シビックテックの交流を促進、「CIVIC TECH FORUM 2015」レポート

シビックテックの交流を促進、「CIVIC TECH FORUM 2015」レポート


講演会場

2015年03月31日
TEXT:片岡義明

テクノロジーを活用した市民の手による地域課題の解決(シビックテック)の未来について語るイベント「CIVIC TECH FORUM 2015」が29日、東京・千代田区の科学技術館にて開催された。シビックテックのキーマンが集結したこのイベントの模様をレポートする。

今回が初の開催となる同イベントは、「CIVIC TECH FORUM 2015 運営委員会」が主催し、株式会社リクルートホールディングスがメインスポンサーで、雑誌「WIRED」などが後援している。開催に先立って運営委員長の鈴木まなみ氏は、「このイベントを開催した意図は、“シビックテック”という言葉がまだ固まっていなくて、みなさんがそれぞれシビックテックに対して色々な思いをもっているなかで、それを語る場がなかなかなかったというのがひとつ。もうひとつは、シビックテックというとアプリをつくったり、ハッカソンを行うことが多いのですが、もっと違った活動をしている人もいるので、そういう人たちに発信する機会をもっていただき、いろんな人に知ってもらいたいと思ったことです」と語った。

また、副委員長を務める株式会社たからのやまの本田正浩氏は、「今回のイベントでは、いろいろな講演やパネルディスカッションがありますが、じつはみなさんに『いろいろなことを勉強してもらいたい、インプットしてもらいたい』とは思っていません。僕らがいちばんやりたいことは、今日参加していただく人たちに交流してもらうこと、そして今後のために発信してもらうことです」と語ったうえで、会場内の壁に貼られた木の絵の上に、ピンク色の紙に今回のカンファレンスで得た希望や決意を書いて貼り、「シビック桜」を満開にしてほしいと呼びかけた。


会場となった科学技術館


鈴木まなみ氏(左)と本多正浩氏(右)


シビック桜

会場内は、おもに市民とITとの関わりをテーマにした講演やパネルディスカッションが行われるROOM Aと、ビジネス寄りの話をテーマにしたセッションが行われるROOM C、そしてその2部屋をつなぐ交流スペースとしてROOM Bが用意され、このROOM Bでは前述した「シビック桜」をはじめ、登壇者に直接話を聞ける交流スペースや子ども向けワークショップ、シビックテックの取り組みやツールの展示、ROOM AやROOM Cで行われたセッションの模様を記録したグラフィックレコーディングの展示などが行われ、参加者同士で活発な交流が行われた。


交流スペース

オープニングセッションには、各地のシビックテックコミュニティの支援を行う非営利団体「Code for Japan」の代表である関治之氏が登壇した。関氏はまず、東日本大震災のときに取り組んだ災害情報の配信サイト「Sinsai.info」の取り組みを紹介。同サイトはオープンソースのソフトウエア「Ushahidi」を利用して、震災が発生してから多くのボランティアが集まり、4時間後にWebサイトが立ち上がったことなどを振り返った。「今のシビックテックは、このような活動の延長線上にあるのだと、自分のこれまでの4年間を振り返ってみても改めて感じます」と語った。


関治之氏

「クリエイターがアイデアを思いつき、そのアイデアを実装するアプリケーションをつくってオープンに公開することで、『Sinsai.info』のように別のクリエイターがそれを利用することができます。別のクリエイターはパフォーマンスチューニングやバグ修正、機能追加などのカスタマイズを行い、元のアプリケーションにフィードバックをすることで、アプリケーションはより良いものとなっていきます。さらにそこにオープンなデータを用意すれば、いろいろな活動にすぐに応用できます。重要なのは、アプリケーションそのものが良くなっていくことだけではなくて、アプリケーションを使うことで、それをベースにしたコミュニティが生まれて、ソリューションや試行錯誤が共有されることです。それが今、オープンソースやシビックテックの活動が盛り上がってきている理由ではないかと思っています」と語った。


オープンソースソフトウェアの活用の流れ

さらに関氏は、「行政に不平不満を言うのではなく、一緒に手を動かして課題を解決する」というシビックテックの考え方を紹介し、海外ではすでにシビックテックがビジネスとして盛り上がっていると語った。その背景には「オープンガバメント」という考え方があり、オープンガバメントにはアイデアソンやハッカソン、勉強会など市民参加と対話の仕組みが必要で、政府・自治体のオープン化とともに市民コミュニティも進化する必要があると語った。

次に、基調講演として、東京大学工学部都市工学科・教授の小泉秀樹氏が登壇した。「まちづくり」や「コミュニティ・デザイン」を専門としている小泉氏は、まず“コミュニティ”のあり方は時代ごとに異なることを解説。従来は商店街や自治体などみんなの暮らしを支えるしっかりした組織(地縁型コミュニティ)をコミュニティと呼ぶ時代が長かったが、今はネットコミュニティなど同じものに関心をもつ仲間(テーマ型コミュニティ)のことを指してコミュニティと呼ぶように考え方が転換していると述べた。そのうえで、1998年にNPO法成立以降にテーマ型コミュニティが増えて、東京集中・地方衰退や少子高齢化などの課題を抱える中でコミュニティが再認識され、東日本大震災などをきっかけに若者がコミュニティの領域に関心をもち、どんどん入ってきているという今の状況を説明した。


小泉秀樹氏

さらに、「まちづくり」についても、そのルーツや歴史について解説した。神戸市の真野地区では古くから、住民が子どもの見守りや高齢者の入浴サービスなど、自分たちで課題解決するコミュニティ事業を展開し、みんなで課題とビジョンを共有して解決するという活動を70年台中頃から始めていたことを紹介した。そのプロセスとしては、ワークショップとアウトリーチ(地域に行う情報提供や意向収集)というふたつの手法を組み合わせており、真野では今でも活動を継続していると説明した。

そのうえで、コミュニティ・デザインやまちづくりの進め方について語った。今の日本の社会では、地域を代表するような明確な意思をもった組織がなかなか見当たらないため、まずは課題とビジョンを共有し、バラバラになっている人たちの考え方を確認したうえで、課題解決を呼びかける必要があると述べた。それを行うのはコミュニティ・マネージャーやコミュニティ・デザイナーの役割だが、日本ではこれらの人々が職業として成り立っていないという問題があるため、テクノロジーをもった人たちが活躍する場を作りにくい構造があると語った。

コミュニティ・デザインの具体的な手法としては、ステークホルダー分析やワークショップ、協議とアウトリーチ、コミュニティ・カルテ(住環境やコミュニティの点検など)、コミュニティカフェやリビングラボの創設を挙げた。ステークホルダー分析では、ひとりのキーパーソンに話を聞きに行き、次の回答者を紹介してもらう(スノーボーリングメソッド)ことで、地域の全体像や人間関係などをしっかり調べて、その地域がどんな課題や資源をもっているかを確認することが大切だと語った。このほか、アウトリーチの技法として、公開ワークショップや討論会、個別意見収集、アンケートやニュースレターの配布、Webサイトやメーリングリストの利用などを挙げた。


「コミュニティ・デザイン」や「まちづくり」の手法

小泉氏は講演の締めくくりとして、「アメリカ型社会を目指していた従来の日本では、政府がコントロールし、市民はただその上を走っていれば良かったが、今はモデルのない時代なので、新しいモデルをつくらなければなりません。そういうなかで政府が果たせる力は弱く、もっと企業や市民が力を発揮しなければならない。市民社会の力を発揮させるという面で日本は弱く、この領域を広げながら“公共”の領域をいかに埋めていくか、つまり市民と企業がいかにコラボして地域課題を解決するかというチャレンジの時代になってきていると思います」と語り、そのためにもシビックテックに取り組む人がきちんと活躍できるような社会的条件が必要で、それをみんなでつくりあげる必要があると語った。

もうひとつの基調講演として、米国のシビックテックコミュニティ支援組織「Code for America」の米中西部地域のコーディネーターを務めるクリストファー・ウィテカー氏が登壇。自身はエンジニアではないというウィテカー氏は、シカゴで毎週開催されているシビックテックのイベント「OpenGov Hack Night」の共同運営者で、エンジニアやデザイナー、市民団体、行政などを結びつける活動に取り組んでいる。ウィテカー氏はシカゴにおける最近の実績として、近隣住民が空き地を1ドルで購入し、有効活用するためのアプリ「Largelots.org」や、誤ってつくられた犯罪記録を住民自身が抹消するためのアプリ「Expunge.io」、TwitterやWebサイトのフォームによって市民から食中毒情報を集めるアプリ「Foodborne Chicago」などを紹介した。


クリストファー・ウィテカー氏

ウィテカー氏は、シカゴでのシビックイノベーションのエコシステムは、データをもつ行政とさまざまな能力をもつ市民、そして組織的支援を行う市民団体の三者によって形成されていることを述べたうえで、Code for Americaも世界のさまざまなブリゲイドネットワークとつながっていることを紹介。「シビックテックに取り組みたいと思うならば、各地の“Code for”の活動にぜひ参加してください」と締めくくった。

このような講演に加えて、シビックテックのキーマンを迎えてパネルディスカッションも開催された。「ローカルコミュニティを育てる~ITとローカルコミュニティとは融合する!?~」というテーマのパネルディスカッションでは、カマコンバレー有限責任事業組合/株式会社グローバルコーチングの本多喜久雄氏がパネリストとして登場。カマコンバレーは神奈川県鎌倉市のIT経営者が集まって約2年前に設立された組織で、現在は法人26社、個人73人が参加しており、「この街を愛する人を、ITで全力支援!」を目標に、鎌倉を良くする活動に取り組んでいる。

本多氏はこのようなコミュニティが成功するために必要な人材として、“言い出しっぺ”となるキーマンに加えて、こまごまとした事務を行う人、そして場づくりや雰囲気づくりを行う“盛り上げ役”が必要であると語り、カマコンバレーはその3つの要素が揃った組織であると語った。同組織はこれまで、鎌倉市議会議員選挙において「立候補予定者比較サイト」を構築し、候補者との対話の会や飲み会を開催したほか、定例会を開催してブレインストーミングを行ったり、クラウドファンディングサービス「iikuni」を提供したりしている。また、他地域との交流も積極的に行っているという。本多氏は、このような組織への参加者のモチベーションを上げる方法として、「初めての人でも、2回めの人でも、どんな人でも来たら『楽しかった』と絶対に言わせることが大切」と語った。


本多喜久雄氏(左から2番め)

パネルディスカッションに加えて、日本各地のさまざまな事例発表も行われた。そのなかのひとつとして、一般社団法人マチのコトバ徳島の代表理事を務める滑川里香氏が登壇し、「だれでも参加できる、社会をつくる取り組み」と題して講演を行った。“つまもの”の生産地として知られる徳島県上勝町に住む滑川氏は、過疎地域を元気にする活動に取り組んでおり、最近の事例として、学習塾のない上勝町において、ビデオ会議システムを使って子どもたちが現役東大生に勉強を教えてもらう「上勝東大塾」を実施したことを紹介した。

そのうえで、「“田舎”でITを使わせるコツ」として、「地域への想いの強いキーパーソンを探す」「自分たちが儲けることをチラつかせない」「ITの利活用によって地域の人たちが得することが大事」「本当に必要なものにITを使う」「ITだけではダメで、アナログと一緒に使う」「地域に根付き、地域の人たちの信頼を得る」といったことなどを挙げた。


滑川里香氏


上勝東大塾

このほか、ROOM Cでは、イベント参加者が自分の話したいテーマを発表し、興味のある参加者同士が集まって話すアンカンファレンス(参加者がテーマを出し合って話し合うカンファレンス)も開催された。「食物アレルギーの子どもたちをITで救うには?」「“小さな編集部”からはじめるコミュニティの作り方」「Wi-Fiアクセスポイントをきっかけに地域を周遊してもらうには、どんな仕掛けがあったらいい?」「産後ケアのアプリで母だけでなく周囲の理解を促進するには?」「オープンソースとオープンデータ、ガバメントをどうやってくっつけるか?」「公共のキッチンを有効活用するには?」「防災アプリの日常的な利用について」など、さまざまなテーマで議論が行われた。


アンカンファレンス

交流スペースの設置やアンカンファレンスの実施など、ただ登壇者の話を聞くだけでなく、参加者同士で交流を深められるようにさまざまな仕掛けが用意されていた今回の「CIVIC TECH FORUM 2015」。パネルディスカッションにおいても、モデレーターが用意してきた質問を投げかけるのではなく、パネリストが立ち上がって参加者席を巡って質問したいテーマを聞いたり、参加者同士で対話の時間を設けたりと、交流のきっかけがいたるところにあるイベントだった。ここで生まれた参加者同士のつながりによって、また新たなシビックテックの動きが生まれる可能性もある。今回が初開催となる同イベントだが、シビックテック関係者がつながるきっかけを提供するイベントとして、来年以降も続いていくことを期待したい。

CIVIC TECH FORUM 2015
URL:http://wired.jp/special/ctf2015/
2015/03/31

2015年03月29日

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