iOS 6のマップアプリに見るApple体制の綻び

iOS 6のマップアプリに見るApple体制の綻び
2012年10月11日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

現実に侵されつつある理想

10月6日と7日、京都でスティーブ・ジョブズを偲ぶふたつのイベントに参加した。ひとつは「ジョブズ会2012」(http://applembp.blogspot.com/2012/10/2012.html)、もうひとつは「スティーブ・ジョブズを偲ぶ」(http://idobatazatsudan.wordpress.com/2012/09/30/201210/)だ。

各イベントの参加者間でも、前回のコラムで書いた「iPhone 5の発表会に驚きがなかった」ことが話題となったが、それ以上に問題視されたのが、発表時のデモで期待を抱かされ、現実に使うとダウングレードしたとしか思えないマップアプリである。この「事件」は、ティム・クックCEOによる謝罪メッセージ(http://www.apple.com/jp/letter-from-tim-cook-on-maps/)にまで発展した。

Appleが自社技術によるマップアプリの開発に踏み切った背景などについては、すでに色々なところで書かれているので割愛し、ここでは、なぜ目玉機能のひとつであるはずのものが、このように不完全な形でリリースされたのかについて考察してみたい。そして本来であればAppleはどうすべきだったのか、さらには、これからの方策についても思いを巡らせてみる。

まず、Apple社の伝統的な製品づくりの理想を思い出してみよう。それは、クック自身も述べているように「世界で最高レベルの製品をつくること」にある。

MacintoshやiPodが主力製品だった時代には、開発中の製品の仕様が目標に達しない場合、その実現のために発表時期を遅らせてでも、ある水準をクリアすることが優先された。しかし、それが可能だったのは、iPhoneに比べれば生産量もそこそこで、発表スケジュールを自由にコントロールできる製品だったからだといえる。

だが、iPhoneの場合には、Appleみずからがビッグバンのきっかけをつくり出したスマートフォン市場でPC以上に激しい競争にさらされることになり、OSやハードウエアの年1回のメジャーアップデートが必須要件となっているのが現実だ。また、ほぼ完ぺきともいえる超量産&超大量販売を支えるサプライチェーンを、つねに高効率で回転させながら維持する必要もある。

筆者は、こうした現実がAppleの理想主義を侵し始めていると見る。


現場に出て「ノー」と言うべきクック

本来であれば、正式リリース時期を遅らせるなどして完成度を高めるべきだったマップアプリだが、それを待つことはできなかった。そうしていては、iPhone 5自体を年末商戦に間に合うように、そして、ライバル製品の出端を挫けるタイミングで発売することができなくなるからだ。

また、早くにGoogleマップからの離脱を公表してマップアプリを喧伝したために、iOS 6の中でマップアプリのリニューアルだけを先送りすることも叶わなかった。純正アプリへの切り替えを前提に、Googleとのライセンスの更新も打ち切っていたと考えられ、一時的にGoogleマップを残すという選択肢もなかったのである。

さらに、Appleはもともとビジョンを優先したモデルチェンジを行っていたわけだが、iPhoneとiOSの場合には、年1回のアップデートが先に決まっており、しかもなにかしら目新しい機能を採り入れることが既定路線となっている点も、開発体制に影響を与えていると思われる。

うがった見方をすれば、iPhone 5にNFCや無接点充電機能が組み込まれなかった理由も、もし今回それらを実現してしまうと、2013年モデル(iPhone 5S?)の目玉がなくなるためではないかと勘ぐりたくなる。Macintoshであれば、iPhone 5ほどに完成度を高めてしまった製品はモデルチェンジの間隔を1年以上空けたり、多少のクロックアップやメモリ容量のアップによるマイナーアップデートで済ませられるが、iPhoneではそうもいかないからだ。

逆にiOS 6の場合、Siriの強化やPassbookのみでは、たしかに進歩ではあっても革新的な要素が少なくなってしまうため、完成度に目をつぶってもマップアプリを外すことはできなかったものと考えられる。

たとえば、初代iPhoneを発表から半年以内にリリースするため、Mac OS X Leopardの開発を遅らせたように、今回も(多少畑違いだとしても)OS X Mountain Lionの開発リソースをマップアプリに割く方法もあったかもしれない。あるいは、潤沢な資金を使って、地図内の情報を整備することも可能だったはずだ。

そのためには、プロジェクトの途中段階でクックがジョブズのように「ノー」と言うべき場面や、部下の報告を真に受けずに、みずからが現場に出向いてチェックする必要がもっとあったのではないだろうか。

クックの謝罪が速やかだったと考えるアナリストも居るようだが、筆者としては、謝るだけならばもっと早くにできていて然るべきと感じる。ここまで引っ張ったのは、iPhone 5の発売直後の販売に影響を与えないようにという配慮と、それなりに対策を講じることの目処が立たなければ謝罪しても無意味と思う気持ちがあったにちがいない。

クックは、製品や技術のビジョンを思い描くことは不得意かもしれないが、問題が生じたときにそれを解決するという点ではプロである。その意味で、今後のマップアプリの充実については個人的にあまり心配はしていない。

それでも、たとえばジョナサン・アイブらのデザインチームにマップデザインを担当させてみるなど、大胆な采配にも期待したいところだ(アイブとの確執があるとされるiPhoneソフトウエアのトップ、スコット・フォーストールを説得できればの話ではあるが…)。


iOS 6のマップアプリ




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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。

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