興奮が戻ってきたiPad mini発表イベント

興奮が戻ってきたiPad mini発表イベント
2012年10月24日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

実は「マッチ・モア」だった「リトル・モア」

この1年、アップルの新製品発表会は、製品自体の内容はともかくイベントとしての精彩を欠くことが多かった。

しかし、そのようなメディアやソーシャルネット経由の声が届いたのか、ティム・クックをはじめ、Appleの幹部は今回のプレゼンテーションにあたって改めて構成や演出を練り、リハーサルを繰り返して当日に臨んだように見受けられる。

クックは、いつもよりリラックスして全体の進行を行い、話しぶりにも余裕が感じられた。また、実際の製品の紹介を担当したフィル・シラーも、これまででもっとも手際よく数々の説明をこなしていたと思う。今回は、久しぶりに公式のストリーミング配信があり、Apple TVの画面にもイベント専用メニューが追加されるほどの力の入れようだったので、リハーサルもしっかり行われたのだろう。

筆者は、iPhone 5の発表イベントについて「驚きがない」と書いた。今回も、一番の目玉であるiPad miniについては、やはりリーク情報通りではあり、新型iPadのLightningコネクタ搭載や13インチのRetinaディスプレイを搭載するPowerBook Proまでは予想の範囲内だった。

ところが、新型iPadはわずか半年でCPUまで変更して第4世代となり、サイレントアップデートかマイナーバージョンアップで済ませるかと思われたiMacの新型も登場し、Mac miniまで内部を一新するなど、かなりの隠し球が用意されていた。

事前に報道機関などに送られた発表会の招待状には「We've got a little more to show you」(もう少しお見せするものがあります)と書かれていたが、フタを開けてみれば「リトル・モア」ではなく「マッチ・モア」といえるほど、内容は充実していた。変な言い方だが、このように周囲を欺けるようになってこそ、本来のAppleのイベントといえるだろう。

小さいが大きいiPad mini

iPad miniは、いわばiPad 2を小型化してLightningコネクタを付けたような成り立ちの製品で、サイズの制約を受けながら10時間のバッテリーライフを実現したのはすばらしい。

それ以外には取り立てて技術的なブレークスルーは見られないが、スティーブ・ジョブズがあくまでも反対していた7インチクラスのタブレットを出すにあたり、iPhone 5に準じた工夫が見られる点に熟考の跡が感じられる。それは、7.9インチという7インチクラスでは最大の画面サイズを持ちながら、左右のベゼルを極力薄くして、手になじみやすくしていることだ。

シラーのプレゼンテーションの中でも強調されていたが、AppleはiPad miniで、画面内のインターフェースデザインを含めて有効な表示エリアの大きさを強調していた。筐体サイズを小さくしても、可能な限り画面サイズを確保することで、見やすい表示にこだわった。

筆者は、iPadが小型化された場合に、マルチタッチブックなどのインタラクティブなデジタル書籍や教科書が使いにくくなることを危惧していたが、プレゼンテーションを見る限りでは妥協できる範囲内に収まっているように感じられる。

いずれにしても、これでiPadシリーズは、圧倒的な高性能と高精細画面を誇るハイエンドモデル(第4世代iPad)から、リーズナブルな価格の大画面モデル(iPad 2)、片手で持てる小型版(iPad mini)までフルライン体制が整い、他社にとってはその攻略が一層難しいものとなった。13インチのMacBook Proや新型iMacも、売れない理由が見あたらないほど魅力的な製品である。

これまでクックには、顧客よりも株主のほうを見ているかのような印象をもっており、今回のプロダクト群も、まだジョブズの計画のうちといえるかもしれないが、この調子で製品開発と発表が続けられるのであれば、そうした不安も払拭されていきそうだ。


iPad mini




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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。

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