Appleはなぜ複数のウェアラブルデバイスを用意するのか

Appleはなぜ複数のウェアラブルデバイスを用意するのか

2014年06月24日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

Appleのウェアラブルデバイスは 最低3種類のカテゴリで構成される?

Appleは、この秋に満を持してウェアラブルデバイスを市場投入してくる。これは、もはや疑いようのないところまできた。問題は、それがどのような製品かだ。

今日に至るまで、AppleのウェアラブルデバイスはiWatchの仮称で呼ばれることが多かった。最近では、そのiWatchが複数のモデルから構成されるとの説が有力である。

しかし筆者は、(Appleが最初からすべての製品を発売するかどうかは別として)同社製のウェアラブルデバイスは、iWatchを含めてカテゴリの異なる最低3種類の製品群から構成されるものと推測している。その3つの製品群とは「腕時計型」「ブレスレット型」そして「イヤフォン/ヘッドフォン型」だ。しかも、その中でさらに細分化したバリエーションが用意される。

その理由は、ウェアラブルという属性が、必然的かつスマートフォンやタブレット以上に、年齢・性別による嗜好の違いに合わせた製品開発のあり方を要求するからである。

たとえば、腕時計ひとつとっても、男性は1、2個あれば事足りると思うかもしれない。しかし当然ながら、女性は男性向けにデザインされた製品を身につけようとは思わない。また、機能は同一のまま、TPOに合わせてデザインの異なるいくつかのバリエーションから選べるようでなければ、やはり日常的には装着してもらえないだろう。

逆にファッションアイテムとしてのブレスレットであれば、昨今のトレンドとして重ね付けには抵抗がないため、すでに所有している腕時計に見合うものを身に付けてもらえる可能性がある。ただし、その場合でもフォーマル、ゴージャス、ポップ、エッジーなど、いくつかの異なるベクトルは必要だ。

一方で、携帯電話やスマートフォンの普及にともない、時刻や日付をその画面上で確認できるようになったため、特に若者の間では腕時計を身につける習慣が廃れつつある。もちろん、提供される機能やファッション性などが優れていれば、今は習慣化していないものでも、かつての音楽プレーヤーのiPodのように一般化したり、NikeのFuelBandのようにスポーツ指向のユーザーに受け入れられる可能性は大いにあるだろう。


若年層にはイヤフォン/ヘッドフォン型、 中高年には腕時計型が有効か?

ただ、ここで改めて考えてみると、10~30代くらいまでの消費者にとっては、すでに日常的に受け入れられているウェアラブル製品が存在していることに気がつく。それが、イヤフォンやヘッドフォンの類いだ。

Appleはすでにイヤフォンへ各種生体センサーを組み込むアイデアの特許を取得済みであり、それとは別にドイツのBragiという企業(http://www.bragi.com/)も、すでに同様の機能を内蔵したThe Dashというスマートかつ高音質なワイヤレスイヤフォンを年末から来年初頭にかけて出荷することを表明している。

イヤフォンやヘッドフォンを常用している層であれば、それらをセンサー内蔵の高機能なものへと替えることには抵抗がないはずだ。しかも、そこに、音楽ファンの間で絶大な人気を誇るブランド名が冠されていたなら、どうだろうか?

そうすると、AppleによるBeats Electronics買収も、もっぱら購読型音楽サービスの取得が目的と考えられているが、実際にはイヤフォン/ヘッドフォン型のウェアラブルデバイスをリリース直後から速攻で普及させるための仕掛けとしての意味合いも出てくる。さらに、AppleとBragiの間での特許に関する折り合いがどのようになるかは未知数だが、製品開発のスピードアップを図るために、前者が後者を買収することすらあっても不思議ではない。

そのうえで、イヤフォンやヘッドフォンの常用に抵抗のある中高年層は、その層になじみのある腕時計型の製品で攻略することにより、老若男女の全方位をカバーするウェアラブル戦略を完結できる。この場合にも、Appleは自社ブランドのiWatchを市場にある程度浸透させたのち、ちょうどCarPlayを自動車メーカーに売り込んだように、既存の時計メーカーに働きかけて、その基本技術の採用をうながす可能性もある。時計業界としても、このままではかつての勢いは望めない自社製品の販売活性化につながるのであれば、拒む理由はないはずだ。

ちなみに、そこまでバリエーションを増やしたとしても、当面Appleは、Google Glassのようなメガネ型のウェアラブルデバイスをつくることはないだろう。なぜなら、Google Glass的な製品は、視力が良くメガネを必要としないユーザーが常用するにはうっとうしい存在であり、また当分の間は周囲の好奇の目にさらされることに耐えられるだけの意志と、プライバシー問題への懸念を払拭する手間が利用者に求められるからだ。

実際にはAppleも、メガネ型ウェアラブルデバイス関連の特許を取得しており、バーチカルマーケット向けの仕事用ツールなどに用いるのであれば上記のようなことも普及の障害にはならない。だが、ほんとうの意味でのマスをターゲットにしにくい製品である以上、現在のAppleのプロダクトロードマップには適合しないといえるのである。


The Dash




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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。

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