ハッカソン成果の事業化を目指す初のイベント「G空間未来デザイン マーケソン」が開催

ハッカソン成果の事業化を目指す初のイベント「G空間未来デザイン マーケソン」が開催

2015年02月24日
TEXT:片岡義明

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オープンデータで地域課題を解決、川崎市宮前区でアイデアソン開催
地域課題をアプリで解決、「G空間未来デザイン」ハッカソンレポート


2日目の会場となった川崎市役所の第4庁舎ホール

短期間で集中的にアイデア創出やプログラミングを行う「アイデアソン」や「ハッカソン」が各地で行われているが、これらのイベントで作成したアイデアや成果をより具現化し、ビジネス化へとつなげることを目的とした「マーケソン」(マーケティング+マラソンの造語)という初のイベントが20日と21日、神奈川県川崎市の宮前区役所および川崎市役所にて開催された。

同イベントは、地理空間情報(G空間情報)を利用したアイデア創出やアプリ開発に取り組む「G空間未来デザイン」の1イベントとして開催された。同プロジェクトは川崎市宮前区における地域の課題解決を図ることを目的に、8月にプレアイデアソン、10月にアイデアソン、12月にハッカソンを開催してきた。今回のマーケソンは宮前区の課題解決をテーマにした一連のプロジェクトを締めくくるイベントであり、12月のハッカソンで生まれた成果の事業化を目指して、想定する利用者や顧客によるプロトタイプの利用実証や、そこから得られた知見をもとに改良することを目的としている。

主催者は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)および国土交通省で、株式会社フューチャーセッションズと国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)が共催している。なお、このイベントは、オープンデータの祭典「インターナショナル・オープンデータ・デイ」(IODD)の川崎会場とも連携しており、21日の午後には、川崎市の活性化を目指すコミュニティ「オープン川崎/Code for Kawasaki」が主催するマッピングパーティー(地図づくりイベント)の報告なども行われた。

20日の会場は宮前区役所で、ハッカソンで開発したプロトタイプの検証および改善を実施し、21日は川崎市役所(第4庁舎)へと舞台を移して成果の発表や審査を行った。一部のチーム名やアプリ(サービス)名が変更されてはいるものの、基本的に今回のマーケソンには、ハッカソンのときに生まれた9チームのすべてが参加している。ただし、アイデアソンやハッカソンに参加していない人が新規に参加することも可能で、地域課題の解決に興味のある人ならば誰でも参加できるオープンな集まりとなっている。


初日の会場となった宮前区役所

宮前区役所の会場では各チームが簡単にアイデアを発表し、その後は宮前区の状況視察や地元の人の意見を聞くために屋外で活動(フィールドマーケティング)を行うチームと、会場に残って地元の人にマーケティング活動を行うチームに分かれた。各チームともに、想定ユーザーやステークホルダーを対象にプロトタイプのデモを実施してフィードバックを収集した。途中、参加者がそれぞれ自分が所属するチーム以外のテーブルに移動してアドバイスを行う「相互アドバイスタイム」などを実施しながら、各チームが発表内容を練り上げていった。


フィールドマーケティングを実施


電動自転車で街を散策したチームもあった


坂や階段を駆け上がりながら勾配を体感

2日目の21日は会場を川崎市役所の第4庁舎に移し、発表会および最終審査が行われた。午前10時にスタートし、最後のチームワークが行われたあと、午後から9チームの最終発表が行われた。発表会で明らかにすべき要素としては、アプリのおもな機能に加えて、「対象となるユーザー(利用者)とカスタマー(サービスの受益者)」、「活用したオープンデータ」、「今後の実用化に向けた具体的なシナリオ」など。この中でもとくに“カスタマー”や“今後のシナリオ”を明らかにすることはサービスの具現化に欠かせないことであり、アイデアやアプリそのものの創出/発表に力点を置くアイデアソン/ハッカソンとは異なる点といえる。発表内容は以下の通り。

■宮前カルチャークラブ(チーム名:宮前カルチャークラブ)


宮前カルチャークラブ

ジオフェンシング機能を搭載した地域SNSで、教わりたい人、教えたい人、学び合いたい人をマッチングすることを目的としている。「ツーリング仲間募集」「フットサルのメンバー故障につき急募、今すぐ来て!」といった細かい募集を気軽に投稿し、地域内で共有できる。地域住民の生活動向や行動履歴などをビッグデータとして収集することが可能で、顧客情報の解析結果なども活用できる。想定ユーザーは、イベントなどの情報を投稿してくれる地域住民や法人、行政など。また、このプラットフォームでイベントなどの情報を閲覧する人で、位置情報を使った地域サービスを検討している人をカスタマーとして想定している。今後はモックアプリの仮運用や開発支援者の募集、マネタイズの仕組みの確立などを行ったうえで、ユーザーテストを経てモニター向けサービス開始を目指すとともに、サーバーのスポンサー探しなども行う。

■じじばばウォッチ(チーム名:じじばばウォッチ)


じじばばウォッチ

子どもたちと高齢者世代との交流を生み出すゲームアプリ。マーケソン初日には区内の公園やショッピングセンター、保育園などを巡り、施設のスタッフなどにヒアリングなどを行った。高齢者に“妖怪”(見守り隊)になってもらって、子どもたちは街で出会った見守り隊のベストに付けたQRコードやNFCにアクセスすることで妖怪を集められる。ゲットした“妖怪”は図鑑画面で確認することが可能で、どの場所で友だちになったのかも確認できる。子どもが冒険できるフィールドの設定と高齢者の位置を把握できるマップ&レーダー機能も実装。オープンデータを使用して老人福祉センターや公園、危険な場所などを子どもに知らせるほか、プライバシーに配慮した形で高齢者や子どもの動きの傾向を把握し、新たにオープンデータ化する。今後は警備会社、教材開発会社、通信事業者などとの連携を目指し、2015年夏~秋に実証実験を行う予定。

■宮前区 すてき発見!(チーム名:渡る世間は坂ばかり)


事前マーケティングで小学生にカルタづくりを依頼

子どもと一緒にクイズやカルタづくりを楽しめるアプリ。子どもが街のさまざまな人や場所を取材して4択のクイズをつくり、写真とともにアップロードする。クイズポイントに近付くと回答が可能となり、正解数とクイズづくりの貢献数に応じてポイントを入手できる。カルタについては、子どもが既存の“宮前カルタ”をヒントにオリジナルカルタを作成し、場所に近付くとカルタデータを取得可能となる。事前のマーケティングとして、小学校の6年生にお願いしてクイズの作成を依頼したところ、多くの作品をつくってもらえたという。ユーザーとしては小学校の中高学年を想定しており、カスタマーには学校やIT・教育関係の企業を想定している。通信キャリアやIT企業にはタブレットやスマートフォンの貸出、プログラミング教育の講師の派遣などを提案し、タウン誌やメディア関係には、クイズやカルタのネタの提供やイベントの共催・参加などを呼びかける。また、お祭り系のイベントと組み合わせたり、学校での授業に活用したりすることも検討している。

■観光レシピ(チーム名:観光レシピ振興会)


Excelデータから自動で観光ガイドアプリを作成

Excelで観光データを作成し、登録すると自動で観光ガイドアプリを作成できるプラットフォームで、プログラマーでなくても地域に特化した観光アプリを制作できる。今回は同システムを使って、農園や遺跡、寺、工場などを巡る観光ルートを案内する「ルート検索」と、ホッピーを飲める店を案内する「スタンプラリー」のふたつのアプリを作成した。「スタンプラリー」の作成にあたっては、ホッピービバレッジ株式会社がホッピーを飲める店のデータをオープンデータとして公開した。また、海外の学校が同プラットフォームを活用する試みも開始しており、オープンデータとプログラミングで国際交流する姉妹校を、企業が支援する形でマネタイズを検討する。また、地域の観光情報を市民の手によって作成する環境をつくることで旅行会社は専門業務に注力することが可能となり、新しい市場の創出を期待できる。今後の展開としては、同プラットフォームの妥当性を確認する事務局を宮前区に設置するとともに、コンテンツのアップデートなどを継続させる。また、観光レシピの作成者が増加するようにコンテストを開催し、事務局は大会を運営する。全国大会は2016年3月を予定。

■ぐるっと宮前 声アプリ(チーム名:区長と仲間たち)


ぐるっと宮前 声アプリ

宮前区の魅力を住民の声で伝える街紹介アプリ。案内ルートを進んで街をめぐり、登録されたスポットの周辺20メートル圏内に近付くと声で案内が流れる。地域住民のおすすめスポットを声で登録することも可能で、お気に入りのコースをシェアできる。マーケソンで地元の主婦に使ってもらった結果、「鳴る場所を探すのが楽しい」「宝探しのような感覚」「健康になる」といった好評価を得た。当初は自転車に付けて区外の人に使ってもらうことを考えていたが、マーケソンの結果、自転車だけではなくて徒歩での利用も想定し、「地域の人が地元の情報を発見できるアプリ」という方向性に修正した。今後は東急電鉄に協力を依頼するとともに、スポットの選定やコンテンツづくりを行い、地域住民が参加してコンテンツ録音ワークショップなどを開催する。アプリと電動アシスト自転車のレンタルサービスを組み合わせることも考えており、別プロジェクト「坂部」とのコラボレーションで、ハブ施設「宮前アクティブセンター」を駅前につくりたいと考えている。

■思い出坂のビンゴ(チーム名:N.W.S.I)


アプリの概要

地図画面やレーダーを見ながら宮前区を散策し、坂に行くと位置情報と連動して仮想の「坂カード」を入手できるアプリ。坂カードには区民から投稿された写真や思い出エピソードが掲載されており、カードを集めることでビンゴゲームも楽しめる。ビンゴが成立すると地元商店のプレゼントも入手できる。カードにはバナー広告を貼れるスペースを用意して、地元商品の広告を掲載することでWebからの商品購入やリアル店舗への誘導を図れる。また、ビンゴ景品により地元商店のクーポン券なども発行できる。ビジネスモデルとしては、地元商店による広告料を収入とするモデルと、投稿された写真を無料の写真素材として提供して“坂のある風景”の保全事業に賛同してもらえる企業をスポンサーにしたクリック募金機能を設けて、地域住民のクリックで協賛企業が宮前区に募金を行うというモデルの2種類を考えている。現在のところ、同プロジェクトを事業として検討しているスタートアップ企業が1社あり、協賛企業も募集中。

■ぐるっと宮前バス(チーム名:ぐるっと宮前バス)


ぐるっと宮前バス

バスを使った移動を支援するワンストップサービスで、バスの総合路線図や停留所、時刻表などを収録したアプリを提供する。現在地からのバス停検索や複数ルート表示、空席情報、バス停到着逆算アラート、乗り継ぎ時の時間調整スポット案内などが可能。マーケソン初日には宮前区役所の2階ホールで、区役所を訪れた一般区民にヒアリング調査を行ったあと、区役所近辺にあるバス停に移動して、バスを待つ一般住民にも聞き取り調査を行った。アプリではイベントや店舗情報を紹介するほか、乗り継ぎ割引やリピーターへのインセンティブも導入する。利用者への普及案として、スマートフォンだけでなく、店舗でのタブレット検索や自宅でのPC利用なども可能にする。バス事業者にとっては、利用者が増えること、利用者の行動履歴を取得できること、記念カード販売による売上増などのメリットが得られる。

■公園に行こう(チーム名:公園に行こう)


公園に行こう

宮前区内の公園情報を提供するアプリで、地図上のマーカーを選ぶと公園の詳細情報を見られる。ターゲットユーザーは子育てをしている母親で、公園デビューに不安を抱いている人や、相談相手がいなくて孤独感に悩んでいる人などの不安を解消する。マーケソンでは、子育て情報誌「みやまえ子育てガイド とことこ&おでかけマップ」を発行している宮前区役所こども支援室のスタッフと、宮前区道路公園センターのスタッフにヒアリング調査を行い、公園の利用者側と管理者側の両方の立場から話を聞いた。こども支援室では「とことこ」のWeb版を準備中で、イベント情報などでアプリとの連携を検討中。有志のエンジニアチームで具現化することを考えている。また、企業が公園を使ってイベントを企画するためのプラットフォームとしての可能性も追求する。

■坂部(チーム名:坂で元気)


坂部アプリ

坂の多い宮前区をまるごとトレーニングフィールドにしようというコンセプトのアプリ。普通のトレーニング以上に鍛えたいランナーをターゲットとしており、カスタマーとしては川崎市内のIT企業や医療機器メーカー、スポーツメーカーなどを想定している。距離だけでなく鍛える部位や見たい景色を設定することによりおすすめルートを提示し、走行時は地図上にルートを表示して軌跡ログを記録できるほか、坂の勾配も調べられる。また、区内で開催されるスポーツイベントの情報も収録する。マーケソンでは元オリンピック選手やアメフト選手、走るのが好きな人などに参加してもらってフィールドワークを実施。マーケティング調査の結果、累積高低差による評価やタイムランキングの機能が欲しいといった意見や、「余計なものは不要で、コアな情報提供が集まっていることが重要」といった意見を得た。また、「ぐるっと宮前 声アプリ」とコラボしてアクティブセンターをつくったり、イベントを開催したりすることも検討する。イベントが大事であると考えており、協賛金などでアプリ運営につなげていければいいと考えている。

発表会後は参加者や有識者、関係者、応援者が集まり、今後の協業の可能性を視野を入れて対話を行った。その間、別室では審査員による審査も行われた。審査員は、国交省の西澤明氏や宮前区副区長の豆白保雄氏、川崎市総務局の飯島純一氏に加えて、ITを活用した地域課題解決に取り組む各地のコミュニティを支援する「Code for Japan」代表理事の関治之氏や、地域課題解決に向けたデータ活用に取り組むプロジェクト「アーバンデータチャレンジ」の実行委員長である関本義秀氏(東京大学生産技術研究所・准教授)、世界防災・減災ハッカソン「Race for Resilience」代表の古橋大地氏(マップコンシェルジュ株式会社・代表取締役社長)、一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)の坂下哲也氏、協力企業としてインクリメントP株式会社の米澤秀登氏、株式会社IDCフロンティアの大屋誠氏など。

審査の結果、「宮前区長賞」に選ばれたのは、「坂部」。宮前区副区長の豆白氏は講評として、「宮前区は坂が多く、その坂をなんとか克服して魅力に変えようと各チームで色々と取り組んでいただけました。日々、宮前区を歩いて、どれくらいの高さを登ったかといったデータがわかると、そこに住む人や働く人の励みになると思うので、ぜひアプリ化してほしい」とコメントした。なお、同チームは、マーケソン参加者の投票で選ばれる「G空間未来デザイン賞」も獲得している。


「坂で元気」チームのメンバーと審査員の豆白氏(右から2番め)、古橋氏(右端)

「川崎市長賞」に選ばれたのは、「観光レシピ」。川崎市の飯島氏は講評として、「観光産業との連携を考えていること、仕組みとしてはExcelからアプリが自動生成されるということで、参加する人のハードルも低くて、よく考えられていると思いました。川崎市の課題のひとつに魅力発信への取り組みが挙げられますが、このサービスは海外への発信も考えられているという点が、五輪を控えた今としてはタイムリーだと思います」と語った。

「国土交通省国土政策局長賞国土政策局長賞」に選ばれたのは「思い出坂のビンゴ」と「じじばばウォッチ」の2作品。「思い出坂のビンゴ」について国交省の西澤氏は、「古い写真を使うというアイデアは、地域の移り変わりがわかり、新しく越してきた人にとっても昔の様子がわかるのでいいと思います」とコメント。また、西澤氏自身もメンバーとして参加した「じじばばウォッチ」については、「開発中は実現性が低いのではないかと思っていたが、だからこそ『本当にこのようなサービスが実現できれば画期的だ』という意見を聞いて、なるほどと思った。今後の重要な課題は少子高齢化なので、そこにフォーカスした点もよかった」と語った。

審査員のひとりであるJIPDECの坂下氏は全体を通して、「ひとつの地域に集中してこのような取り組みを行ったのは日本では初めて」とコメント。また、プロジェクト主催者のひとつである慶應SDMの神武直彦氏は、「今回のプロジェクトはこれで終わるのではなくて、成果を活用して宮前区を良くしていかなければいけないし、ここで考えて議論したことを色々なところに広げていくのが大事だと思っています」と語った。さらに宮前区長の野本紀子氏も、「宮前区は今日蒔いていただいた種をむだにはしません。来年以降、一所懸命に肥料をやり、水をやり、育てて、木にして、林にして、全国的な森になるように努力していきたいと思います」と締めくくった。


宮前区長の野本紀子氏

世界初となる「マーケソン」という試みが行われた本プロジェクト。ここで生まれたアイデアやアプリが今後どのような形で具現化し、広がっていくかが注目される。

G空間未来デザイン
URL:http://gfuturedesign.org/wp/
2015/02/24

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