ON HTML5 FIELD 第9回

連載
ON HTML5 FIELD 【第9回】(最終回)HTML5制作現場に求められるクリエイターのスキルセット
2012年01月12日
TEXT:村岡正和

ON HTML5 FIELDでは過去8回に渡って「HTML5によってWebがどのように進化していくのか」「Web制作者に何が求められるのか」を考察してきた。今回は人材市場の動向を踏まえて連載を振り返りつつ、改めて「今、どんなスキルを身に付けていくべきなのか」をまとめる。

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■求人動向からみた「いま求められている人材」
Webクリエイティブ業界がHTML5に大きくシフトしていく中で、今どのような人材が求められているのか。それに対して我々Webクリエイターはどのようなスキルセットを持っておく必要があるのか。連載の締め括りに現在の求人ニーズと制作の現状を比較して、HTML5制作現場に求められるクリエイターのスキルセットについて考えてみたい。




■パソナテックが聞いた「現場の声」
スキルセットを考えるにあたって、IT専門の人材サービス会社・パソナテックから現場におけるニーズの変化をヒアリングした。多忙な中、現場の声を集めていただいた方々には感謝申し上げたい。

まず、制作案件としてはスマートデバイスにターゲットした案件が確実に増加しているとのことだ。コンテンツとしてはBtoBよりもBtoCを意識したものが多い。コンテンツの仕様も静的ないわゆる「ホームページ」的なものではなく、ソーシャルメディア連携など動的な要求が多くなっているとのことだ。

求人の傾向だが、以前は比較的需要が多かったデザイン案をもとにHTMLをマークアップする所謂“HTMLコーダー”や、仕様書にしたがってプログラミングすることのみを仕事にする“プログラマー”など、「ひとつの仕事にのみ黙々と従事する人材」の需要は減少傾向にあるらしい。

その一方で、「HTMLもCSSも書けるPHPプログラマー」や「JavaScriptも書けるWebデザイナー」などのマルチプレイヤーや「企画に参加してアイデアを出したり議論ができるコミュニケーション力のあるクリエイター」のニーズが高まってきている。これは、現場でのアジャイル開発指向が影響していると推測されている。

現場を回りながら聞き取りを行なっていく中で、全体的に以下のことを把握できたという。まず、今求められているクリエイターの資質は

・自分の役割を型にはめて考えない
・コミュニケーションを積極的にとれること

ではないか。一方で

・単にドキュメント類を大量作成するスキル
・ルールに従って黙々と着実にルーチンワークをこなすこと

の資質については要望がなくなってきている。Web制作で小規模精鋭化が進むにつれ、上記はより顕在化しているのかもしれない。狭く深く、内省的に仕事に取り組む姿勢はあまり評価されず、様々な仕事に興味を持って外交的に取り組む姿勢が評価される。それが現在のトレンドのようだ。




■採用企業はHTML5をどう捉えているのか
HTML5の採用を進めている企業はHTML5制作をどう捉えているのか?今はどのレベルを求めているのか?についても質問してみた。筆者はスマートデバイスのHTML5実践力が必須だ。という回答を予想していたが、反して興味深い回答を得た。

回答として多かったのは、「まずは実務経験はなくても、興味をもって積極的に研究している人が必要」だった。現在のHTML5制作はスマートデバイス向けが多いが、ネイティブアプリに比べて安定した品質の供給が難しい。しかし近い将来は技術の発展によって安定化してくるし、スマートデバイス以外にもHTML5が普及するだろう。このようなトレンドの変化、技術進化の速さについていけるような積極性を人材に求めているということのようだ。

「いまのHTML5人材採用は『実務経験者』に限定していない。しかしHTML5自体が普及すればするほど『実務経験』で判定するようになるだろう。それは、それほど遠くない将来だ」ということだ。




■業界が求める「HTML5時代のクリエイター」
連載第2回「Web制作の未来とその可能性を考える」、第3回「Web技術とデバイスの進化」でWeb and TVをはじめとする将来のWeb技術動向を紹介した。結局のところHTML5採用企業は「Web技術を積極的にキャッチアップできる人材」にフォーカスしているのが現状だ。

求められているのはそれだけでない。小規模開発に対応できる複数の技術とアイデア力を備えた「マルチプレイヤー」、マルチプレイヤーになる資質としての「コミュニケーション力」も必要だ。そしてなによりHTML5の実務経験よりも「技術研鑽への高いモチベーション」が求められているという事実がある。これは、第4回「スキルアップのための勉強法とその意味」で「逸し難い機会」として触れた点に符合している。




■全てを求めず「実績を挙げられるクリエイター」になろう
上記の全てが合格点だと、引っ張りダコの人材になれるのかもしれない。しかし現実的にどうだろうか?例えばマルチプレイヤーになろうといっても、日々の仕事の上に新しい技術を習得するのはなかなか骨の折れる話である。勉強会やセミナーに参加した程度で「マルチプレイヤーになりました」とアピールしても、話にならないだろう。

筆者としては上記の要点をもう少し掘り下げて、現実的なスキルセットを提案したい。筆者の考えるHTML5時代のWebクリエイター・スキルセットはこうだ。

・Web技術全般のアウトラインをおさえている
・自分の専業技術に深い造詣と自信がある職人気質
・チームワークを重んじ、積極的にコミュニケーションできる

何でもできるマルチプレイヤーは、所謂「スーパークリエイター」に他ならない。一朝一夕でその領域に達せないことは言うまでもないが、一方で制作現場ではWeb技術全般を議論し合う必要があるので全般的な知識が求められている。これはつまり「チームワークの最低限はWeb技術全般のアウトラインを押さえておくこと」だと言い換えることができるのではないか。極論となるが、例えばWebプログラマーはCSS3を書くことができなくてもいい。「CSS3で何ができて、何ができないか」を知っておくことが重要なのだ。

第7回「Webディレクターの現場とHTML5」の最後に紹介したとおり、HTML5制作では企画段階からWebディレクター、Webデザイナー、Webプログラマーの密な連携がコンテンツ品質のカギを握ることになる。何でも実践することに時間を費やす余裕のある方はスーパークリエイターを目指していただきたいが、そうでない方は広く浅くアウトラインを習得したほうが効率がよいと思う。

自分の専業以外は上記でなんとかなる一方、専業技術はより深い造詣が必要になるだろう。求人ニーズにはなかったことだが、これは技術者採用条件の大前提だと筆者は思う。しょぼいプログラミングしかできないプログラマーはプロとは呼べない。プロと呼べない人材に声はかからないのは当然だからだ。

特にHTML5では、API個別で深く技術が発展していくことになる。そうなると今後は単に「JavaScriptが書けます」では興味を持たれなくなる一方で、「特にWebSocket APIとIndexed Database APIの連携のノウハウが豊富です」というアピールが採用の決め手になるというケースが予想できる。制作チームの中ではあくまで「担当技術の専門家」が求められることには、古今東西揺るぎがない。Webデザイナー、Webプログラマー諸氏には時間の許す限り自己が求める技術を研鑽いただきたいところだ。研鑽にあたっては連載5回6回が参考になれば幸いである。

最後に、筆者が考える3つのスキルの中で最も重要な「コミュニケーション力」を解説して連載を締めくくるとしよう。筆者は制作現場のコニュニケーション力はクリエイティブの品質に比例すると考えているので、クリエイターのコミュニケーション力の向上に注力している。筆者がHTML5-WEST.jpを設立したのも、HTML5を通じて関西のクリエイターのコミュニケーションを促進するのが狙いだった。

制作チームにおいては、各々が高いスキルを持っているだけではよい物はできない。よい物ができなければ、過程の評価もあり得ない。現場においてクリエイティブはチームによって成される以上、コミュニケーションは必須のスキルと言える。はっきり言うと「自分の仕事をわかりやすく説明できない者はチームの足をひっぱる」わけだ。ちなみに第三者が「わかりやすく説明できない」ことを評価するのはソースコードを評価するよりも簡単なことである。

これまでの「HTML5制作では企画段階から技術的バックグラウンドが重要になる」「制作現場の小規模精鋭化が進んでいる」という点を鑑みても、今後さらにクリエイターのコミュニケーション力が求められるのは明白だと筆者は感じている。

最後になるが、この連載をお読みいただいた読者の皆様に感謝申し上げたい。HTML5にはWebの未来がたくさん詰め込まれている。Webクリエイターである皆様にはHTML5を通じてそれぞれの興味を実践し、世の中に素晴らしいクリエイティブを発信していただくことを願うばかりである。







[筆者プロフィール]
村岡正和(むらおかまざかず)●神戸でITシステム開発、コンサルティングを手掛けている。HTML5-WEST.jpの代表として関西でHTML5関連の話題を盛り上げる活動を行っているほか、さまざまなコミュニティ活動に関わっている。
HTML5-WEST.jp:http://www.html5-west.jp/
Twitter:http://twitter.com/#!/bathtimefish



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