iPhone5S登場前夜祭(中編):iPhoneとはいったいなんなのかを再検証する

iPhone5S登場前夜祭(中編):iPhoneとはいったいなんなのかを再検証する
2013年09月09日
TEXT:小川 浩(シリアルアントレプレナー)

前編はこちら>iPhone5S登場前夜祭(前編):iPhoneとはいったいなんなのかを再検証する

前編で述べたように、iPhoneの存在意義を定義づけると
・史上初めて完全にソフトウエアで制御されたスマートフォン
・史上初めてビジネス市場ではなくコンシューマ市場にフォーカスしたスマートフォン
であるといえる。

いわゆるガラケー(フィーチャーフォン)とスマートフォンの違いは、前者が電話にPCらしき機能を付け加えたものであることに対して、後者がPCに電話機能を加えたものであるということだ。この方向性の違いは大きい。

フィーチャーフォンは外出先でも電話が使える、というプラスの要素からはじまって、徐々にテキストベースのコミュニケーション機能がつき、さらにPCとは異なるWebに近いマルチメディアコンテンツの閲覧機能がついた。

フィーチャーフォンは通話オンリーの携帯電話としてスタートして、コンピューティングについてはゼロから追加されていったのだから、つねにユーザーからはプラスの真価として好意的に受け止められてきた。メールもWebもインターネットそのものではなく、携帯電話キャリアの巨大なWANの中に閉じ込められた、擬似的なインターネット体験に過ぎなかったが、ユーザーからの不満は少なかった。

ところがスマートフォンは、まずPCの小型化からはじまって(つまりPDAとしてまず生まれてから)電話機能を加えたのだが、電話機能そのものは携帯電話登場当時からハードウエアのダウンサイジング以外は、それほど進化する必要がなかった。だから小型のPCとして、小さな筐体の貧弱なプラットフォームにおけるコンピューティングは、ユーザーからの不平不満を受けながら(フィーチャーフォンのユーザーからは重く通話しづらい、PCユーザーからはメールもWebブラウジングもろくにできないなどと酷評された)、マイナスの評価に耐えつつ進化を続けてきた。

そこで、当初のスマートフォン市場を牽引したBlackberry陣営では、前編で述べたように一般消費者を相手にするのではなく、ビジネスエグゼクティブをコアターゲットとして定めたうえで、コンピューティングの中でもっともビジネス寄りで、フィーチャーフォンではできないイントラネットとの接続というサーバ側のソリューションを加えることで、ブレイクした。だがその時点で、逆にコンシューマ市場を捨てて、いわゆる携帯電話として消費者全体に受け入れられるという道に決別した。

多くのスマートフォンメーカーはBlackberry同様に、消費者は高機能なスマートフォンを求めておらず、フィーチャーフォンで十分であると決めつけて、ビジネス市場へのフォーカスへと一気に傾いていた。

ここで改めて「そうじゃない、現時点のスマートフォンの出来が悪いから消費者が評価してくれないのだ」と怒号をあげたのが、ほかならぬスティーブ・ジョブズだ。

そもそもジョブズがiPhone開発を決意したのは、ソフトウエアとしてのiPod機能をOEM提供した携帯電話「ROKR」をMotorolaに開発させたものの、あまりに出来が悪かったことに怒り狂ったためだという。

Appleは、当時大成功していたiPodの市場が、徐々に携帯電話経由で音楽を聴くというユーザー体験の広がりのために侵蝕されていくさまを見ていた。2000年代前半のことだ。

そこで、iPodをハードウエアではなくソフトウエアととらえ、iPod機能(つまりiTunes)をモバイルメーカーに提供することで、音楽市場におけるイニシアティブを維持しようと考えたわけだが、上述のように“他社製iPod携帯”の出来が悪かったので、ならば自分でつくろう、と決意したという。

このあたりの彼らの感覚は、PC市場におけるMac OSへの取り組みに似ている。Mac OSをOEMでばらまいたところで、ろくな製品にならず、せっかくエレガントにつくられたOSの魅力を損なうなら、自分たちでハードウエアもソフトウエアもつくろう、というわけだ。

ジョブズたちは自社製の携帯電話をつくるうえでこう考えたのだろう。自分たちはコンピュータ会社だ。だからせっかくつくるなら、コンピューティングを楽しめるモバイルでなければならない。つまり、それはスマートフォンだ。

そして、同時に自分たちはコンシューマ市場で生きている企業だ。だから、自分たちがスマートフォンをつくるならば、それはコンシューマ市場に受け入れられるものでなければならない。つまり、それは世界で初めて消費者に愛されるスマートフォンでなければならない、と。

そのために彼らが考えた道が、イントラネットに接続できるメールではなく、Webをもっと楽しめるようにすることだ。音楽を楽しめるのは彼らからすると当たり前。コンピュータを使う消費者たちにとってもっとも必要なのは、数インチの画面でもPCのデスクトップで見ているWebを快適にブラウジングさせることだと彼らは判断した。

iPhone登場時は、ちょうどWeb 2.0と呼ばれる、Webがコンピューティングのすべてを支えるプラットフォームとして評価を高めていた時期だ。AppleがWebと音楽を楽しめるためのUIを軸にiPhoneを設計しはじめたことはまちがいない。

やがて彼らはiTunesで音楽が売れるなら、アプリも売れるだろうと気づき、AppStoreをつくり出し、徐々にWebではなく自分たちの独自プラットフォームによる収益の最大化を目指すようになる。それとともにモバイルインターネットにおけるWebのプレゼンスは落ちはじめて、いまではPCの世界と逆行するようにネイティブアプリがより重要なポジションを抑えはじめている。Web 2.0時代が生んだ希代のマスターピースであるiPhoneが、逆にモバイルインターネットにアプリ全盛時代を生んだのはおもしろい皮肉だ。

このパラダイムシフトによって日本のフィーチャーフォンは市場を失い、iモード、GREE、DeNAなどの従前のプラットフォームもまた王座を失いつつある。iPhoneはAndroidの台頭によって市場シェアを失いつつあるが、市場そのものの拡大の中で、収益率においては未だに最強のモバイル企業の座を他社に譲る様子はない。

Appleは、いよいよ今月iPhone5Sを発表する。同時に、中国などの巨大な人口をもつ途上国向けに廉価版iPhone(iPhone5Cと巷間で呼ばれている)をリリースすると見られている。iPhone5Sがどの程度の高性能を発揮して、日本や米国市場などの消費者を満足させることができるか、そしてiPhone5Cが本当にリリースされて、中国やインドなどの低価格機市場でのシェアを奪えるか。さらにiPhone5Cが成功した場合、iPhone5Sの高級機イメージを損なわずに、ブランドイメージを巧妙に二分できるのか。

世界の注目が集まっている。


iPhone5




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[筆者プロフィール]
おがわ・ひろ●シリアルアントレプレナー。著書に『ビジネスブログブック』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)、『Web2.0BOOK』(インプレス)、『仕事で使える!「Twitter」超入門』(青春出版社)、『ソーシャルメディアマーケティング』(ソフトバンククリエイティブ/共著)などがある。
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