「新型MacBook ProとiPhone 3G Sが示す不況下のモデルチェンジ手法」
「新型MacBook ProとiPhone 3G Sが示す
不況下のモデルチェンジ手法」
2009年6月17日
TEXT:大谷和利
(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
サプライズとなったMacBook Proラインの
ビッグマイナーチェンジ
ジョブズ不在のWWDCが、滞りなく終了した。キーノートでは、ワールドワイド・プロダクト・マーケティング担当副社長のフィル・シラーが、カリスマ性には欠けたもののジョブズの代役をそつなくこなしていた。
ユニボディMacBookのPro昇格や、13インチ/15インチモデルへの非脱着式バッテリとSDメモリカードスロットの採用を目玉とする、MacBook Proラインのビッグマイナーチェンジは、予想されていなかっただけにある意味で新型iPhoneの登場よりもサプライズと言えた。
iMacに続く大胆なプライスカットは、不況下にあって、売れている商品をさらに魅力的な存在にして業績の維持につなげようとする堅実なビジネス戦略の一環と言える。
新しいMacBook Proファミリー。13インチモデルが134,800円からと、
従来より最大40,000円のプライスダウンが行われた
今回の改良は筐体設計の変更を伴うものだが、金型不要の切削加工によるユニボディはこうした状況に対処しやすく、早くもそのメリットが威力を発揮した形だ。しかも、非脱着式バッテリの採用はパーツ数の削減につながり、コストダウンにも貢献している。
確かにバッテリーが交換できるに越したことはないが、現実に標準バッテリによる駆動時間が延びた今、予備バッテリを持ち歩くユーザーがどの程度いるのかを考えたとき、あえて非脱着式にするのもひとつの選択肢だ。
もちろん、アップル社は、過去のノートMacにおける交換用バッテリの販売データを持っており、ここに至るまでにMacBook Airと17インチのMacBook Proで非脱着式バッテリの実績を積んできた。その結果が今回の決断に至ったとすれば、それなりに説得力のあるフィードバックが市場から得られているものと思われる。
SDカードスロットの搭載は、いよいよアップル社も、デジタルカメラの世界で事実上の業界標準規格となったSDメモリカードを無視できなくなったことを示している。
しかも、このスロットは、デバイス系のSDカード(GPSやネットワークカードなど)には対応していないものの、システムブートには使える規格になっている。次期Mac OS XであるSnow Leopardが、現行システムのLeopardに比べて約半分のインストールサイズで済むことを思うと、何か興味深い展開が待っていそうな予感もする。
3Gのボディデザインから変更のない点が
新型iPhoneのサプライズ
そして、新型iPhoneも「3G S」として発表されたわけだが、こちらのサプライズは、筐体デザインが細部の寸法に至るまで既存の3Gと同一だった点だ(実際には、裏面の製品名を示す文字が、3Gのグレーに対して、アップルロゴと同じクローム処理になっている)。ここにも、不況を乗り切るためのアップル社なりの方針が見て取れる。
まず、同社はiPhone 3Gで確立したデザインがひとつの完成形だと考えているということ。従来から同社は、半年ごとに外装変更するようなケータイマーケティングとは無縁だったわけだが、今回の3G Sによって、目先のモデルチェンジは必要ないというメッセージが一層明確に打ち出されたことになる。
AppleのサイトよりiPhone 3G(左)とiPhone 3G S(右)。
筐体デザインが変更ない点にAppleの姿勢が現れている
次に、3Gモデルも併売されるため、既存のユーザーを含めて3Gオーナーに肩身の狭い思いをさせないという配慮が感じられる。と同時に、3Gと3G Sモデルの外観を等しくしたことで、街中で誰が見てもiPhoneとわかる個体数が増え、消費者に対して、普及しているというイメージを印象づけられる面もある。これは、初期のiPodのときにも見られたマーケティング手法だ。
そして、もしかすると最も重要なのは、加速する需要に応えるために、既存の設備をそのまま利用して3Gモデルと同じ外装パーツを大量に作ることができるという、コストと量産上のメリットかもしれない。
すなわち、iPhoneは売れているからこそキープコンセプトのモデルチェンジを行ったのであり、その意味でも新しい携帯ツールの在り方を示したと言えるのである。
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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/)アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。