Appleのイベントから見えたティム・クックの強気なビジネス戦略

Appleのイベントから見えたティム・クックの強気なビジネス戦略
2013年10月24日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

みずからの原点の再確認と 年末商戦にかける意気込み

Appleは、10月22日の新製品発表イベントのオープニングに、WWDC 2014のキーノートでも使われた、同社の製品哲学を凝縮したメッセージビデオをもってきた。

みずからのモノづくりへの情熱と信念を、社内外に向けて発信するこの映像は、すべてがやや踊り場に差し掛かった感のある同社にとって、この年末商戦も小手先の目新しさではなく、骨太の製品開発によって乗り切っていこうとする意志表明であると感じた。

事実、発表された製品群は、ほとんどが事前に予想されたものではあったが、全体を見るとじつに強力な布陣となっている。

もはやMacintoshラインを象徴する存在となったMacBookシリーズは、Pro系モデルもHaswellアーキテクチャ化を果たし、(まだ高価だが)1TBのSSDオプションも用意することで、Air系では力不足に感じるユーザーの移行を促す策に出た。

WWDC 2013でプレビューされたMac Proも正式デビューを果たし、内容を考えれば安価と思える2999ドル(日本では31万8800円)のベースモデル価格でプロユーザーを惹きつける。

そしてiPadラインは、軽く薄く速くなった第5世代のフルサイズモデルにiPad Airというキャッチーな名前を与えて、ふたたび市場の注目を集めさせ、iPad miniにも待望のRetinaディスプレイとA7チップが搭載されたことで、選ばない理由を見つけることが難しい状況をつくり出した。

特にiPad miniは、Retinaディスプレイの歩留まりと消費電力の問題から、今回の発表に間に合わない可能性もそれなりに高かった。そして、初代のiPad miniが昨年の時点で2世代前のiPad 2と同等性能に抑えられていたことを考えれば、iPad Airとの競合が避けられないA7チップの採用も、ある種のサプライズだった。

しかし、逆に低消費電力のA7だからこそRetina化が可能だったと考えれば理に叶う仕様であり、結果としてiPad miniの魅力を最大化したことには、なんとしても年末商戦の目玉にするというクックの強い意志が見てとれる。そのため、実際の発売開始は11月の後半とギリギリのタイミングながら、そこに間に合わせるための担当チームへのプレッシャーも相当なものであったはずだ。


MavericksとiLife/iWorkの 無償提供が意味するもの

そして、9月のiOSデバイス向けのiWorkおよびiPhoto、iMovieの無償化に続く、ソフトウエア分野での注目情報が、OS X MavericksとOS X向けiWorkの無償提供である。

これまでAppleは、OS Xのマイナーアップデートに関しては無償公開を行ってきたが、メジャーアップデートについては当然ながら対価を要求していた。しかも、基本的に1世代前からのバージョンアップ以外は、途中のバージョンへの段階的な更新を行なわないと対応しない方針だった。

これに対してMavericksでは、3世代前のSnow Leopardまで遡って、一度に最新環境へと無償で移行できるのだ(ハードウエア的には、2007年のiMacとMacBook Pro以降がサポートされる)。

さらに、iOSやOS X用のネイティブアプリのみならず、プラットフォームに依存せずに無料登録で利用可能なiCloud上で提供されるiWork for iCloudも、これまで通りに無償サービスとして継続される決定がなされた。

これらの動きは、自前でOSやアプリケーションソフトウエアもつくりながら、ハードウエアによる売り上げをビジネスの核とするAppleだからこそ可能になったものといえる。つまり、WindowsのアップデートとMicrosoft Officeの販売、および有償のオンラインサービスであるOffice 365で収益を上げようとするマイクロソフトには、事実上まねできないマーケティング施策なのだ。

もちろん、それでただちにMacとWindowsの立場が逆転するわけではないが、いよいよクックはMicrosoftと直接対決する決意を固めたと考えられる出来事なのであった。


iPad AirとiPad mini


OS X Mavericks




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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。

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