第1話 「改刻ブーム」の現在 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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文字。すごくおおざっぱな括りですが、わたしたちの生活になくてはならない“デザインの元素”について、あらためて考えてみたい──と思う今日この頃。そこで現在、多摩美術大学情報デザイン学科で教授を務めているグラフィックデザイナー、永原康史さんと宮崎光弘さんを八王子キャンパスに訪ね、かねてより「文字」について語り合うことが多いというお二人に話をうかがいました。


第1話 「改刻ブーム」の現在



宮崎光弘さん(左)と、永原康史さん(右)

多摩美八王子キャンパスにて、宮崎光弘さん(左)と永原康史さん(右)

DTP以前/以降でまったく異なる文字意識



——印刷媒体の現場にDTPが浸透するようになって15年ほど経過し、文字の選択肢は飛躍的に広がりました。いま現在、Web媒体も含め、文字に対する興味やこだわりを持つデザイナーが増えていますが、その背景から話を始めたいと思います。

永原●まず、コンピュータを使ってデザインする以前、実はデザイナーが文字そのものを直接扱うことは少なかったですよね。ぼくたちも含めグラフィックデザイナーは、自分たちを“文字のプロフェッショナル”と思っていたはずなんです。しかし実際は、デザイナー個人が文字を所持して扱うということはほとんどなく、活字や写植を指定し、印字してもらっていたわけです。

宮崎●ええ、僕ら自身もそうでした。

永原●しかしコンピュータにフォントが搭載され、自分で文字を購入して印字できるようになると、新たに発見することがたくさん出てきました。つまり、デザイナーが初めて自覚的に文字を扱うようになったのは、実はDTP以降のことだと僕は考えているんです。そこで発見や再確認があったから、いまデザイン雑誌などで文字の特集が多く組まれているのだと感じています。それ以前、ポスターや装幀の特集はあっても、文字の特集なんてほとんどなかったんじゃないですか?

宮崎●確かに。いま、ほんとに多いですよね。

——すみません、今回もそうした意図の企画で(笑)。

永原●いや、それがいい悪いというわけではなく、文字について語る環境がDTP以前/以降でまったく異なっていると前置きしておきたいのです。コンピュータ以前のデザイナーは、自分で文字を扱っているつもりの人が多かった。でも、実際は扱ってなかったのだと僕は思います。……こんなことを言うと、先輩方に怒られそうですが(笑)。

宮崎●でも、それは僕も同感です。DTP以前、デザイナーの多くは、本文組みについては書体見本帳の中から文字を選び、指定して組んでもらってましたが、実際はオペレーターの方の能力によって組み方はかなり変わりました。それが永原さんの言う、当時の「発見」ですよね。文字組みの美しさを追求するならば、どのオペレーターの方にお願いするか……ということも含めてデザイナーは選択していた。仕上がったものを切り貼りで修正することもよくありましたが、いまのようにデザイナー個人がずっと文字を扱うというのとは、感覚が微妙に違うと思います。


書体研究が掘り起こした明治の書体



——DTP以降の「発見」とは、たとえば?

永原●組版の基本は変わらなくても、文字って自分でさわりだすとキリがないんです。さきほど宮崎さんが言ったように、微妙な差みたいなところですね。

宮崎●以前に比べて書体数が増えたというのもあると思いますが、すごく微妙なフォントの差を探ろうとしている若いデザイナーは多いですね。

永原●ええ。だから、書体研究に関心が向かったのでしょうね。

宮崎●あと、アルファベットが早かったですが、自分たちで書体を作れるようになり、かなり環境が変わってきましたね。和文の本文書体を作るのは大変だけど、カタカナは早い時期からオリジナル・フォントを作る人たちが出現した。自分たちが作った新たなエレメントを使い、コンピュータ上でデザインするという動きが促されました。

——80年代末から90年代にかけてのフォントグラファーズ・ブームですね。日本語も2000年以降、丸明オールドが登場したり、Mac OS Xにヒラギノが搭載されるなど、クラシカルな書体が浸透しています。あれは反動ですか?

永原●いや、僕は「改刻(かいこく)ブーム」と呼んでいるのですが……もともと日本語の活字は、あまりタイプフェイスの種類がないんです。おおざっぱに言うと、明朝体では築地体と秀英体。秀英体も築地体から枝分かれしたものですが、大きくはそのふたつの流れで、それらが時代のときどきに改刻されて変化してきた。たとえば、写植時代の石井明朝とかね。

——丸明オールドも秀英体がルーツですよね。秀英体は先日、デジタル・フォント開発事業の本格化……というニュースがあったばかりです。

永原●だから、いまは90年代末から続く改刻ブームなんですよ。

宮崎●欧文もそうですよね。たとえば、有名なものだとユニバース。1957年に作られた書体ですが、作者のアドリアン・フルティガー本人によって40年の時を経て改刻されました。最近では、やはり1950年に作られたオプティマが改刻されていますね……。そうか、ブームなのか。いま気づいたら(笑)。

永原●でも、欧文の改刻は新しくデジタル・フォントにしたとき、活字や写植でできなかったことを修正し、アップデートさせていますよね。たとえばイタリックなら斜めの角度を調整するとか、本来「こうしたかった」という形に変えている。

宮崎●デジタルならでは、と。

永原●ええ。あと、デジタルだとエッジが立ってくるので調整したり。その一方、日本の改刻ブームはちょっと違って、明治の書体を見直すという動向ですね。書体研究のブームがあり、こんなにいい書体があったのだから改刻しよう、と。20世紀初頭、やはりイギリスで古い書体の改刻運動があったのですが、その状況と似ています。いま僕らが使っている古い欧文書体は、基本的にそのときのものなんです。だから日本語の文字も、いま改刻されているものは恐らく、この先もずっと使われていくのではないかと思っています。


次週、第2話は「クラシックとモダンの共存時代」を掲載します。

(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)



永原康史さん

[プロフィール]
ながはら・やすひと●1955年大阪生まれ。グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。ブックデザインやWebプロジェクト、展覧会のアートディレクションなどを手がけながら、メディア横断的なデザインを推進している。主な仕事に愛知万博「サイバー日本館」、主著書に『デザイン・ウィズ・コンピュータ』『日本語のデザイン』。MMCAマルチメディアグランプリ最優秀賞など受賞。


宮崎光弘さん

みやざき・みつひろ●1957年東京生まれ。グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。デザイン誌『AXIS』のアートディレクションを務める一方、原美術館やモリサワなど企業のWebサイト制作、先行開発プロダクトのインターフェイス・デザインを手がけている。99年に発表したCD-ROM『人間と文字』で、F@IMP国際マルチメディアグランプリ金賞を受賞。

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