温故知新を感じたWWDC2015

温故知新を感じたWWDC2015

2015年06月12日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)



今年もデベロッパーの祭典であるAppleのWWDCがはじまり、初日のキーノートでは、OSとサービス関連の大きな発表が行われた。一部で噂された、サードパーティのアプリ実行可能なApple TVなどハードウエア関連のアナウンスはなかったものの、ソフトウエア開発者にとっては有益な情報が多かったといえよう。

その意味で、Yosemiteの時期バージョンにあたるOS X 10.11 El Capitanの、WWDC参加者にとっての最大の注目点は、すでにiOSで採用されて定評を得ている新グラフィックスAPI、Metalの実装だろう。これによって実現される描画の高速化や副次的な消費電力の削減は、公式ページではおもにMacBook Proでの試験結果を基にした数値でアピールされているが、MacBookのような相対的に非力なマシンでも有効に機能しそうだ。

また、OS XでもiOSでも、自然言語処理やプロアクティブ(行動に先んじた)な処理によって、インテリジェント性を高める方向性が強く打ち出されたが、それらはGoogle Nowなども目指しているものであり、コンセプト自体に目新しさはあまりない。しかし、それがwatchOSのタイムトラベル機能のように、デジタルクラウンという物理的なインターフェイスとの組み合わせにより情報の時間軸をコントロールできるようになっていく点には、興味を覚えた。

iOSのソフトキーボード部分のマルチタッチスワイプによって、カーソル操作やテキスト選択を行うアイデアも、以前からAppleの特許書類などを通じて知ってはいたが、実際にインプリメントされてみると、かなり便利そうだ。そこには、カバータイプのトラックパッド付きハードウエアキーボードをセールスポイントのひとつにしているSurfaceへの皮肉も込められているように思われた。

そして、タイムトラベルが新たに追加される時計のフェイスとして用意される点にも注意しておきたい。デビュー時には時計としての顔を重視していたが、徐々に情報機器としての性格を強めていく見せ方は、電話といいながら電話ではなかったiPhoneの初期の進化にも通じるところがある。もちろん、Apple Watchの場合にも意図した計画通りのトランジションにちがいなく、いよいよ正体を見せはじめたという感じだ。ただし、以前は1年かけていたところを半年サイクルで行っていくのが、業界や市場の変化、そして、ウェアラブルデバイスが置かれた状況を象徴しているといえよう。

一方で、進化が一巡して昔に戻ったかに感じられる新機能もある。たとえば、OS XのフルスクリーンモードやiOSにおけるスプリットビューは、たしかに「手作業でウインドウのサイズを変えたり、あちこちにドラッグする必要もありません」なのだが、Windows 1.xの頃のタイリングされたウインドウレイアウトを思い出した。あるいは、Apple MusicのBeats 1も、全地球規模で24時間オンエアされるという点が大きな特徴だが、本質的にはラジオの再発明だ。

といっても筆者は、これらのことを否定的にとらえているのではなく、むしろ、古いぶどう酒を新しい革袋に入れた、温故知新的な部分に価値があると考えている。iOS 9向けのNewsアプリも、あきらかにFlipboardなどのスマートな情報アグリゲータを意識したサービスだが、それ以上に、かつてiPadが登場してインタラクティブなデジタルマガジンを各社が競って発表したときに試みられた、スクリーン上でのさまざまな情報の見せ方が集約されているように感じる(あのVirgin GroupもProjectという野心的なデジタルマガジンを創刊したほどで、Newsアプリのデモでは、まずそれを思い出した)。

それらは、ただ昔の技術の亡霊がそのままさまよって出てきたのではなく、現在のOSやハードウエア、インターネット環境などと組み合わさって新たな命を吹き込まれたのである。

ちなみに、7月に開始予定となっているOS X El Capitanのパブリックベータ公開は、Appleが2014年から徐々に拡大させてきた“OS X Beta Program”→“Apple Beta Software Program”の流れに沿ったものだ。これは、デベロッパーコミュニティでも純正ソフトウエアの初期リリースの質の低下が話題となるなかで、前向きの姿勢として評価できる。

プログラミング言語Swiftのオープンソース化も、会場から(もしかすると、この日最大の)大きな拍手が湧き起こったことでもわかるように、好感を持って迎えられた。

Appleでは、精鋭主義へのこだわりからソフトウエア開発部門のスタッフひとりあたりの負荷がかなり高まっているものと推測される。しかし、OS開発がこれまで以上に大規模化し、共通部分もそれなりにあるとはいえ、OS X、iOS、そのApple TV向けバリエーション、watchOSと4種類のOSを抱えるようになったいま、さらなる開発スタッフ拡充を含めた抜本的な対策が進められるようなティム・クックの舵取りに期待したい。




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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。

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