WWDC2013は成功したが、エロさが足りないApple

WWDC2013は成功したが、エロさが足りないApple
2013年06月17日
TEXT:小川 浩(シリアルアントレプレナー)


消費者はモバイルデバイスの革新にしか興味がない?

WWDC2013が終わったが、肩すかしというか、軽い失望を味わった人も多いだろう。iOS7のフラットデザインは、ミニマル志向の僕からすれば大歓迎だが、業界関係者でもない消費者からすれば、iPhoneとiPad/iPad miniの新作がリリースされない限り、とりたてておもしろくないのも当然だ。

いまや、消費者がコンピューティングに対して寄せる“気分”は、モバイルデバイスそのものか(同じハードウエアでもデスクトップやノートブックに対してはそれほど強い関心をもたない)、総花的なOSではなくライフスタイルをわかりやすく変えてくれることを明示する個別アプリ(たとえばGoogle Maps)に対して集中する。

今回iOS7やMac OS X Mavericksなどのメジャーアップグレードがリリースされ、iCouldも大幅に機能向上された。ハードウエアも、恐ろしくクールなデザイン―ただし毀誉褒貶も激しいMac ProやMacBook Airなどがリリースされたが、世間一般的には冒頭のように、あまり話題になっていないのが実情だ。

繰り返すが、消費者の関心はOS自体やPCにはもはやほとんど注がれることはなく、スマートフォンやタブレットか、目的が明確で使いやすいアプリそのものにしかないのである。


ジョブズ時代にキャッチアップしていないApple

Apple自身もこのことはよくわかっている。だから、さらに大型画面を搭載したiPhoneのリリースや、廉価版のiPhoneの開発を検討していると噂されている。また、iOS最大の欠点である貧弱な地図アプリの改修のため、イスラエルのソーシャルナビアプリ企業のWazeの買収にもトライした。

これらの施策の問題点は、おしなべてライバル企業たちの後追いであり、キャッチアップに過ぎないということだ。つねにライバルより一歩(いや半歩か)先に動いて、市場の鼻面を引きずることに長けていたスティーブ・ジョブズ時代のAppleとはやはりそこが違う。

iPhoneの画面のアップサイジングも廉価版の検討も、Samsung対抗の反射的行動だ。iOS7の最大の特徴であるフラットデザインも、Microsoftが数年前から採用しているものだ。Wazeの買収にとりかかったのもGoogleとの対抗のためだったが、あろうことがFacebookやGoogleの参戦を招き、そのうえWazeを絶対渡してはいけなかった当のGoogleに競り負けた。

Appleという企業は、実はジョブズ時代から市場を読み違えてライバルの後塵を拝することはよくあった。たとえばPCが音楽ファンの“気分”を理解して、CD-ROMの再生だけでなくリッピング機能を大々的に押し出したときにも、ジョブズはかたくなにそれを拒み、結果として当時の戦略モデルだったiMacの売上に陰をさすことになった。

しかしジョブズ時代のAppleの凄みは、「まちがえた」ことを渋々でも認めたときには、「よし、巻き返すぞ」と即刻動き出し、先行するライバルとはまったく異なる戦術を出してきたことだ。

たとえば音楽市場に対するCDのリッピングという戦略をとったPC陣営に対して、AppleはiPadとiTunes Storeという次元の異なる回答を示した。先行するモバイルメーカーに対しては、タッチパネルで物理キーボードもスタイラスも不要のiPhoneをリリースして世界をひっくり返した。ネットブックに低価格PC市場を荒らされれば、iPadでタブレット市場をつくり、ネットブックを駆逐した。


消費者を奮い立たせるスパイスを取り戻せ

つまり、やられたら、それ以上のインパクトを用意してやり返すのがジョブズ流であり、Appleのすごみだった。僕の見立てでは、Appleにはやはり、ジョブズの後を継ぐ強力な個性が必要だ。ティム・クックはCOOがふさわしく、裏方が似合うのではないか? むしろ製品よりもセクシーに見えるCEOが必要なのではないか? 次の一手が誰にでも読める凡庸さは、良く言えば堅実だし期待に応えているといえるが、Appleという企業は期待をいい意味で裏切ることが本来の価値だろう。

現在のAppleは、ジョブズ以前と変わらぬ高収益企業であり、開発力やマーケティング能力の面でもいまだ世界最高峰だとは思う。しかし、セクシーさに関しては減じはじめている。

Mac OS Xが登場したとき、ジョブズは一新したアイコンをキャンディにたとえ、「なめたくなるだろう?」と表現した。そのアイコン類が刷新されたいま、Appleに必要なのは、今後の製品にもなめたくなるようなエロティックさを与えるプロデューサー(CEO)だ。

工業製品を工芸品として見せる絶妙の技の冴えが、Appleの信じられない高収益を支えてきた。僕からすればティム・クックは職人であっても芸術家でない、AppleのCEOにふさわしいのはアーティストであると考える。


iOS7




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[筆者プロフィール]
おがわ・ひろ●シリアルアントレプレナー。著書に『ビジネスブログブック』シリーズ(毎日コミュニケーションズ)、『Web2.0BOOK』(インプレス)、『仕事で使える!「Twitter」超入門』(青春出版社)、『ソーシャルメディアマーケティング』(ソフトバンククリエイティブ/共著)などがある。
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