Apple Watchで旧世代の贅沢品ブランドを戦々恐々とさせるApple

Apple Watchで旧世代の贅沢品ブランドを戦々恐々とさせるApple

2015年05月12日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)



実際には2015年3月11日に開催されたイベントだったが、その名も“Luxury Conference”(「贅沢品カンファレンス」とでも訳そうか)のオープニングトークセッションに登場したジョナサン・アイヴとマーク・ニューソンのやり取りは、Apple Watchが発売されてひと段落した今だからこそ、いっそう興味深く感じられるところがある。

今回は、そのセッションの司会で、VOGUE誌インターナショナル版のファッション担当編集者であるスージー・メンケスが引き出した彼らふたりのコメントから、Appleの野望を推測してみたい。

以前のこのコラムで、筆者は、Appleが第2世代以降のApple Watchで内部機構を他社にもライセンスしていくのでは、と書いた。この分野では新参者に過ぎないAppleが、伝統と格式ある既存の時計ブランドと伍していくためにはそうせざるをえない部分があり、また、iPhoneが通信キャリアの店舗を利用して販路を整備したように、各ブランドのショップも活用できるというのが、その理由だった。

事実、スマートフォンとタブレットに関して(実質的にはOEMだが)リファレンス的なモデルを自社ブランドで販売しているGoogleも、Android Wearではいわゆる家電メーカーだけでなくスイスの高級時計ブランドのTAG HEUERとタッグを組むことが、3月後半に発表されている。これは取りも直さず、自社のブランド価値がIT系企業としては確固たるものであっても、ファッションやステータスシンボルともなるウォッチ(型デバイス)に関しては、ほとんど意味をもたないことを自覚したためにほかならない。

しかし、このLuxury Conferenceを振り返ると、ことAppleに関しては、ライセンスについての考えは撤回せざるを得ないと感じた。

まず、そもそもLuxury Conferenceが開催された趣旨は「既存の“hard luxury”とレザーグッズが、テクノロジーと競合する新たな世界」にどのような秩序がもたらされるのかというメンケス自身の問題意識にある。“hard luxury”とは、直訳すれば「硬質な贅沢品」となるが、ウォッチとジュエリーをさす。

さらに彼女は、アイヴとニューソンに対して、聴衆(実際には既存ブランドの関係者も多く含まれていたと考えられる)を代表する形で「あなたがたふたりが、我々のビジネスに対して何をしようとしているのか、どのように世界を支配しようとしているのか、贅沢品の分野をどう侵食しようとしているのか、Apple Watchをどう使えばいいのか、(人生の)質が向上するのか」といった質問を矢継ぎ早にぶつけてもいる。価格面でiPhoneがバンドバッグと競合し、Apple Watch Editionが高級ジュエリーと同価格帯にある事実への懸念を表明し、彼らに、この業界が納得できるような「釈明」を迫ったのである。

これらに対するアイヴの答えは、いつものように「我々は何かと競合することなど露ほども考えず、つねにベストと思えるものをつくるだけ」というもので、Apple Watch Editionの18Kという素材についても「価格帯ありきの素材選択ではなく、単純に自分たちが金という素材が好き」なのだと説明した。

その金も、理想の触感や硬度、色合いなどを実現するために、新しい合金をみずからつくり出したことに触れ、それを受けてニューソンも「上品な金があるように、上品なステンレス、上品なアルミもある」と、純粋に素材の可能性の追求が、3つのモデルに集約されていることを強調した。

しかし、アイヴが「もし、(Apple Watchの)使いこなしが難しいという人がいれば、それは我々が失敗したことになる」とまで言いかけたとき、これをある種のはぐらかしと感じたメンケスは「そうではなくて、あなた方の製品はあきらかに伝統的な贅沢品よりも消費者――特に若い消費者に好まれてるじゃない」とさえぎった。彼女の(モデレータとして、ある種計算された)苛立ちは、まさに聴衆の気持ちそのものだっただろう。

アイヴは、控えめに「...will see(じきにわかるでしょう)」といい、「いまの自分に知り得るのは、我々がすばらしいテクノロジーを、よりパーソナルな存在にしていこうとしているだけ」であると締めくくった。

このやり取りを通じて感じたのは、アイヴがいかに否定しようとも、現実にApple製品が次世代の贅沢品(という呼び方には語弊があるかもしれないが、単に価格の問題だけではないという意味を「次世代の」に込めたい)への歩みを着実に進めているということである。それは、今後、Appleが参入していくであろうすべての分野で顕在化してくるに違いない。




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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。

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