クローンサービスの挑戦を受けるiPhone5

クローンサービスの挑戦を受けるiPhone5
2012年09月10日
TEXT:小川 浩(シリアルアントレプレナー)

前回のコラムでは、AppleとSamsungの訴訟問題について話をした。Appleの本命はGoogleの力を削ぐことであり、対抗メーカーたちがWidows陣営とAndroid陣営のふたつに開発リソースを割かざるを得ない状況に追い込むことにある。

僕はオガワカズヒロ名義での著書『ソーシャルメディアマーケティング』において、マーケティングは企業間の戦争であると記した。正確にいうと、企業は敵対する企業との市場シェアの奪い合いをしており、マーケティングとはそのための作戦行動である。さらに、マーケティングは武器なき戦争だが、時として企業同士が法廷で争う直接的な戦争に陥ることがある、とも記している。

AppleとSamsungの間に起きているのはまさしくこのことだし、さらにSamsungはAppleとGoogleの代理戦争に巻き込まれた、ともいえるだろう。やや気の毒でもある。

ところで今回のコラムでは、少し別の角度からAppleとSamsungの訴訟をみてみよう。それはマーケティングにおけるデザインの問題、そしてコピーもしくはクローン戦略について、だ。

世界中を見渡しても、どの業界にあっても、ほんとうに革新的な企業は少ないし、完全に新しい商品というものもほとんどない、といえる。誰もが必ず誰かの真似をして、過去に生まれた商品やアイデアにインスパイアされて、“少し新しい”商品を生み出しているものだ。

Appleやダイソンなど、革新性を世界的に認められているメーカーでもほんとうは同じことなのだが、前回のコラムでも書いたように、付け加えた工夫が+1どころか+2や+3になっているから、“少し新しい”のではなく“かなり新しい”レベルとしてリスペクトされているのである。

そしてSamsungのみならず、日本企業も含めて、ほとんど世界中の企業が基本的に誰かをパクり、“少し新しい”商品を市場に出すコピーキャットあるいはクローン戦略を採用している(コピーキャット戦略あるいはクローン戦略は、別名Me too(ミートゥー)戦略という)。ダイソンは羽根なし扇風機やサイクロン式の掃除機をつくっているが、日本メーカーの多くがそれをパクっている。iRobotのルンバは軍事技術を応用してつくられた自立型掃除機だが、日本メーカーは臆面もなく同じコンセプトの商品を売っている。ルンバを参考にさせてもらいました、という殊勝なコメントはいっさいない。つまり、リバースエンジニアリング(先に出た製品をバラして仕組みをみて研究すること)をするまではしないにしても、コンセプトそのものをそっくり盗むことは日常茶飯事なのである。

ただ、こうした後発商品がうまくいかない理由は、本家と変わらない商品であったり“少しも新しくない”からであり、コピー元の本家よりも“けっこう新しい”もしくは“だいぶ安い”という付加価値を証明できなければ、結局は売れない。

Samsungがほかの(Android採用によるiPhoneの)クローンメーカーを圧倒して世界市場を席巻しているのは、Android OSの仕様を完璧に理解し、自社のハードウエア基準を適応させているためと、多額の資金を投じて世界中から優秀なデザイナーを集めてAppleに引けを取らないクリエイティブを製品に与えているためである。つまりSamsungは+1ではなく+2を自社製品に与えることに成功しているが、ほかのAndroid陣営のメーカーたちはせいぜい+0.5にとどまっている(逆にいえば、だからこそSamsungがAppleに脅威を覚えさせることになったのだが)。

僕は、Samsungの戦略がAudiに少し似ていると思う。Audiはレクサス、メルセデス、BMWに比較広告で挑むなど、攻撃的なマーケティングで知られているが、特にいまはBMWに焦点を絞った戦い方をしている。20年前には品のいいお坊ちゃま的なイメージが強かったAudiだが、今では中型車から大型車、SUVまでをカバーし、ほぼBMWと同じラインナップを用意しており、BMWの購入層である日常ユースに耐えるが速くてセンスがいい、昔は少しやんちゃだったが社会で成功した今でも飛ばすときは飛ばすぜ、といいたいようなオトナをターゲットに据えている。コンセプトを盗み、それを巧みなデザイン戦略とマーケティングで本家を脅かしているのだ。映画『トランスポーター』で主人公の車としての扱われ方は、まさしくその象徴である。逆にいえば、クローンをつくり売っていくなら、相当の覚悟が必要だ。本家を超えるなにかがある、と市場に理解させ納得させるには、巨額の資金が必要なのである。

余談だがポルシェは世界中が憧れ、尊敬するメーカーだが、彼らの主力商品である911(運転席の後ろにエンジンを横置きする、RR=リアエンジン・リアドライブ×水平対向型エンジン)のパワートレイン(車を動かす基本コンポーネント)を真似する自動車メーカーはいない。なぜなら、ポルシェ911のパワートレインは何十年も前の設計で、古くさく、真似するだけでコストがかかる時代遅れのものだからだ。ではなぜ911がその古くさい設計を引きずっているのかというと、ほかの周囲技術で古くささを完全にカバーしているからであるし、同時にその時代遅れの設計の古くささを感じさせないポルシェの技術に惚れ込んで、車を買うファンがいるからだ。真似のできない技術、意地でも自分たちのアイデンティティを捨てない頑固さが、ポルシェのブランド価値を維持している。

AppleのiPhoneが911になれるのか、それとも真似をされていつかは価値を失っている商品なのかは、次のiPhone5の出来いかんといえるのかもしれない。注目しよう。


iPhone 4S




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[筆者プロフィール]
おがわ・ひろ●シリアルアントレプレナー。著書に『ビジネスブログブック』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)、『Web2.0BOOK』(インプレス)、『仕事で使える!「Twitter」超入門』(青春出版社)、『ソーシャルメディアマーケティング』(ソフトバンククリエイティブ/共著)などがある。
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