色のユニバーサルデザインを知る
世界を構築する「色」の深淵
2型色覚の画家 黒坂祐インタビュー
「自分が見ている色は、ほかの人にも同じように見えるのだろうか?」普段あまり意識することはないが「色」の見え方は個人差がある。そのため公共性や安全性を重視するデザインを制作する際は、多様な色覚に配慮してより多くの人に情報を伝わりやすくする「色のユニバーサルデザイン(UC)」の考え方が重要になる。そうした色覚特性の理解と社会への浸透を目指して実施されている検定試験が「色彩検定 UC級」だ。
ここでは、シェル美術賞2019グランプリを受賞した気鋭の画家であり、多様な色覚特性を持つひとりでもある黒坂祐さんにお話を伺いながら、色覚が生活やクリエイティブにもたらす影響と「色彩検定 UC級」の意義などについて紹介していこう。ぜひ奥深い「色」の世界を感じ取ってみてほしい。
黒坂 祐 Yu Kurosaka
画家、美術家。1991年千葉県生まれ。2017年東京藝術大学絵画科油画専攻卒業。2019年東京藝術大学美術研究科油画専攻第3研究室修了。2019年シェル美術賞グランプリ受賞。ギャラリー兼スタジオ「四谷未確認スタジオ」を運営しながら活動する作家。
小学生の頃、色の見え方が
他と違うと気づく
普段はどのような活動をされているのでしょうか?
「四谷未確定スタジオ」内のアトリエ
黒坂絵画制作に主軸を置きながら「四谷未確認スタジオ」を主宰するなど、作家として以外にも幅広く活動しています。四谷未確認スタジオというのは、ギャラリーとスタジオ、サロンの性格を併せ持つアートスペースで、蓬莱湯という銭湯だったところをリノベーションして使っています。
画家を志した経緯を教えてください。
黒坂実はもともとデザイナーになりたくて、大学受験のときも最初はデザイン科を志望していたんです。周囲のアドバイスもあって油画に進みましたが、絵画制作と並行してさまざまな活動をしていく中で、徐々に「自分は絵を描きたいんだ」という気持ちが固まっていきました。デザインは厳密な色合わせが必要な場面が多いですが、絵の世界は主観的な印象が重視されるので、自分に合っているなと思ったのも理由かもしれません。
ご自身の色覚特性に気付いたのはいつ頃でしょうか?
黒坂小学4年生ごろに学校で色覚の検査があって、その結果が出たときです。親など周囲の人はうすうす気がついていたようですが。僕の場合はいわゆる2型(D型)というタイプの色覚です。
判別しづらい色は、どのように見えているのでしょうか?
黒坂 色の見え方はとても感覚的なものなので、言葉で説明するのは難しいのですが……。僕の場合は赤が明るく白飛びする感じ。ピンクや紫など赤が入った色は、赤みが抜けてしまって見えづらい。オレンジは見えないというより、黄緑と区別がつかなくて混同してしまう。
赤に引っ張られて、いろんな色がズレてしまう感覚です。赤と緑を似た色と認識しているようで、赤を見たときに緑と感じたり、緑を見たときに赤と感じたり。そのため同じものを見ても他の人と感想を共有しづらいことがあります。
黒坂さんが運営するギャラリーとスタジオを兼ね備えた「四谷未確認スタジオ」の外観と内観の一部
何気ない先入観が
色の捉え方に影響する
例えばどのような場合に見えるものを共有しづらいのでしょうか?
黒坂友だちと展覧会に行って、赤が印象的な絵画があったとします。僕の場合はたぶん、一般的に感じられるような赤色の強い印象は弱まって見えているので、感動しづらかったり、友だちと感想が違ったりするんです。といって、感覚的に色がわからないところを知識で「これはこういう色だ」と補おうとすると、今度は先入観に影響されやすくなってしまう。
色が先入観に影響される?
黒坂はい。オレンジと黄緑の区別がつかないときに「それはオレンジだ」と言われると、その色が実際はどうあれオレンジにしか見えなくなってしまう。逆に自分の思い込みで勘違いしてしまうことも。
例えばカエルをモチーフにしたバッグがあって、ずっと緑色だと思っていたら実はオレンジだったり。カエルは緑色という先入観があったので、バッグも緑だと思い込んでしまっていたのです。人と話をしているときにそういった違いに気づくこともありますよ。
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「夜から朝までの間」
パネル/油絵具/1455×970mm/2019 -
「night vision」
キャンバス/油絵具/273×220mm/2020
黒坂さんにとって印象に残りやすいのはどんな色なのでしょうか?
黒坂黄色です。日常で目にする中で鮮やかなものというと、まず「花」が思い浮かびますが、赤い花だと背景の緑と同化してしまって目立たない。黄色い花がいちばん綺麗で鮮やかに見えます。
普段の生活でも黄色いものに目を留めることが多いような気がします。また、色として単純に見えやすいわけではないのですが、自分が見えにくい赤の反対色ということもあって緑色に強く惹かれます。作品でも緑は積極的に使っています。
黒坂さんの画材の一部。緑系や普段から目がいく黄系の色をよく使うとのこと
媒体によって色の見え方が変わってくることはありますか?
黒坂印刷物などの反射光で見る色と、映像などの透過光で見る色とでは、やはり違ってきます。とくに画面の明るさはかなり影響するみたいで、映像の方が判別しやすいですね。発色がよいというのもあるのかもしれません。
テレビのテロップなどは赤のように強い色を使っていることもありますが見やすいですし。ほかにもコンビニの看板のように発光しているものは比較的判別しやすいです。
色に対する感覚の違いが
画家としての強み
絵画制作に色覚特性は影響しているのでしょうか?
黒坂普段は意識して変換作業を行いながら色を使っていますが、一般的な感覚とは違うけれど自分には自然に見える色を使ってみることもあります。例えばチューブ入りの絵の具にグリーンと書いてあっても、自分にはほぼグレーに見えるから曇り空を描くときに使ってみるという具合に。
一般的に隣り合わせて使わない色を使うこともあります。そういう一般的なルールや感覚からは違和感を抱くような色使いを自然にできるのは、画家としての強みと言えるのかもしれません。今は色覚特性をオープンにして活動しているので、絵を見てくださる方からもいろいろな感想を頂いています。
「四谷未確認スタジオ」にて個展開催時の様子の一部。黄色や緑を基調とした配色は黒坂さん自身の色覚特性が影響している
作品の色に対してはどんな意見を頂きますか?
黒坂一般的に「特別な色」というと赤色を指すことが多い印象ですが、僕は赤系の色はピンクくらいまでしか使いません。自分の感覚でいちばん綺麗に鮮やかに見えるのが黄色なので、絵の強さを表現したいときも黄色を使うことがよくあります。
それを指摘されることが多いです。一般の感覚とはだいぶ異なる使い方をしているんだなと。ちなみに青から黄色のグラデーションも綺麗に見えるので、青、緑、黄色といった色は好んでよく使います。
色以外の要素を意識して作品を制作することはありますか?
「四谷未確認スタジオ」にて個展開催時の様子の一部
黒坂自分の中では色が溶け合っているような表現よりも、初期の抽象絵画の色面分割のように、色と色がきっちり分かれているような表現に惹かれるんです。日常的にも物や色がパキッと分かれているところに目が行きますね。
制作以外の日常生活の中で色に関する影響があれば教えてください。
黒坂コミュニケーションの際に困ることが多いです。「あの色のあれを持ってきて」と言われても、どれを持っていけばいいのか分からなかったり。空の色や水の色などのように、記号化された色は特に難しく感じます。
色に対する感覚をすべての人が共有しているという前提で話をされると、ちょっと複雑ですね。例えば桜の花は好きなのですが、ピンクが飛んで見えるので僕らのような色覚が多数派だったら花見のような文化のあり方も変わっていたのでは?と思ったりもします。
色のユニバーサルデザインに対して期待することは?
黒坂国内でも色のユニバーサルデザインの取り組みが始まっているというニュースを見たり聞いたりすることがありますが、正直現状ではまだまだ浸透している感じはありません。交通機関の案内表示や信号機でさえも色が判別しづらいことがありますし、赤と緑を対比させたデザインも日常的によく見かけます。
認知度自体は上がってきていると思いますが、あまり重要視されていないのではないかという印象です。「そこまで配慮しないければいけないのか」という認識が、工業製品のレベルから一般的なレベルにまで広がっていってくれると自分が感じているような不便さも改善されていくのではないでしょうか。
その意味でも、色彩検定のような検定試験をきっかけとして、本質的な色について知る人が増えたり、色について考える時間が増えたりしたらうれしいですね。日本は海外に比べて色彩が抑え目で色の微妙なニュアンスを大切にするところがあります。そういった色に対する意識の高さが、色のユニバーサルデザインへの関心につながっていくことを期待しています。
色彩検定に挑戦してみよう
文部科学省後援の技能検定試験「色彩検定」は、誰もが「理論に裏付けられた色彩の実践的活用能力」を身につけることができる資格として広く知られている。難易度や学習範囲によって3級から1級、UC級の合計4つの級が設置されており、どの級からでも受検は可能。3級、2級とUC級は年に2回、1級は年に一度、試験が行われるが、どの級の組み合わせでも同じ日にまとめて受検することもできる。高校、短大、大学、専門学校の学生を中心に、インテリア、ファッション、プロダクト、グラフィックなどの現役のデザイナーや一般的な職種の人たちまで、社会人層にも幅広く受け入れられている。色彩についての知識は、仕事でもプライベートでも活かすことができるのも人気の秘密かもしれない。色を体系的に学ぶひとつのきっかけとして、ぜひ活用して欲しい。