本来の意味で充実していたWWDC 2014は、秋に向けた“序章”

本来の意味で充実していたWWDC 2014は、秋に向けた“序章”

2014年06月04日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

デベロッパーが興奮した発表内容

ティム・クック体制となってから、WWDCは年を追うごとに本来の「デベロッパーのためのカンファレンス」というスタンスを強めていた。それでも、ハードウエアの話を一切カットして、ふたつのOSと開発環境の話に終始するという今年の構成は、ストリーミング中継を刮目していた世界中のAppleファンはもちろん、会場にいた当の開発者たちも少なからず驚かされたのではないだろうか。

筆者も事前の予想記事などで、新型iPhoneや噂されるウェアラブルデバイス関連の発表は秋以降となり、今回は次期OS XとiOSのプレビューが中心になると書いてはいた。しかし同時に、ハードウエアに関しても新型Apple TV(ディスプレイ無しで、Amazon Fire TV対抗のモデル)とMacBook Airの12インチモデルくらいは出てくるのではという期待もあった。

そういった意味では肩すかしを喰らった印象があるものの、特にOS XとiOS向けの新たなプログラミング言語であるSwiftの紹介に会場が沸き、その後のデベロッパーのコミュニティがSwiftの話でもちきりという状況を見ても、デベロッパーにとっては新型機よりもはるかに意味のある発表になっていたといえる。

実際、筆者が副会長を務める日本の開発者育成と情報交換のためのNPO法人MOSA(http://www.mosa.gr.jp/)でも、SwiftのインストールやiBooksで無償提供された500ページにもおよぶ解説書の話題がのぼり、近年にない盛り上がりをみせている。Objective-Cと併存可能でありながら、それを置き換えることを意図し、並列処理の記述に秀でたSwiftは、Apple関連のソフトウエア開発の進化を確実に加速させるはずだ。


勝って兜の緒を締める

そしてもちろん、WWDC 2014の異例ともいえる構成には、CEOであるティム・クックの強い意向が感じられる。

マーケティング担当のフィル・シラーも、インターネットサービス担当のエディー・キューも登壇せず、デザイン担当のジョナサン・アイブのビデオ出演すらなく、OS XとiOSの統括的な開発責任者であるクレイグ・フェデリギを中心に発表が進められた一方で、今回のティム・クックはいつになく饒舌で、ほかのプラットフォームに関するジョークや皮肉も冴えていた。

彼は、明らかにアップルの足元を再度見つめ直し、黙っていても増加傾向にあるデベロッパーの結束を強め、自社プラットフォームへの忠誠心を高めようとしている。

たとえば今回は、恒例であった業績関連の自慢も行なわれなかったが、実際のビジネスが低調なわけではない。このところ目立った新製品がないこともあって、四半期ごとの売り上げは下降傾向にあるものの、第2四半期の売上高は456億ドル、純利益は102億ドル、売上総利益率は39.3%となっており、売上総利益率はほぼ横ばいながら、前年比の売上や純利益は上昇し、株価も昨年同時期と比べて3倍以上に持ち直したことから、経営状態自体は堅調だ。

ティム・クックとしては、iPhoneの売れ行きの依然とした力強さや、iTunes Storeなどのサービス事業からの収益が過去最高になったことを強調してもよかったはずであり、One more thing的に、先頃30億ドルで買収したBeats Electronicsのドクター・ドレーとジミー・アイヴォンを登場させて、音楽購読サービスへの期待を煽るような演出も考えられただろう(クレイグ・フェデリギが、OS Xの新機能の説明のついでに「新入社員」であるドクター・ドレーに電話をかけるという小ワザは気が利いていたが…)。

しかし、そうしなかったのは、やや踊り場に差し掛かっているとはいえ、業界的には勝ちの状態が続く今こそ、気を引き締めてアプリケーション開発の質を高める必要があると感じたからにほかならない。

それは、ハードウエア的な進化という意味では鈍化せざるを得ない成熟したMacとiOSデバイスの成長をソフトウエア面で補う意味と、2014年秋に予定される「過去25年間で最高の製品ラインアップ」(アメリカ現地時間で5月28日に開かれたCodeカンファレンスでのエディー・キューの発言)に向けたアプリケーション開発を推進する必要性に根ざしている。そして、今回の発表の目玉のひとつだったOS XとiOSの連携機能の強化も、自社の既存製品と新たなウェアラブルデバイスとのシームレスな融合を実現するためのキーとなるポイントなのだ。

そのウェアラブルデバイスに関しての考察は、近々改めてコラムにまとめる予定だが、WWDC 2014は秋の新製品発表に向けた序章だったともいえるのである。


iOS8


OS X Yosemite




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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。

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