第3回 電子出版を「雇用創出」の一助に――南風原町の人材育成事業

第3回 電子出版を「雇用創出」の一助に――南風原町の人材育成事業
2012年12月26日
TEXT:佐藤 勝(株式会社フレア)

※本記事は連載「電子出版で地域を救う! 沖縄県産本を日本全国、そして世界へ」の第3回記事になります。

県産本の電子化を続けるため、さらに新しい風が必要に
オープン後も順調にコンテンツを増やしている「沖縄eBooks」だが、ビジネスモデルとして見ると、電子書籍の売り上げの50%を出版社・印刷会社に還元し、さらに25%を電子書店モール「wook」に支払い、「沖縄eBooks」の取り分は25%となっている。出版社や印刷会社から預かる書籍の電子書籍化やwookへの掲載料は、作業負担が大きいもの以外は基本的に無料で請け負っているため、一定の売り上げはあるものの、単体の事業として収益につなげていくことは難しいのが現状だ。

運営チームを率いる近代美術の榎本伸司さんは、電子出版をビジネスとして成立させ、沖縄県産本の発信という意義ある活動を継続していくためにも、「沖縄eBooks」にとどまらない、さらに新しい風を起こしていく必要があると考えていた。そうしたときに、東京のある会社から「本格的な電子書籍の制作事業(オーサリング)を行わないか」との話が舞い込み、榎本さんは「制作の仕事を県外から呼び込み、県産本の電子化も平行して行うことで、自治体の事業に結びつけることはできないか?」と考えた。

「地域の書籍と県外の書籍の電子書籍化を自治体として積極的に取り組むことで、地元の本を県外でも知ってもらい、雇用の促進にもなる」――近代美術の役員や上司にも協力してもらい、このアイデアを同社の地元である南風原(はえばる)町の関係者に訴え、助成金で雇用を保証しつつ、電子書籍の制作技術を身に付けた人材を育てる「人材育成事業」を提案した。だが、電子書籍化のメリットが南風原町の議会関係者になかなか理解してもらえず、提案がきちんと受け止められるまでには、時間がかかった。

「2011年の夏ごろから町の担当者に何度もお願いをしていたのですが、なかなか進まず、数カ月が経ってしまいました。ところが、ある朝突然、『議会の昼休みの時間に、15分だけ時間を割くので議会の役員に話を聞かせてほしい』と連絡があって、なんの準備もできないまま上司と駆けつけて説明したんです(笑)」

榎本さんは、電子書籍事業がその土地のPRの一環となり、地域の文化に光が当たることにもつながると説明した。

「たった15分の約束でしたが、説明を始めると話が盛り上がり、終わってみれば1時間以上が経っていました。電子書籍の可能性をようやく理解いただけたと思いました」

2011年も暮れる頃、南風原町が「電子書籍制作人材育成事業」の実施を決定した。町内にはほかにも電子書籍のノウハウをもつと思われる会社があることから、数社に企画と予算の提出を呼びかけ、年明けの2012年1月に南風原町内の企業間によるプレゼンテーションを実施。実際に南風原町の書籍を電子書籍フォーマットに加工したり、動画や音声と組み合わせたサンプルを作成させるなどし、審査員の評価がもっとも高かった近代美術が事業を受託することとなった。


雇用創出と同時に、電子出版の制作拠点を構築
2012年2月1日、「魅力発掘・発信、南風原町オーサリング人材育成事業」がスタート。地元の郷土史や伝承、沖縄戦の体験を綴った手記など、さまざまな南風原町の資料が電子書籍化されていった。

この事業で採用されたスタッフは、榎本さんのもとでオーサリング技術を学びながら、原本をスキャンして電子書籍に変換する初歩的なものから、スキャン画像をOCRにかけ、校正やコーディング作業を経て、XMDFやEPUBなどのフォーマットで電子書籍データを制作する作業までを分担して行っている。

電子出版と「雇用創出」を結びつけた提案が採用された背景には、沖縄の高い失業率が背景にある(※)。

「大学を卒業してもなかなか就職先がなく、臨時雇用やアルバイトを転々としている人が多いのが沖縄の実情で、そうした方が応募してきました。また、古い本は文字起こしから行うのですが、その際の文字校正は、子育てをしながらパートや内職で収入を得たいと希望する主婦の方などに依頼しています」

このように、電子書籍の制作が雇用の受け皿をつくりはじめた意義はきわめて大きいといえるだろう。

近代美術としても、電子書籍の制作を担うスタッフを確保することで、南風原町の資料の電子化と「沖縄eBooks」の事業を継続しながら、より積極的に電子出版に取り組める可能性が広がった。そして、電子書籍の制作拠点を構築しつつある近代美術は、その後の県産本電子化の広がりにおいて重要な役割を果たすことになる。

※2011年度平均の完全失業率は6.9%で全国1位、総務省統計局労働力調査・都道府県別結果

■沖縄eBooks
URL:http://www.okinawa-ebook.com/
Facebook:http://www.facebook.com/okinawaebook


南風原町から電子書籍化を委託された書籍や資料。地域に伝わる伝承や工芸、町内在住者の沖縄戦での体験など、地域に伝わる史実やユニークな文化を伝えるものが多い。


近代美術の電子書籍制作チーム。南風原町から預かった資料のスキャンや原稿データの校正、オーサリング作業などを分担して行っている。


「魅力発掘・発信、南風原町オーサリング人材育成事業」によって、近代美術で電子書籍化された『もうひとつの沖縄戦 南風原の学童疎開』(吉浜忍著)を画面で表示させたところ。




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[筆者プロフィール]
佐藤勝(さとう・まさる)
1975年大阪生まれ。2002年から中国関係の団体で中国社会や日中関係の取材に約8年携わり、2010年『eBookジャーナル』(株式会社マイナビ)創刊号から2012年の第7号まで、電子出版ビジネスの動向や電子書籍の制作などを取材。電子出版を活かした地域再生に関する取材も継続。その他、グラフィックデザイン関連の雑誌・書籍などを編集しています。株式会社フレア(http://www.flair.co.jp/)所属。

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