来たる自動運転車時代、アップルの真のライバルはどこか?

来たる自動運転車時代、アップルの真のライバルはどこか?



2016年3月4日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

今年に入ってから、アップルの自動車プロジェクトといわれるプロジェクト・タイタン関連で、大きなニュースが2つあった。

1つは、同社の副社長でプロジェクト・タイタンのリーダーのスティーブ・ザデスキーが、16年勤めたアップルを去るということ。これは、退社後に他社への移籍などが計画されていないことから、純粋に「個人的な理由」によるものと考えられているが、一時的にせよ同プロジェクトへの影響は避けられないだろう。

そして、2つめはティム・クックが珍しく秘密プロジェクトの存在をほのめかし、ここしばらくは、翌朝に階下のリビングルームにどんなサンタの贈り物があるのか楽しみなクリスマスイブのような日々が続く……と株主との質疑応答の中で話したことを、ビジネスインサイダー誌が伝えている点だ。

アップルが、しばらく前から自動車分野の専門家たちを数多く雇い入れ、1000人規模でプロジェクト・タイタンを推進していることは公然の秘密だが、この事実に関してクックはフォーチュン誌のインタビューに答えて「可能性を模索する段階では、さほど大きな金額を使わずに済むから」と話している。

つまり、自動車分野に限らず、巨額の予算が必要になるのは、実際に製造を視野に入れて動き始めるときであり、それまでは(アップルのように潤沢な資金を保有する企業にとっては)人材を雇用しても大した出費ではない。しかも、チームで検討することがアップルのやり方なので、多くの自動車分野の専門家が在籍しているとしても様々な可能性を探る上でのことであって、それがすなわち自動車製造につながるとは限らないといっているのである。

こうしたほのめかしやある種の言い訳は、見方によっては、ザデスキーを失うことへの外部からの不安の声を払拭するためとも思える。というのも、プロジェクト・タイタンはこれまでのアップルの事業とは畑違いの分野だけに、要素技術の開発にタイトなデッドラインが設けられている一方で、全体の明確な達成目標を定めることができずにおり、現場が混乱気味という話も伝わっているからだ。

もちろん、従来にない新規事業であれば、多少の紆余曲折はつきものなので、このことだけでプロジェクトの成否を云々するのは時期尚早に過ぎるわけだが、対する自動車業界でも意外な展開が見られている。それは、米フォードが自動車の製造・販売から、トータルな輸送・生活サービス事業への転換を打ち出したことだ。



独自の自動運転車の開発を進める同社は、その実現や普及とともに、自動車が所有するものから共有するものへとシフトしていくことを意識しているかのように、自らカーシェアリング事業のGoDriveをロンドンで開始した。あるいは、これまで4輪事業のみを行ってきた同社だが、宅配サービス向けに商用トラックに搭載できる電動バイクも開発して、住宅密集地での迅速な配送を可能にすることも提唱している。

また、国連による災害地域における被害状況の迅速な把握を目的とした自動車とドローンの連携アプリ開発コンテストを、ドローン最大手の中国DJIと協力して行うなど、異業種との協業にも積極的に取り組みつつある。

その最たるものが、アマゾンとの提携によるスマートホームの実現であり、同社のAIスピーカーEchoとフォード車を連携させるプロジェクトも進めている。

フォードは、自動運転車におけるグーグルとの提携も噂されながら、CES 2016におけるFord Smart Mobility構想において、その社名を慎重に避ける動きを見せた。この分野の技術開発が今後の事業発展のキーとなることを見越して、自らが主導権を握れるような体制作りを進める布石とも思える動きだ。

アップルにとっても、プロジェクト・タイタンは、単に自動運転可能なApple Carを作れば良いというものではない。スマートフォンが人々の日常を大きく変えたように、交通・運輸・生活のすべてに関わる巨大インフラを対象として、その枠組みに関わっていく覚悟が必要となる。だからこそ、明確な達成目標を定めることが難しく、1000人規模のプロジェクトチームでも人手が足りないともいえる。

フォードは、かつてヘンリー・フォードが大衆車革命を起こしたときと同じ意気込みで総合的なスマートモビリティの実現に舵を切っている。その意味で、自動運転車時代のアップルのライバルは、グーグルではなくフォードなのかもしれないと思うのである。



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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。

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