直面することもあったのではないでしょうか?

そうですね。例えば時刻表の表記は、主に赤と青の色分けで表示しています。しかし、色覚異常をお持ちの方の目線を体感できるメガネ型の特殊フィルタ「バリアントール」をかけて見ると、色表現の違いを認識できなかったことに気付かされました。一方、導入後の時刻表を「バリアントール」で見ると、赤は赤、青は青、黄色は黄色とハッキリと色を認識できるようになりました。

Q.6

レイアウトのバランスやカラーリングなど、今まで業務掲示とは違っている部分、こだわった部分を教えてください。

レイアウトやコンセプトは、今までのものと比較しても大きな変更はありませんが、色のバランスや字体などは強く意識、検討するようになりました。業務掲示では、注意喚起などに「赤色」をよく使用するのですが、この「赤色」の選定に非常に苦労しました。当初導入した「赤色」は、選定した色が薄かったことでお客さまからご意見を頂戴することもありましたが、近年は改善したことでより色別しやすいものになっています。

また、字体に関しては、文字の拡大縮小や使用する字体によっては文字が潰れて見えてしまうことがあり、色の見やすさが向上したとしても文字そのものの見やすさが劣ってしまうため、読み取りやすい字体を選定しています。

非常停止ボタン誘導サイン、路線図

非常停止ボタン誘導サイン、駅係員呼び出しインターホン本体表示、特急停車駅・料金案内など、全ての業務掲示は、「色のバランス」「ピクト・文字のバランス」「視認のしやすさ」のもとに作成された。その中でも、掲出用時刻表や路線図は、使用する色が多いため、色の選定により時間を要したそうだ。

以前の掲示時刻表と現在の掲示時刻表
2016年度の掲示時刻表
2019年度改正版の掲示時刻表

2016年度の掲示時刻表と2019年度改正版の現在使用されている掲示時刻表。現在のものを見ると、快速急行はオレンジ、急行と通勤急行は赤色が使用され、色を多用しながらもわかりやすく区別しやすいデザインになっている。

「グッドデザイン賞」を受賞し、世間から大きな評価を得た小田急電鉄の挑戦

Q.7

カラーユニバーサルデザイン化を進行するにあたり、常に意識していたこと、結果として得られたことを教えてください。

先ほどお伝えした通り、このプロジェクトでは、できる限り多くのお客様に正しい情報を認識していただけるよう、色の組み合わせなどに配慮した業務掲示の設置を目指し取り組んで参りました。見やすさを追求することで、効果的な業務掲示を設置することが可能となりました。

Q.8

実際にカラーユニバーサルデザインを行ったことで、世の中の反応はどのようなものがありましたか?

お客様にわかりやすくご利用いただいていると考えており、案内を求める声が減っているという現場係員からの声も聞かれています。また、NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構や各協力会社様と協同で取り組んだ姿勢について、2016年度の「グッドデザイン賞」にて「グッドデザイン・ベスト100」を受賞いたしました。受賞後は会社の高い評価にもつながっています。

Q.9

最後に読者に伝えたいメッセージを教えてください。

普段見慣れている時刻表や路線図などの業務掲示ですが、小田急電鉄では「誰にとっても見やすい業務掲示を!」を念頭に、こだわりを持って作成していることを知ってもらえると嬉しいです。また、この取り組みがきっかけとなり、皆様も色のユニバーサルデザインに関心を持ってもらえればと考えています。

色のユニバーサルデザインに興味を持ったら、色彩検定「UC級」に挑戦してみよう!

文部科学省後援の技能検定試験「色彩検定」。誰もが「理論に裏付けられた色彩の実践的活用能力」を身に付けることができる資格で、3級から1級、UC級、合計4つの級が設置されている。この中でも「UC級」は、2018年に新設されたばかりのもので、「色に携わる全ての人が色覚多様性について正しい知識を持ち、配慮をすることができる社会の実現」を目指している。合格者には、色彩検定協会から「UCアドバイザー」という資格が付与され、申請すると名刺に使用できる「UCアドバイザー資格マーク」の発行も。多様化の社会に向けて、デザインに欠かせなくなりつつある色にユニバーサルデザイン。これを機会に挑戦してみては。

2020年度 色彩検定

3級 2級 1級 UC級 (色のユニバーサルデザイン)
試験日 【夏期】6月 ※ 【冬期】11月 【夏期】6月 ※ 【冬期】11月 【冬期のみ】 【1次試験】11月 【2次試験】12月 【夏期】6月 ※ 【冬期】11月
試験方法 マークシート方式 マークシート方式 (一部記述式) 1次:マークシート方式 (一部記述式) 2次:記述式 (一部実技) マークシート方式 (一部記述式)
検定料 7,000円 10,000円 15,000円 (1次免除者も同じ) 6,000円
試験時間 70分 80分 【1次】90分 【2次】90分 60分
受検資格 何級からでも受検可能
受検地 北海道から沖縄まで各地域の公開会場 (1級2次試験のみ札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の6エリア)
合格ライン 各級満点の70%前後。問題の難易度により多少変動。
申込方法 インターネット・書店・郵送
  • 新型コロナウイルス感染拡大防止のため夏期検定は中止となりました
  • 2020年度 色彩検定の詳細はこちらをご覧ください