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コラム

2017.8.7 MON

アップルのエンジニアが社内の研究成果をWeb公開…

アップルが開設したブログ「マシンラーニング・ジャーナル」を始めた真意とは?

2017年8月7日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)
つい最近、アップルはWeb上に"Machine Learning Journal(マシンラーニング・ジャーナル)"というブログを開設した。その名の通り、機械学習に関するアップル社内の研究の進捗状況や成果を外部のデベロッパーや研究者、学生などと共有するためのもので、執筆者は実際にその業務に就いている同社のエンジニアである。アップルが、突然内部情報の公開に踏み切ったのにはどのような意図があるのだろうか。ライバル他社の動向とアップルの立ち位置からその思惑を考察する。

▷なぜAIではなくマシンラーニングなのか?

そもそもアップルが、内部的に行なっていることを、このような形で公開するのは珍しく、異例とすらいえる。'90年代には、参加者に今よりはるかに厳しい秘匿義務が課されていたWWDCのセッション内で、ATG(アドバンスト・テクノロジー・グループ)が研究中だった音声認識やペンコンピュータに関する話を聞けたりはしたが、それを社外の人間とオープンにディスカッションするようなことはなかった。

ところが、今回のジャーナルでは、広く質問やフィードバックも受け付けており、情報共有という側面をかなり重視している印象が強い。

原稿執筆時点での実質的な記事は1本のみ。アップルは、人間の脳を模したニューラルネットワークベースのマシンラーニングに注力しているが、効率良く学習させるには、できる限り多くのサンプルをシステムにフィードする必要がある。記事内では、データ収集を最小限に抑えながら、大量の学習を短時間で行うために、サンプルを人工的に生成し、しかも、現実世界のサンプルと区別がつかないほどリアルなものとするための手法が、目のイメージを使った例を用いて論じられている。

実際に、他社の自動運転車のためのソフトウェア開発では、制約の多い現実の道路でのテストを行う前に、クライムアクションゲーム「グランド・セフト・オート」(ゲームのテーマ自体は重犯罪を扱っているが、シミュレートされた仮想世界のリアルさが特徴)を利用した試験走行が重視されるなど、機械学習におけるバーチャルデータの重要性は急激に高まりつつある。その観点からも、第一弾の記事内容は、とてもタイムリーな話題を扱っているといえる。

しかし、2つの疑問が湧いてくる。1つは、なぜテーマがマシンラーニングであってAI(アーティフィシャル・インテリジェンス)ではないのか? そしてもう1つは、なぜ研究中の内容を外部に向けて発信するのか? だ。

▷人材募集とパートナー探しを兼ねる?

前者については、そもそも2つの概念は互いに関連していても別々のものであること。また、定義そのものに幅のあるAIというバズワードよりも実体が明確なマシンラーニングのほうが、絞り込んだディスカッションを行いやすいこと。さらに、現実にマシンベースのディープラーニングこそがAI攻略の鍵となる、とアップル自身が考えていることなどと無関係ではないだろう。同社には、買収後のSiriの音声認識に関するエラーレートを、ニューラルネットワーク技術の採用によって半減した実績があり、その際にもディープラーニングが大いに貢献している。

後者については、ライバル他社に比べてこの分野での存在感が薄くなりがちなアップルだけに、今後の人材確保の面からも、自分たちのアプローチのユニークさを外部へ発信していくことが、秘密裏の開発よりも重要度の点で上回った結果ではないかと考えられる。つまり、OSの技術者やプロダクトデザイナーであれば過去のアップル製品に共感して応募してくる人材もあるが、縁の下の力持ち的なマシンラーニングについては表立ったアピールポイントがなく人が集まりづらい。ならば、そのアピールポイントをブログを通じて作り出そうというわけだ。

また、ブログによってアップルの方向性がわかれば、関連技術を持つ企業がアプローチしてくる可能性もある。アップルのことゆえ、業界の情報収集は欠かさず行っているはずだが、それと並行して、この分野に関しては常に門戸を開けていますよという意思表示を、あえてしているのだとも受け取れる。


▷待たれる日本語・主要各国語版

折しもグーグルは全面的に「AIファースト」戦略を推進中だが、そこまでのスローガンは掲げていないアップルも、純正AIチップの"Apple Neural Engine"(仮称)を開発中と噂されており、ティム・クック自らが「自律システムは、(自動運転車に限らず)すべてのAIプロジェクトの母のような存在」とインタビューで答えるなど、社内では様々な応用研究が進められている様子である。

ただし、自社サービスを通じて収集したユーザー情報や写真をディープラーニングに活用できるグーグルやアマゾン、あるいはフェイスブックとは異なり、プライバシー重視の姿勢を打ち出すアップルは、AI関連のプロジェクト開発において不利と思われてきた部分がある。しかし、マシンラーニングのためのサンプルを人工的に生成し、しかも、その特徴が実在のサンプルと見分けがつかなくなれば、同社はそのポリシーを崩すことなく、自律システムの開発と実用化を推進することができるようになる。

また、アップルは、OSだけでなくハードウェアも統合的に開発できることが、今後の自律システムの性能のカギを握ると考えている。その理由としては、たとえば集音マイクの数や位置、制御ソフトウェアとの相性の最適化などが、性能に大きく影響するためだ。グーグルやアマゾンも、スマートスピーカーに関しては自社設計だが、ライセンス先のハードウェアのディテールまではコントロールできない。アップルは、これまでもそうだったように、最良のユーザー体験のために、すべてを自社の管理下で開発する道を選んだのだ。

このような状況を踏まえて考えてみると、マシンラーニング・ジャーナルが英語版のみという現状は、最大限のリーチを目指す上で十分とはいえない。今のアップルであれば予算を潤沢に確保できるはずなので、1日も早く、日本語版をはじめとする主要各国の言語に対応したローカライズバージョンの開設を望みたいと思う。

ちなみに、うがった見方ではあるが、アップルが実戦的な人材確保を念頭に置き、英語によるコミュニケーション能力で読者(および、研究者や学生、応募者)をフィルタリングする意図があるならば、話は別だ。

いずれにしても、今後、マシンラーニングに関してどのような内容のポストが行われていくのか、興味を持って見守りたいジャーナルである。



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[筆者プロフィール]
大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。

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