資料発掘で地域の歴史・文化の掘り起こし―国立国会図書館が所蔵データの活用を考えるワークショップ開催

資料発掘で地域の歴史・文化の掘り起こし―国立国会図書館が所蔵データの活用を考えるワークショップ開催

2015年8月12日
TEXT:片岡義明


国立国会図書館デジタルコレクション

国立国会図書館(NDL)は、地域のオープンデータ活用の推進を支援する「アーバンデータチャレンジ2015(UDC2015)」プロジェクトのデータ提供・支援拠点として協力することにあわせて、同館が所蔵するデータの利活用を考えるワークショップ「NDLデータ利活用ワークショップ」を8日、東京本館の新館3階にて開催した。

同イベントは、同館が所蔵する「国立国会図書館デジタルコレクション(略称:デジコレ)」の資料248万点から、地域の歴史・文化を掘り起こす取り組みを体験できるワークショップ。参加者がグループごとに分かれて、デジコレを使ってさまざまな地域テーマに関するデジタル化資料を探し出して、ウィキペディアの記事を編集することを想定して記事の内容を検討する。参加者としては、各地の図書館司書や研究者、エンジニア、図書館資料に興味のある一般市民など幅広い層の人々が集まった。


会場全景

当日は、まずワークショップの準備として、参加者に対してオープンデータやウィキペディア、デジコレなどに関する知識をインプットするため、短めの講演がいくつか行われた。最初に登壇したのは、UDCの実行委員であり、OKFJ(オープンナレッジファウンデーションジャパン)の事務局長である東修作氏。東氏は、東日本大震災において、政府・自治体のサイトに掲載されたデータを二次利用するために個々に許可を求める必要があったため、避難所情報を使うのに苦労した体験を例に挙げて、オープンデータやオープンガバメントの必要性について語った。さらに、オープンデータやオープンガバメントは「透明性の確保」「市民参画」「経済効果」などを実現するための手段のひとつであり、短期的に効果が出るものではない、とも語った。「オープンデータやオープンガバメントは、荒れ果てた原野に水が少しずつ行き渡って、少しずつ豊かになるようなものだと思っています。それらは他人のために取り組むものでなく、巡り巡って社会全体のためになる、そのような活動だと思っています」(東氏)


東修作氏

続いて、UDC実行委員/インディゴ株式会社の高橋陽一氏が、「地域を紐解く端緒としてのウィキペディアタウンの取り組み」というテーマで講演を行なった。「ウィキペディアタウン」とは、ワークショップやイベント形式で地域の文化財や観光名所などの情報を調べて、その成果をウィキペディアの記事にまとめる一連の取り組みのこと。高橋氏はウィキペディアタウンの効能として、「地域差を紐解く端緒(きっかけ)になる」「多分野/多世代交流の契機になる」「findability(見つけやすさ)が向上し、ウィキペディアの記事に書くことで、検索エンジンなどですぐにヒットするようになる」「図書館資料への導線になる」といった点を挙げた。さらに、地域の古写真のアーカイブ化にも有効であると述べた。「地域の古写真は地元の人しかもっていないので、これらを集めてオープンライセンスでアーカイブ化することで、次の世代に継承できますし、集めた写真は、写真から地域資産を紐解くなど、さまざまな用途に利用できます」(高橋氏)


高橋陽一氏

3番目に登壇したのは、ウィキペディア日本語版管理者/編集者の日下九八氏。日下氏はウィキペディアの編集について覚えてほしいこととして、「ウィキペディアは独自研究を載せるものではなく、百科事典である」「なにを見て書いたのかを書く」の2点を挙げたうえで、ウィキペディアの効能について語った。「自分が調べたことをほかの人にも伝わりやすいようにまとめて書き、それがオープンライセンスとして公開されるウィキペディアの活動を通して、オープンデータやオープンガバメント、オープンアクセスといったさまざまな方面とつながっていくことができます。ウィキペディアは誰が参加してもいいし、各人が自分の得意分野を有効に活用することで、ウィキペディアを介して色々なものが凝縮してまとまっていくことができます。そのため、ウィキペディアタウンも色々なところで受け入れられるようになってきました」(日下氏)


橋詰秋子氏


パブリックドメイン資料の見分け方

最後はNDLの電子情報流通課標準化推進係長の橋詰秋子氏が登壇し、「国立国会図書館デジタルコレクション」の紹介および使い方の解説を行なった。デジコレはNDLが収集・保存したデジタル資料を検索・閲覧できるようにしたデータベースで、「NDLが所蔵資料をデジタル化したもの」「NDL以外の機関がデジタル化したもの」「国の機関等がウェブサイトに掲載した刊行物」の3種類で構成される。その内容は「図書」「雑誌」「古典籍」「博士論文」「官報」「新聞」「歴史的音源」「電子書籍/電子雑誌」など13のコレクションに分かれている。これらの資料はそれぞれ、「本文までインターネットで公開しているもの(インターネット公開)」「デジタル化資料送信サービス参加館およびNDLの館内で閲覧できるもの(図書館送信資料)」「NDLの館内でのみ閲覧できるもの(NDL館内限定)」の3つの公開範囲が設定されている。橋詰氏はデジコレの検索方法を解説するとともに、検索結果の中からパブリックドメイン資料(著作権の保護期間が満了した資料)の見分け方についても解説した。

インプットが行われたあとは、参加者がテーマごとに5~6人のグループに分かれてワークショップが実施された。テーマは、各地の図書館の司書が、各地域に関連のあるテーマを選んだほか、「写真」という大きな括りでのグループもつくられた。各グループでは、デジコレを使ってウィキペディアの記事に掲載できそうなデジタルコンテンツや記事執筆に使えそうな参考資料を探し出し、リスト化していった。また、ウィキペディアの記事編集を行いたい人向けに、実際に編集作業を行うグループも用意された。

ワークショップ中は、各テーブルに設置されたノートPCなどでデータを探しながら、参加者同士で活発な議論や情報交換が行われた。また、参加者が見つけたデータを記入するための作業メモ用の資料リストも配られて、ここにURLやウィキペディアに書く場合のタイトル、検索キーワード、資料がどれくらい”使える”かどうかの評価なども書き込んでいった。


ワークショップの様子

ワークショップ終了後は、各グループがそれぞれ成果を報告した。以下に、その成果を紹介する。

■テーマ:古写真
パブリックドメインの古写真を集めてウィキメディア・コモンズ(自由に利用可能なメディアファイルを集めるデータベースプロジェクト)に登録することを目指したチーム。2チームに分かれて、ひとつは「多摩川」をテーマに収集し、もうひとつは過去の災害に関する古写真を集めた。その結果、多摩川に関連のある写真2枚をウィキメディア・コモンズに登録することができた。災害チームはインターネット公開であまりいい写真を見つけられなかったが、パンフレットのなかで良さそうな写真を見つけることができた。


多摩川に関連した古写真

■テーマ:ウィキペディア編集
ウィキペディア編集を体験することをテーマとしたチームで、調べるテーマとしては、古めの資料があるものということで“シーソー”を選択。シーソーが通称「ぎったんばっこん」など、さまざまな呼ばれ方をしていることや、シーソーの歴史についていくつか加筆した。アカウントを取って加筆を行なったメンバーは3人いて、発表ではそれらの編集履歴を紹介した。


ウィキペディアの編集履歴

■テーマ:統計データ
当日枠として提案されたアイデア。デジコレには昔の統計データが多く残っているということで、地域ごとにさまざまな統計があり、なかにはアマチュア統計の手によるおもしろい統計も残っているのではないかということで調べた。結果、明治8年に有志によって刊行された「内国表」や、1883年の家計簿である「家政統計簿」、明治に刊行された「愛知県河川水量年報」などを発見した。これらの資料は統計という体を成していない部分もある一方で、たとえば「内国表」では雑多なデータを紹介するという点で現在のウィキペディアにも通じるところがあり、データの収集から活用まで、今のオープンデータやオープンガバメントにつながる動きがあったのではないか、という感想で締めくくった。


内国表

■テーマ:延遼館
東京都立多摩図書館からの提案。オリンピック開催に向けて東京都が19世紀後半に存在した迎賓施設「延遼館」の復元を目指しているということで、同館について調べた。同館は現在の浜離宮に存在した館で、デジコレで検索すると20数件がヒットし、そこからキーワードを拾ってきて調べたほか、国立公文書館などデジコレ以外の資料も調べた。その結果、延遼館の位置がわかる浜離宮の庭園の地図や、同館が所蔵していた焼物や当時の料理の再現資料、ジョサイア・コンドル博士による家具什器類の意匠、天覧相撲の様子を描いた絵、明治天皇とグラント将軍との御対話筆記などが見つかった。延遼館というキーワードひとつで、歴史、設備、施設などさまざまな方向に展開していくと、ウィキペディアに書けるような色々なネタがあるということがわかった。


浜離宮の庭園の地図

■テーマ:二宮尊徳(二宮金次郎/二宮金治郎)
神奈川県立図書館からの提案で実施したテーマ。すでにウィキペディアに充実した記事が載っているため、作業を行う前にひと通りウィキペディアの記事を読み、見当を付ける作業を行なった。その結果、引用などを含めて付け足せる部分が色々と見つかった。たとえば二宮尊徳には「二宮金次郎」や「二宮金治郎」など名前に諸説あり、それぞれ検索するとヒットする資料も異なるということがわかった。また、二宮尊徳の銅像については、官報に二宮尊徳の銅像に関する記事が多く載っていることや、最初の石像らしいものが昭和2年に博覧会に出展されていたなども発見した。さらに、銅像が載っている広告の比較なども行なった。二宮金次郎というキーワードひとつで、時間軸も空間軸も大きく広がりを見せることができた。


名前別の検索ヒット件数

■テーマ:軽便鉄道/南部葉たばこ
岩手県立図書館からの提案。かつて岩手県に存在した鉄道事業者である「岩手軽便鉄道」について調べた。ウィキペディアにはすでに詳しい説明があるため、なにか画像で追加できるコンテンツはないかどうかを探し、北上川鉄橋や柏木平駅などの当時の写真を発見した。もうひとつのテーマは岩手の特産品である「南部葉たばこ」で、ウィキペディアでは葉たばこの生産地に岩手県が含まれていなかったため、きちんと調べたうえで加筆したほうがいいのではないかという話になった。また、岩手県では伊達藩の働きかけでタバコが入ってきたという情報も発見し、これも調べたうえで加筆できるかもしれないという話になった。


葉たばこに関する資料

■テーマ:街道
古代から日本は道で結ばれているということで、「街道」というテーマで調べた。今回は五街道の起点である日本橋の絵を探し、安藤広重「東海道五十三次」の“日本橋”や、明治時代で木造の橋が残っている絵のほか、明治や大正、昭和初期に撮影された日本橋の写真なども発見した。このほか、関東大震災で被災した日本橋の航空写真も発見した。


明治時代の日本橋を描いた絵

終了後、NDL関西館の主任司書(電子図書館担当)である兼松芳之氏が全体講評を語った。「各チームの様子を見て回っていましたが、みなさん1人ひとりが、あるテーマに対してそれぞれ色々な方向へと興味を広げていけたと思います。このように、地元の話題から色々な方向に展開し、ほかの人から出たテーマと結びついて思わぬ方向へと展開していくという、色々な方向におもしろがる感覚をもち帰っていただくことが本日のいちばんの成果ではないかと思います。デジコレは巨大なデジタルの“蔵”のようなもので、決してきれいに整理されているわけではなく、検索してもすぐに目的のものは出てこないと思いますが、掘り起こしていくと『こんなところにこんな宝が』という発見がありますので、デジコレ内をもっと探ってみなさんの興味を深めていただきつつ、それをぜひ表に出していっていただきたいと思います」(兼松氏)



■URL
イベント公式サイト
URL:http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/20150808dataws.html
国立国会図書館デジタルコレクション
URL:http://dl.ndl.go.jp/
アーバンデータチャレンジ2015
URL:http://aigid.jp/?page_id=1175
2015/08/12

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