Mac OS X LionとApple TVの深謀遠慮
Mac OS X LionとApple TVの深謀遠慮
2010年12月28日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
今回はMac OS X LionとAppleTVについて書いておきたい。
システム全体の64ビット化やオプティマイズを主体とした現行のMac OS X Snow Leopardで、Mac OS Xの開発は一度踊り場を迎えたように見えた。しかし、Mac OS X Lionでは、再び革新というベクトルに大きく舵を切ることになる。一言で表せば、それは、デスクトップ&ノートコンピュータ用のOSとしてのパワフルさも進化させつつ、ユーザー体験をiPhoneやiPadなどのiOSデバイスに近づけていくということだ。
米Apple社は、マルチプラットフォーム対応のiPodでマインドシェアを得たユーザーをiPhone/iPod touchに導き、iPhoneの評判をiPadに結びつけ、そして今度は、iOSデバイスの使い勝手をフルスケールのコンピュータOSに持ち込むことで、再びMac OSを次世代環境へとジャンプさせようとしている。
実は、そのための実験と準備はMac OS用の純正アプリケーションを利用して、着々と進められてきた。具体的には、マルチウインドウインターフェイスから離れてアプリごとにシングルウインドウで完結するユーザーインタフェースの構築と、そのウインドウが全画面を占有するフルスクリーンモードの実現だ。
かつて、シングルタスクOSの時代には、ひとつのアプリケーションがマルチウインドウ展開を行うことには問題はなかった。また、マルチタスクでも、一度に利用するアプリケーション数が少ないうちは、さしたる混乱もなかった。ところが、マシンの性能と仕様が強化され、CPUもメモリも多数のソフトウエアの同時実行を問題なく行えるようになってくると、デスクトップはウインドウの洪水となり、クラッター(ざわめき、ゴタゴタ)と呼ばれる雑多な状態が生み出されてきた。
米Apple社はこの問題に対処するために、数年前からiLifeやiWorkなどの純正アプリケーションをシングルウインドウ化し、Exposeなどのインターフェイスアイデアに取り組んでいた。つまり、アプリケーションごとのウインドウ割り当てをひとつに限定すると同時に、数あるウインドウの中から目的のものを選びやすくする工夫を行ったのである。そして、経験を重ね、iPhoneやiPadの成功からその方向性の確かさに自信を得た結果、満を持してMac OS Xへのインプリメンテーションに踏み切ったと言える。
Mac OS X Lionでは、サードパーティ製のアプリケーションに関してもシングルウインドウ化を推奨し、フルスクリーンモードで利用したときに、そのソフトの環境にユーザーが集中できるようにする。それと同時に、新たなシングルウインドウアプリケーションと既存のマルチウインドウアプリケーション、そして、ダッシュボードのウィジェットを縮小化して一覧できる「Mission Control」を、現在のExposeの進化系として提供し、ウインドウ間(Lionが目指す理想の環境下では、これはアプリケーション間を意味する)を自由に往き来できる仕組みを整える。
さらに、各アプリケーションをアイコン化してデスクトップ上に直接格子状に並べたような表示になる「Launchpad」は、まさにiPhoneやiPadのホーム画面を再現したものであり、その方法論に慣れたユーザーは、Finder画面の代替としてこちらを利用できるのである。
これを見て筆者は、'90年代初頭に、米Apple社がエントリーユーザー向けに用意した「At Ease」を思い出した。当時は普及には至らなかったその基本アイデアも、iOSデバイスが道筋をつけた今ならば、当たり前のように受け入れられる可能性は高い。そして、ダウンロード購入から自動インストール&アップデートまで、iOSデバイス向けのApp Storeと同じ利便性をMacintoshにもたらすMac App Storeの存在も、より幅広いユーザー層にMacintoshを受け入れてもらうための後押しとなるはずだ。
一方、第2世代のApple TVは、すでに販売台数が100万台を突破したが、これは初代モデルでの試行錯誤の末にたどり着いた映像コンテンツのストリーミングレンタルという割り切り方が、市場に受け入れられた証拠である。対するGoole TVが、既存のテレビ番組上にオーバーレイされるインターフェイスコンセプトが番組制作者の不評を買い、また、番組スポンサーとは無関係な広告を表示して企業や広告代理店からもブーイングを受けているのとは対称的だ。
Apple TVは、既存のテレビ番組の表示とはまったく切り離されており、ハードウエアとしてのテレビは単なるディスプレイとして利用されるだけなので、上記のような問題とは無縁であるばかりでなく、早晩、フルにiOSデバイス化されて、ゲームをはじめとするアプリや、iADを通じた広告配信のプラットフォームとしても機能するようになるだろう。その上で、リビングでApple TVで途中まで見た映像の続きを、出勤途中のiPhoneやiPadでシームレスに楽しめる(逆も可)ような、真の映像のユビキタス化のためのプラットフォーム構築に、大きな役割を果たすと考えられるのである。
Mac OS X Lion
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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。