「アップルがネットブック市場に参入?」

「アップルがネットブック市場に参入?
出そろったナレッジナビゲータの基礎技術」
2009年4月27日
TEXT:大谷和利
(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
アップル流の市場を切り拓く可能性
2009年4月22日、療養中のスティーブ・ジョブズCEOに代わってアップル社の1~3月期決算報告の電話会見を行ったティム・クックCOOは、改めて現在の他社製ネットブックを「がらくた」と決めつけ、さしあたって市場参入の予定がないことを再確認した。

アップル COO Tim Cook氏
だが、その一方では「革新的な製品を提供する目処が立てば参入する。この分野に関する興味深いアイデアはいくつか持っている」と、やはり前回の決算報告時にジョブズが付け加えたのと同じコメントを繰り返すことを忘れなかった。
果たしてアップル社は、ネットブックを開発しているのだろうか? そして、ネットブック市場に参入するのだろうか?
個人的には、その答えははっきりしているように思う。すなわちアップル社は「いわゆる」ネットブックは開発していないし、「いわゆる」ネットブック市場には参入するつもりなどないということだ。
おそらく、彼らが革新的と考える「何らかの製品」はすでに開発中である可能性が高い。というより、もちろんアップル社も常にいくつかの製品プロジェクトを並行して走らせているわけであり、その中にiPhone/iPod touchとMacBookの中間的なハードウェアが含まれていてもおかしくない、と考えるほうが自然だ。
ただし、その製品を実際にリリースするかどうかは、また別の問題である。しかし、間違いなく言えるのは、市場や経済の変化によって発売すべき理由が見つかったときに、必要な製品が開発されてないという状況だけは避けるべきだということ。そのためには、リリースの可否は後から決めるとしても、常に裏プロジェクトを走らせておく必要がある。
iPod videoやインテルMacの例でもわかるように、アップル社が外部からの質問に答えて否定した製品は、たいていの場合、社内での開発が進められており、インフラやタイミングが熟した時点で急にその姿を現してくる。この流れで行くならば、やはりアップル流のネットブックプロジェクトは進行中なのであり、しかも発売されるとすれば他のネットブックとは異なる市場構造を自ら切り拓くことを目指すだろう。
出揃ったナレッジナビゲータ実現のためのテクノロジー
私見では、その手がかりは次世代iPhoneのためのシステム「iPhone 3.0」の中にある。iPhone 3.0では、音声認識・合成機能が大幅に強化されていると言われており、既に定評あるマルチタッチUIにスピーチを組み合わせることによって、ユーザビリティにさらに磨きをかけてくることが予想されるのだ。
一般に、音声による指示は、操作内容を伝えるのに向いているが、操作が適用される場所を示すには不向きである。
たとえば、グラフィックツールをスピーチでコントロールする場合、色やツールの選択はカラー名やツール名をそのまま口にすればよいが、どの線をその色にするのか、あるいは、どこをその色で塗りたいのかを声だけで指定するのは難しい。同様に、ワープロや表計算ソフトに入力するテキストやフォントの種類・サイズは音声で指示しやすい反面、文章の範囲選択や入力セルの選択は無理ではないとしても冗長になる。
逆に、タッチによるポインティングは位置や範囲の指定は得意だが、文字入力やツールはいちいちソフトキーボードから目的のキーを拾ったり、メニューやツールパレットから利用するコマンドやアイテムを選び出さなければならない。
もしも、現在のiPhoneのようにハードウェアキーボードを使わないという前提に立てば、タッチ操作によって画面上の操作対象の位置や範囲を指定し、音声によって操作の指示内容を伝え、必要に応じて補助的にソフトキーボードを利用するという組み合わせが効率的といえる。
Macの古参ユーザーならばご存じのように、実は、このようなタッチとスピーチのメリットを組み合わせたユーザーインターフェイスは、1988年にコンセプトビデオが紹介されたアップル社による未来のコンピュータ環境のビジョン「Knowledge Navigator」(ナレッジナビゲータ)によって示されていた。

ナレッジナビゲータのコンセプトビデオより
インターネット前夜に構想されたナレッジナビゲータは、衛星回線によって他のマシンやデータベースと接続され、超小型の光メディアをストレージに用いるという時代性はあったものの、タッチとスピーチによってユーザーとマシンが協調的に問題解決にあたるという発想とそのビデオのリアルさが、業界に衝撃を与えた。また、ハードウェア的にはビデオチャット用のカメラを内蔵し、フラットなスクリーンがスキャナ機能も併せ持つことが想定されていた。
考えてみれば、タッチスクリーン(当時はマルチタッチではなかったが)、音声認識・合成、全地球規模のネットワーク、Webカメラ、スキャナ機能を備えたフラットスクリーン(実用化されたものとして、読み取り解像度はまだ低いものの、シャープの新メビウスに搭載された光センサー液晶がある)、ユーザー入力を解析して処理の提案を行うアシスト機能(アップル社のPDA技術、Newtonで実装されていた)など、ナレッジナビゲータを実現するためのテクノロジーは、完成度の違いはあっても現時点で出そろっていると言える。
もしも、アップル社があえてネットブック的な市場を念頭に製品開発を行うならば、iPhone OSベースのナレッジナビゲータ的なプロダクトにまとめあげ、iTunes StoreはもちろんApp Storeにもそのまま対応する形で、新たな市場セグメントの構築を目論むのではないだろうか。
ナレッジナビゲータは、プロダクティビティツールというよりもコミュニケーションツールであり、知のコラボレーションツールだった。その意味でもMacベースではなく、iPhoneやiPod touchの派生機種として登場するほうが理に叶っている。
唯一障害になりそうな要因は、ナレッジナビゲータ構想自体を発表したのがジョブズをアップル社から追い出したジョン・スカリーだったという点だが、そのディテールの構築はアップル社のスタッフが中心となって行われたはずだ。そして、最初からナレッジナビゲータ自体を目指したのではなく、結果として近いもの、あるいはそれを凌駕する製品ができたとすれば、ジョブズとしても面目が立つし、そろそろ彼自身もそうしたメンツより実際の製品として世に送り出すことのほうが重要だと気づいていてもよい頃である。
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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/)アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。



