Apple Watchは情報洪水を防ぐ水門となるか

Apple Watchは情報洪水を防ぐ水門となるか

2015年06月02日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)



Apple Watchを常用するようになって、ほぼ1カ月が経過した。ここで、その後の経過や気になった点をまとめておきたい。

iPhoneを取り出す回数が減ったというのは、多くのライターやブロガーが記事などで触れていることだが、実際のところ、ほぼすべてのユーザーが実感している点だと思う。また、Apple Watchに登録したりグランスに表示させるアプリの絞り込みも、かなりのユーザーが進めているのではないだろうか。

これまで、iPhoneでもiPadでも、使えば使うほど登録されるアプリが増え、デバイスの利用時間も多くなる傾向にあった。それは、ビル・ゲイツが言うところの“Informaton at your fingertips ”――つまり「情報を指先で自在に操る」感覚そのものであり、スマートフォンやタブレットはすべて、いかに多くの情報に手軽にアクセスできるかを追求してきた。

ところがApple Watchは、使い込むほど登録アプリが厳選され、置き換えられて、そこに表示される情報も絞り込まれたものになる。メールアプリのアイコンにかなりの未読件数が表示されている人(自分もそうだが)が増え、SNS疲れなどの現象が注目されるようになっているということは、以前から言葉としては存在していた「情報洪水」がいよいよ本格化し、ハイパーテキストの発案者テッド・ネルソンがいうところの“avalanche of information”(情報雪崩)寸前のところまできていると感じる。

そんな時代に登場したApple Watchは、ある意味で、情報洪水に対する水門として機能する存在だ。たとえが防波堤や堤防でないのは、情報の勢いを単に緩めたり完全に止めるのではなく、適度な流量を自分でコントロールできるからである。まず情報洪水を助長するようなデバイスをつくり、それが普及すると今度は情報を制限する製品をリリースするという流れはマッチポンプ的で、どこか矛盾していると思うかもしれない。しかし、ポイントは、どちらを選ぶのもユーザー次第で、無理に選ぶことはなく、目的や状況に応じて使い分けるのも自由という点にある。

単純に情報へ自由にアクセスできないことと、あふれる情報の中から必要なものだけを得ることとは、たとえ、最終的に手にする情報の量が同じだったとしても、質的にはまったく異なる。その意味で、後者はぜいたくな情報との付き合い方なのかもしれないが、Apple Watchは、そのためのツールとして良くできている。

さて、一方では、これまでとは別の気になる部分も出てきた。ひとつには、Apple Watchの時刻表示の精度は0.05秒以内とされており、たしかに複数のApple Watchを突き合わせてみたところ、秒針の位置までピタリと同じに見えた。ところが、Apple Watch以前に常用していたG-SHOCKの電波時計と比較すると、不思議なことに15~20秒程度のズレがある。実際にそれで困ったことはないが、この違いの理由が今も謎だ。

もうひとつは、Apple Watchからメッセージの返信をする際、短文選択も音声認識も、iPhone側のキーボードの言語に依存してしまうという問題。言語を特定したうえで処理するほうが変換精度が向上するということなのかもしれないが、この仕様だと、わざわざiPhoneを取り出して言語を変更しなくてはならないケースがたびたびあり、Apple Watchから返信できるメリットが薄れてしまう。選択できる短文も、英語の場合は言い回しの違いも含めて19個も用意されているのに対し、日本語だと6つしかないのも釈然としない。もう少しバリエーションがあれば、選ぶだけで送信できるところ、わざわざ音声認識させて返事を構成することも多いので、せめて現状の倍となる12個くらいは欲しいところだ。

次のWatch OSのアップデートでは、このあたりが改善されていることを望みたい。




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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。

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