中国におけるアップルの明と暗

中国におけるアップルの明と暗


iPhone SE

2016年5月9日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

先にティム・クック自身がインドへのシフトを公言しているアップルだが、ここしばらくは中国が大きなマーケットと製造拠点であることに変わりはなく、その先も(経済動向次第とはいえ)アップル製品販売における後者の存在感は、それなりの規模をもって継続するはずだ。

そんな中国において、最近、アップル関連の大きな話題が2つあった。1つはグッドニュース。もう1つはバッドニュースである。

グッドニュースは、CNBCによるiPhone SEの予約が340万台以上入ったというもの。
たとえば、iPhone 6/6 Plusのときには、日本などの第一次発売国全体の予約数が受け付け開始から24時間で400万台を突破したとの公式発表があり、中国の経済日報の調べでは同国における初動3日間の予約数は2000万台とのことだった。

CNBCのiPhone SE予約数の報道は対象期間が定かではなく、iPhone 6では中国市場で約300ドルのプレミアが付いていたのに対し、iPhone SEは30ドル程度のプレミア、もしくは約100ドルの値引きが行われての数字なので、直接の比較にはならない。それでも340万台以上という予約数は、十分な初期需要があったことを示している。

iPhone SEの製品発表時には、いくらiPhoneラインの中では安価とはいえ、Androidベースの普及機と比べれば割高で、さほど売り上げには貢献できないのではないかという見方がアナリストやジャーナリストの間では多かった。しかし、蓋を開けてみれば、あからさまな価格競争には踏み込まず、ブランドイメージと利益を確保した上で潜在ユーザーの取り込みを図ろうとしたアップルの目論見が、少なくとも新興国では的中したことになる。

ちなみに、中国における予約分の1番の売れ筋はゴールドモデルで、2番目がローズゴールドだという。この傾向を知って、今後、カラーバリエーションでも追従するメーカーがさらに増えそうだ。

一方で、Forbesのイーワン・スペンスの記事によれば、アプリ解析プラットフォームのLocalyticsの初動データを見る限り、iPhone市場全体に占めるiPhone SEの割合は0.1%と、iPhone 5sのときの1/9に過ぎないとされ、人気の点では今ひとつという分析がなされている。つまり、4/4s/5/5sからの買い替え需要が思ったほどは進んでいないのではないかということだ。

だが、ここで1つ注意すべきなのは、そもそもiPhone自体のインストールベースが、iPhone 5s発売時の2013年と今年では大きく異なっているという点だろう。アップルが正確な数字を公表していないためサードパーティによる推定値ではあるが、2013年は12月の時点で2億9400万台(調査会社のABI Researchによる)だったものが、2015年の12月には4億2700万台(財務サービス会社のBMO Capital Marketsによる)に増加している。

つまり、それぞれの母数から計算すると、絶対数ではiPhone 5sの1/9ではなく1/6程度は売れていると考えられる。しかも、スペンス自身も指摘しているのだが、iPhone 5sは当時の最新のフラッグシップモデルであったのに対し、iPhone SEはそうではない。この点を考慮すれば、両者の初動数の比較はあまり意味を持たず、単体で考えるとそれなりに健闘しているともいえよう。

なお、スペンスのForbesのオリジナル記事では"iPhone SE Disappoints On Opening Weekend"(iPhone SEの販売開始週末の売れ行きは低調)となっているタイトルが、Forbes Japanの翻訳記事では「iPhone SEで苦戦のアップル 売上は「5Sの9分の1」の衝撃データ」に変更されていることが気になった。後者のタイトルを引用して表層的な記事にまとめるニュースサイトも目立ったので、特に翻訳記事であれば、本来のタイトルを尊重すべきではないかと思う。

話を中国に戻すと、バッドニュースは、当局の手によってアップルのiTunes MoviesとiBooks Storeのサービスが停止されたというものだ。開始からわずか半年での閉鎖である。

中国はかねてより、自国の産業を成長させるために外国資本のビジネスに歯止めをかける施策をたびたび行ってきたが、この2つのサービスにも中国資本のライバルが存在し、そこに1つの要因があるものと見られている。


図は、中国政府の支配が強まった近未来の香港を描いたSF映画「十年」のプロモーション画像

アップルは、もちろん政府の認可がおりたからこそ、それらのオンラインストアをスタートさせたはずだが、にもかかわらずメディア関係の監督官庁から急にサービスを終了するように勧告された模様だ。

幸いなことに、中国のユーザーがiPhoneを購入するのは、これらのサービス目当てではなく、ステータス的な意味合いが強いとされるため、販売への大きな影響は出ない公算が強い。だとしても、改めて中国でのビジネスの難しさやリスクを考えさせられるエピソードではある。

実は中国では、日本より先に電子決済のApple Payもスタートしているが、これとて、いつ停止させられるかわからないところが怖い部分だ。過去にはテロ対策法案に、政府からの求めに応じて外国企業が暗号化キーを開示することを盛り込もうとした動きもあり、もしこの議論が再燃すれば、FBIの要求も退けたアップルとしても対応に苦慮しかねない。

中国側も、こんな対応を続けていれば、そのつけが自国の経済にも悪い影響を与えかねないという点に気づくべきだろう。市場としては無視できなくとも、アップルがインドへのシフトを打ち出すのも無理はないと思える出来事であった。



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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。

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