「さらに進化したアップル主力モデル」 by. 大谷和利
「さらに進化したアップル主力モデル」
2009年10月28日
TEXT:大谷和利
(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
統一されていないところに意味がある
アップル社のマルチタッチインターフェイス
2009年9月9日のiPod関連の発表に続き、アップル社は10月21日にMacintoshラインの主力モデルであるiMac、MacBook、Mac miniやワイヤレスLANベースステーション兼バックアップストレージのTime Capsule、マウスなどのフルモデルチェンジやアップデートを行った。これにより、年末商戦に向けた態勢が一層強化されたと言える。
10月21日に発表されたiMac。21.5インチと27インチの2種類のディスプレイサイズの機種を発売
今回のモデルチェンジも、世界的な不況下でアップル社が採ってきた「全体に仕様を充実させながら、エントリークラスモデルは価格を据え置き、上位モデルを大幅に値下げすることで買い得感を高める」という戦略に沿ったものだ。
この戦略が的を射ていることは、新製品発表前日の10月20日に発表された同社の第4四半期の好業績を見ても明らかである。MacとiPhoneの伸びに対してiPodシリーズはさすがにマイナス成長となったが、それも9月の新機種の売り上げが反映される次四半期には好転する可能性が高い。
いずれにしても、Windows 7の発売タイミングにぶつけるだけあり、今回の布陣は強力だ。このあたりの概要は、他のメディアも盛んに書きたてるはずなので、ここでは少し違う話をしよう。
スクリーンではなくあえて
マウスをマルチタッチ化する狙い
個人的に最も注目したのは、「Magic Mouse」と呼ばれるマルチタッチマウスの操作方法である。
初めてマルチタッチテクノロジーを採用したMagic Mouse
iPhoneやノートMacのトラックパッドのマルチタッチ化を進め、一世代前のMighty Mouseにタッチセンサーを組み込んだアップル社が、マウス自体をマルチタッチ化するのは時間の問題と言えた。
マイクロソフトは、Windows 7がスクリーン自体のマルチタッチをサポートしたことを喧伝しているが、アップル社もその気さえあればSnow Leopardにその機能を組み込み、最大で27インチまで拡大した新型iMacの大画面でデモを行っても不思議ではない。にも関わらず、あえてデスクトップMacやノートMacのスクリーン自体のマルチタッチ化を行わないのは、垂直のスクリーン上でタッチパネル操作を行うことが、必ずしも優れたユーザー体験につながらないためだ。
かつてライトペンインターフェイスが注目されたときもそうだったが、立ち上がった状態のスクリーンに手を伸ばして行うタッチ操作は、腕の筋肉に負担がかかり、長時間の作業に向かないのである。しかも、画面が大きいほど、ユーザーは画面から離れて操作することが多い。かといって、Microsoft Surfaceのようなテーブルスタイルの大型ディスプレイは、表示イメージにパースがつくため全体情報の把握が重要となる用途には不向きなところもある。
そのような観点から、大型のマルチタッチスクリーンは、電子黒板やデジタルサイネージ、あるいはエンターテインメント的な用途以外では、あまり普及することはないと思われる。
これに対してアップル社は、直接画面にタッチして利用する場合、マルチタッチスクリーンのサイズの上限は、たぶん成人男性が手のひらを拡げた対角の大きさ、つまり8インチ程度と考えているフシがある。多少余裕を持たせても10インチというところだろう。この大きさならば、片手で筐体を支えた状態でも、もう片方の手の親指と小指を使って、スクリーンサイズいっぱいのマルチタッチ操作が可能となる。それ以上のスクリーンサイズについては、トラックパッドやマウスなどの小さなセンサー面で感知した結果をスクリーンに反映させるやり方のほうが、実際のアクションも小さくて済み、操作に伴う疲労も少ない。そのため、あれだけiPhoneやMacBook系マシンのトラックパッドでマルチタッチ技術をリードしていても、あえてiMacをマルチタッチ対応にすることなく、より理に叶ったMagic Mouseを繰り出してきたのだ。
「可能だから」ではなく
「最良だから」という理由で技術を選択する
そのうえで、問題は、マルチタッチと実際の画面上の動きをどのように結びつけるかにある。
たとえばiPhoneでは、指1本でスクロールやフリックによるページめくりを行え、画面表示の拡大・縮小やフォトイメージのスケーリングと回転などを指2本に割り当てているが、SafariのWebページの履歴の往き来は画面下方に表示される矢印アイコンをタップするようになっている。またMacBook系のマルチタッチトラックパッドでは、スクロールは指2本で行い、Webページの履歴の往き来は指3本。さらに、Expose機能の呼び出しや起動中のソフトの切り替えは指4本の操作で可能だ。
Magic Mouseはマウス表面全体が操作エリアとボタンとなっている
これらに対しMagic Mouseでは、スクロールは指1本で行い、Webページの履歴の往き来は指2本に対応していて、指3本以上の操作は用意されない。実際にはiPhoneでも指3本以上のタッチを認識でき、それを利用しているサードパーティアプリもあるので、Magic Mouseもハード的には指3本以上での操作をサポートできる可能性は高い。だが、いずれにせよ、標準環境としてユーザーに提供すべきとアップル社が考える操作は、かなり吟味され絞り込まれている。
そして、まさにこうした部分にアップル社の考えるユーザーインターフェイスやユーザーエクスペリエンスの真骨頂がある。つまり、同じマルチタッチでもデバイスの特性に合わせて最良と思える操作を割り当て、しかも、可能だからという理由のみで、そのデバイスにそぐわない機能を意味もなく組み込んだりはしないということだ。
ちなみに、アップル社は、iPhoneなどのマルチタッチ技術を完成させるために買収したFingerWorks社から引き継いだ関連特許を多数所有している。このことが他社のマルチタッチ製品にどのような影響を与えていくのか、個人的にとても興味がある。
うがった見方をすれば、今頃になってWi-Fiなどの関連特許を持ち出してアップル社を訴えたノキアも、マルチタッチ関係のクロスライセンスを締結することを目論んでいるのではないかとさえ思えるほどだ。そして、それも含めてマルチタッチを巡る業界動向は、この1、2年の間に明らかになっていくことだろう。
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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。