「われわれはアップルタブレットの正夢を見るか?」



「われわれはアップルタブレットの正夢を見るか?」
2010年1月15日

TEXT:大谷和利
(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

前回から少し間が空いてしまったが、今回は世間を賑わせている2つの話題に触れてみたい。1つは、Google Phoneとしても知られるNexus One。もう1つは、発表間近と言われるアップル社のタブレットマシンだ。


Nexus Oneの命名は「ブレードランナー」に由来する?

Android OSを搭載しているからか、『ブレードランナー』(および原作のフィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』)に登場するアンドロイド「ネクサス6型」にヒントを得たと思われるNexus Oneは、iPhoneの最大のライバルと目されるタッチ式のスマートフォンである。



Googleが発売を開始したNexus One


有機ELスクリーン(800×480ピクセル)やLEDライト付きカメラ(500万画素)、microSDメモリカードスロットなど、単純なスペック比較ではiPhoneをしのぐ部分も多いが、メモリカードスロットを除けば、iPhoneも次世代モデルではほぼ同等の進化を遂げてくるような気がする。

逆に、Nexus Oneのテスト記事では、タッチスクリーンのセンサーがスクリーンのエッジギリギリまで検出してしまうために、触れていないつもりでも筐体を持つ手の指の腹が感知されたり、指の先端部分でタッチしないとタップ位置の判定が曖昧などの報告もあるが、こうした不具合はOSやファームウェアのアップデートですぐに解決されそうだ。


マルチタッチの不採用はアップルとの特許論争回避のため?

それよりも、気になったのはNexus Oneがマルチタッチ端末ではない点だ。特に、WebブラウザやGoogle Mapなどを使ううえでピンチイン/アウトによる直感的な拡大縮小の操作感は、一度使うと他方式には戻れない。先進的なはずのGoogle Phoneが、なぜマルチタッチを採用していないのか、その点が不自然に感じられたのである。

この疑問に対し、グーグルにおけるAndroidの生みの親であるアンディ・ルービンは、OEM端末の問題であることと、自身が端末を両手で操作するのが嫌い(マルチタッチは、たいてい片手で端末を持ち、もう片方の手で操作する)であるという理由を挙げた。

しかし、いかにOEMとは言え、グーグルブランドのフラッグシップ機である以上、製造メーカーにリクエストを出せば、その程度の仕様変更は簡単に行えたはずであり、ルービン自身、将来のマルチタッチ化の計画を訊かれて「検討してみる(we'll consider it.)」と答えているのだから、個人の好き嫌いの問題ではあるまい。

私見だが、たぶんグーグルは、アップル社との特許論争を恐れている。初代iPhoneの発表時にスティーブ・ジョブズは、マルチタッチ技術を特許によって守っていくことを宣言した。にも関わらず、他の携帯メーカーやネットブックメーカー、あるいはWindows 7なども、何事もなかったかのようにマルチタッチ技術を採り入れ、喧伝している(実際にはNexus Oneも標準の純正アプリがマルチタッチをサポートしないだけで、サードパーティのWebブラウザなどではマルチタッチジェスチャーが利用できるとの情報もある)。

もちろん特許のことなので、細かい差異を申し立てれば(たとえば、2本の指先でのマルチタッチなのか、2本の手によるマルチタッチなのかなど)、異なるアイデアとして抵触を免れる可能性もあるが、「邪悪なことはしない」を社是とするグーグルは、安全策として少なくともNexus Oneではマルチタッチを一切使用しない判断を下したのだろう。

なぜならば、グーグルはNexus OneをiPhoneの最大のライバルに育てるつもりで開発したのであり、それだけにジョブズから目の敵にされ、見せしめ的に訴えられる可能性も大きいからだ。

その意味で、マルチタッチ技術を採用しなかったことは賢明な判断と言えるが、そうなるとアップル社は、おそらくiPhoneのマルチタッチ機能を強くアピールする広告を打ち出してくるだろう。それは、AT&Tのライバルのベライゾンに対して、通話しながらWebアクセスやネットリクエストのあるアプリが使えない後者の通信インフラの弱点を突くテレビCMを作って流したことに似ている。

アップル社は、いずれにしてもiPhoneで築いた成功を、やすやすと手放す気はないのである。


業界は「アップルタブレット」という黒船対策に大わらわ

一方で、早ければ米国現地時間の1月26日に発表されるとも言われるタブレットマシンだが、それに先だって昨秋にアマゾンのKindleが世界展開を開始したり、CESではマイクロソフトのスティーブ・バルマーが3種のタブレットマシンのプロトタイプを披露するなど、業界はiPhoneに次ぐ黒船対策に大わらわという印象がある。

バルマーの発表がほとんどハードのみの紹介に終始したのは、インターフェイスやコンテンツの点で目新しいものがなく、実際に事前にそれらしい何かを取り繕って発表したとしても、アップル製品(それがどんなものだとしても)をしのげるようなアイデアを見せられるとは自身も思っていないからだろう。



さまざまなメディアで憶測されているアップルタブレットは本当に出るのか? 画面は「TechCrunch」の2010年1月13日記事より
http://www.techcrunch.com/2010/01/13/iphone-os-tablet/


筆者は、休刊した「ビジネスアスキー」の新年号にして最終号で、1台ならばタブレット、2台を合体すれば見開きで読むことのできる電子ブックリーダーや、片方をソフトキーボードとしてネットブック的に利用できるハイブリッドマシンのアイデアを記事として執筆した。

実際に、そんなものが登場するのかは、フタを開けてみなければわからない。しかし、年明けのCESでレノボが、キーボード部とディスプレイ部にそれぞれ独立したCPUを搭載し、合体時にはノートPC、分離すればタブレットとデスクトップマシン(別に用意した外付けディスプレイをキーボード部に接続)として利用できるハイブリッドノートブック「IdeaPad U1」を発表したので、あながち荒唐無稽な発想ではなかったようだ。

果たして、そんな分離・合体型のアップルタブレットが正夢となるのか、26日の発表が楽しみである。


■著者の最近の記事
「さらに進化したアップル主力モデル」
「秋の新製品に見るアップル社の思惑」
「iPhone OS 3.0のテザリングはアップル流ネットブックへの布石か?」
「新型MacBook ProとiPhone 3G Sが示す不況下のモデルチェンジ手法」
「アップルがネットブック市場に参入? 出そろったナレッジナビゲータの基礎技術」
「Bluetooth開放が告げるアップルのiPhone 3.0での戦略転換」




[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。


われわれはアップルタブレットの正夢を見るか?
MdN DIのトップぺージ