Web制作者がおさえておきたいモバイルファーストの考え方

Web制作者がおさえておきたいモバイルファーストの考え方
2012年07月11日
TEXT:小川 浩(株式会社モディファイ CEO 兼クリエイティブディレクター)

モバイルファーストとは、ルーク・ウロブルスキー氏が提唱したコンセプトで、WebサイトやWebアプリを開発するうえで、まずモバイルから開発してPCに展開していくべきだとする考え方だ。

東京・大阪・福岡の3都市で 2012年7月27日~8月1日の日程で開催されるWebデザイナー向けイベント「WebDirectionsEast2012」に合わせて、ルーク・ウロブルスキー氏が来日し、Web Directionsグループ代表のジョン・アルソップ氏との会談が予定されている。僕も予定を合わせて参加する予定だ。モバイルファーストは言葉として一般的な表現すぎるためか、「まずはiPhone向けにサービスを始めようよ、モバイルファーストだよ」のような文脈で使われてしまっていることも多い。より精密な理解を深めるために、ぜひ同カンファレンスに参加することをお勧めする。

一般的な開発の現場において、重厚長大のテクノロジーから徐々に軽量なサービスモデルへと移行する、というプロセスが当たり前であることは皆が知っていることだと思う。はじめに複雑で高機能な商品を開発して、その簡易版としての仕様へダウングレードしたものをつくる。もしくは、企業ユースで検証された機能を消費者ユースに落としていく、というステップが今までの常識だったといえる。たとえばiROBOTの大ヒット商品である自動掃除ロボットのルンバは、じつは地雷除去用の自走型ロボットという軍事テクノロジーの応用である。

こういう例は枚挙にいとまがない。消費者の間でまず普及してからビジネスや軍事に応用される、という川下から川上へと逆流するような事例は、これまでは非常に少ない。だから文書作成ツール(ワープロ)も、まずオフィスで使われて、徐々に自宅で使う汎用機として普及した。FAXやEメールなどのコミュニケーションツールも、まずオフィスからはじまり家庭へと普及していった。ところが、インターネット、そしてソーシャルメディアが普及した現在ではこれがまったく逆のステップになりつつある。

TwitterもFacebookも、まず消費者間で絶対的に普及し、ソーシャル的な情報共有の在り方をビジネスに応用するという方向性が生まれたし、なによりスマートフォンはBlackberryやPalmが市場をつくったときには、エグゼクティブが社外でもイントラネットにアクセスしてメールチェックをする必要性があるというニーズにフォーカスされて生まれたものの、iPhoneが一般消費者にフォーカスをしたことで、携帯電話市場全体の需要を塗り替えるパラダイムシフトを実現した。つまり、消費者によって選択された“常識”や“仕様”を企業が利用する、というプロセスが生まれた。

この動きを社会現象として広めた功労者といえるのが、ほかならぬAppleだ。Appleは、軽量なモバイルガジェット用OSであるiOSをアップグレードし、そこで人気の出た機能やサービスを少しずつMac OS Xにも採用する、という開発サイクルを定番のやり方に据えたことで大成功をおさめた。OS X Lion以降、新OSのOS X Mountain Lionでも、iMessengerやTwitter連携などiOS 5以降の人気機能をサポートすることがわかっているし、さらにiCloudを全デバイスで共通化することも決まっている。

iOSにおいても、たしかに最初は複雑なOS(Mac OS X)から機能を削ってシンプルで軽いOSをつくったことはまちがいない。しかし、いまでは逆にiOS搭載のiPhoneやiPadが証明した需要や機能を基に、上流であったはずのMac OS Xの正式機能として採用されるというステップが定番になった。つまり、テクノロジーが川下から川上に逆流したのである。

簡単なものからはじまって、複雑あるいは本格的な方向へと技術移転されるという新しい商品化の流れは、Appleの成功を見た多くの企業が模倣しはじめている。一部の専門家が策定した仕様に基づく開発ではなく、予備知識もない一般消費者たちの利用体験からフィードバックを得るほうが正しい。一種のソーシャルキュレーションによる開発プロセスをとる企業が増えてきたのだ。

モバイルファーストという考え方も、この流れのひとつであると僕は理解している。そもそも、世界でもっとも先進的なモバイルビジネス市場であった日本に、iPhoneやAndroidベースのスマートフォンが浸食した最大の理由は、日本のキャリアと企業がモバイルサービスを着メロやゲームなどのエンターテイメントだけに絞り込み、企業の公式サイトやビジネス用途への“逆流”をまったく考慮しなかったためだ。いわばBlackberryを擁するRIMがAppleに食われた理由と同じ油断をしたためだといえる。たとえば大学生の間にiPhoneが普及した裏事情は、大学3年生になると就職用の企業サイトの閲覧や、企業からのメール連絡が必要になるが、それまでのガラケーではこれができなかったことによる。そこで学生はPCサイトが閲覧できて、GmailなどのPCベースのメールも使えるiPhoneに流れ込んだわけだ。

現在では、FacebookやTwitterユーザーのほとんどはiPhoneなどのスマートフォン上のネイティブアプリを使っている。そのアプリ上で共有されるWebサイトのURLをクリックした際、開かれるWebサイトがモバイルに最適化されていなければ、閲覧者にとっては不都合を強いられる。ピンチアウトして読めるとはいえ、スマートフォン専用の画面があったほうがいいに決まっている。ましてFlashを使ったWebサイトであった場合、iOS端末ではみられない。つまり40~50%のモバイルユーザーにはみてもらえないわけだ。

インターネットのトラフィックの主流はもはやPCではなくモバイルであり、しかもフィーチャーフォン時代はモバイルユーザーのトラフィックはモバイル上に閉じていたが、スマートフォンユーザーが生むトラフィックは、PC・タブレット・スマートフォンと異なるデバイス間で動き回っている。となれば、すべてのプラットフォームにおいて最適化された画面を用意する必要がある。そして確率論からすれば、もっともトラフィックが多いと思われるモバイルに最適化させることを最優先するべきだということは、子どもにでもわかってもらえるはずだ。

このように、さまざまな視点から考えても、モバイルファーストという考え方は当たり前すぎるほどの常識だ。ただ正しいことをすぐにやる、ことができないのもまた、多くの企業にとってのジレンマである。

本コラムをお読みの方々にはぜひWebDirectionsEast2012に足を運び、アイスブレイクのきっかけを得てほしい。




「モバイルファースト提唱者とWeb Directions グループ代表が来日」
東京・大阪・福岡の3都市でカンファレンス&ワークショップが開催!

スマートフォンUIデザイン&HTML5 Webアプリケーション講座
【開催日時】2012/7/27(金)~2012/8/1(水)
【開催場所】東京・大阪・福岡
(詳細・お申込み) http://east.webdirections.org/





[筆者プロフィール]
おがわ・ひろし●株式会社モディファイ CEO兼クリエイティブディレクター。著書に『ビジネスブログブック』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)、『Web2.0BOOK』(インプレス)、『仕事で使える!「Twitter」超入門』(青春出版社)、『ソーシャルメディアマーケティング』(ソフトバンククリエイティブ/共著)などがある。
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