成功のなかのジレンマ――2014年秋2回目のAppleスペシャルイベント

成功のなかのジレンマ――2014年秋2回目のAppleスペシャルイベント

2014年10月22日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

10月16日(米国現地時間)に行われた今秋2回目のスペシャルイベントで、AppleはiPadラインを一新し、iMacにRetinaディスプレイモデルとMac miniのアップデートモデルを追加した。

いずれも既存モデルの進化をメインとしたもので、新たなフォームファクターの追加(たとえば、12~13インチクラスのiPadなど)はなかった。

ティム・クックが強調したのは、デスクトップからウェアラブルデバイスまで、いわば電子情報機器のフルライン体制が整ったという点である。事前のメディア向け招待状に印刷されていた“It's been way too long”(とても長くかかった)という思わせぶりなコピーがなにを意味するのかについては、いくつかの意見があり、「しばらく変更のなかったMac miniのことだろう」とか「いやiMacの高解像度化を指すのでは」とも言われている。こうした見方に対し、筆者としては個々の製品もさることながら、ようやくこのようなフルラインアップ体制を整えることができたこと自体を意味しているように感じられた。

個人的に期待していたApple TVのアップデートは行われず、したがって、そのデザインがどのように変化するのかは不明である。だが、あえて出さなかったとすれば、Appleとしては今年の年末商戦ではデスクトップとモバイルデバイスに注力し、ウェアラブルとiOTデバイスの革新は2015年からスタートさせるつもりなのだろう。

一説には、中国での初期予約件数が2000万台に達したように、iPhone 6/6 Plusの受注の好調さが仇となり、量産規模を拡大するために、大型iPadの生産委託を予定していたEMS企業にもiPhoneの製造を振り分ける必要が生じて、新フォームファクターのiPadは後回しにされたとの話もある。もしかすると、Apple TVについてもなんらかの影響があったのかもしれない。

また、iOS 8に残っているバグも気になるところだ。筆者のiPhone 6 Plusは、アプリ起動時や切り替え時などに前触れなくリスタートしたり、ソフトキーボードのキーがすべて文字化けする症状がときおり発生していた。原稿執筆の時点でインストールされていたのは8.0.2であり、今はiOS 8.1にアップデートして落ち着いたかに見えるものの、完治したという確信を得るにはまだしばらく使い込む必要がありそうだ。

かつてに比べればソフトウエア&ハードウエアエンジニアを増員しているとはいえ、企業規模を考えれば少数精鋭主義を守っているAppleは、過去にも限られたヒューマンリソースを状況に応じてほかのプロジェクトに振り分けることを行ってきた。たとえば、初代iPhoneの発表から半年で実際の発売にこぎ着けるために、Mac OS X Leopardの開発が遅れたり、iOS 7開発のためにOS X Mavericksのエンジニアを一時的に異動させたりしたのである。しかし、こうしたやり方では限界が見えはじめたことも事実。そして、そのことはクック自身がいちばん理解しているはずだ。

スペシャルイベントは滞りなく進行したかに見え、特にRetina 5Kディスプレイを搭載する27インチiMacは、技術的にも価格面でも高く評価されてしかるべき製品といえる。また、iPad Airと同じサイズでTouch IDの搭載をセールスポイントにするかと思われたiPad Air 2も、世界最薄の筐体に仕上げてくるなど、しっかり手をかけた新型になっている。

だが、発表された製品よりもされなかった製品のなかに、成功の中のジレンマとでも呼ぶべき、Appleの現状がよく表れていると思うのである。






■著者の最近の記事
マーク・ニューソンはなぜAppleを選んだのか?
iPhone 6/6 PlusとApple Watchへの所感と、今後の展開予想
MacBook Airの「Stickers」篇CMの違和感
Appleはなぜ複数のウェアラブルデバイスを用意するのか
本来の意味で充実していたWWDC 2014は、秋に向けた“序章”
Appleのイベントから見えたティム・クックの強気なビジネス戦略
秋口のアップル新製品予想自己採点簿






[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。

MdN DIのトップぺージ